お腹がほんのり大きくなったような気がする。いつも通りジーンズを履くと少し息苦しくて、もう少し伸縮性のある服に移行してもいいかもしれない。その考えも通帳の残額に打ち砕かれた。
 妊娠生活に必要なものを、フィンクスに頼むのもなんだか納得がいかない。先日ベビーフェイスの饒舌で毒舌な彼が来てから、フィンクスに頼ろうとする自分が恥ずかしくなった。もとはと言えば私が産みたくて産もうとしている。フィンクスが望んだ妊娠・出産ではない。安定期にも入ったし、親にも連絡するか…。フィンクスのことなんて言おう。怒られそうだなあ。

「おい、立ってて大丈夫なのかよ」
「あ」

 フィンクスが来た。妊娠してからは会うペースが増えたしあちらから来るようになって、おかしくも嬉しさが湧き起こる。「もう立ってるくらいだったら平気だよ。ご飯食べる?」。私の身を案じているのか少し困ったような顔で頷いたのを見て、冷蔵庫に入れておいたお皿をレンジに入れ、鍋にも火をつけた。今日は野菜炒めとお味噌汁。

「じ、自分でやるからお前座ってろよ」
「自分でできるの?」
「それくらいできるっつうの!」
「わかった、ありがとう」

 くくくと笑いをこらえると睨まれた。気遣いが恥ずかしいのだろう。こちらとしては喜ばしい限りだけれど。
 彼の言葉に甘えて、部屋干ししていた洗濯物を取り込む。その間もずっと視線を感じていて、座って畳み始めると視界の端の彼がほっとしたように自分のご飯をよそっていた。
 S級犯罪者とは思えない。一般人の男並みか、それ以上に妊娠を意識している気がする。

「今日は泊まって行くの?」
「そうするわ」
「了解」

 服を畳み終えたら、クローゼットに毛布と枕を取りに行こう。
 フィンクスは一緒に寝たがらない。セフレの時は一緒に寝たことはあるし、ヤったあとにフィンクスが部屋を出て行って私が彼の部屋で一人で寝ることだってあった。しかし妊娠したと知ってから、彼は絶対に同じベッドで寝なくなった。そんなに妊娠に対して怯えているのかと思いつつ、もともと恋愛感情があって一緒にいたわけではなかったので気にすることはなかった。
 服を畳み終えてからフィンクスを見ると、ちょうど食べ終えて食器を下げているところだった。そんな姿、見たことなかったので少し笑ってしまった。

「なんだよいちいち、笑いやがって」
「別に」

 ふと、先日のベビーフェイスの彼の言葉を思い出した。こんなにも気を遣ってくれているフィンクスだが、確かに望んでできた子でもないのだから、確かにいつ飽きられてこの家に来なくなるかわからない。繋がりが邪魔だと言って殺されてしまうかもしれない。
 しかしこのフィンクスを見るとどうしてもその考えは否定されてしまう。都合のいい方向へと考えてしまう。このまま私は、確かにロクでもないかもしれないけれど、フィンクスと一緒にこの子を育てていけるのかもしれない。私一人の子ではない。私と彼の子なんだから、やっぱり一緒に産んで育てたい。フィンクスは決して一般の人とは言えない人間だから苦労することもたくさんあると思う。それは覚悟したつもりである。
 金銭面のことも指摘されていた。確かに私は決してお金を持っている方ではないし、このままだとフィンクスに頼ってしまうことも大いに違いない。それを抜きにしても、できることならフィンクスとお腹の子を育てたかった。

 私は、きっとフィンクスのことが好きなのかもしれない。長く一緒にいたわけではないけれど、フィンクスと二人で過ごす時間がとても好きで、この気持ちは好きというより安心に近い愛情だ。そんな彼との間にできた子を二人で産み育てていけるのならば、これ以上の幸せはないと思う。犯罪者と一緒にいて安心するなんて、感覚が狂ったのかもしれないけれど。

「今度は何するんだよ」

 立ち上がるとすぐに声をかけられた。彼の顔はしかめっ面。かなりの心配症である。「フィンクスの毛布とか、用意しようと思って。どうせまたソファで寝るんでしょ」「それくらい自分でやるからお前は黙って座っとけ」。ご飯に続き、次は寝床の準備も自分でやるようになるとは。意外とフィンクスは良い父親になるのかもしれない。

「必要なものとかあったら言えよ。用意すっから」
「盗んでくるの?」
「………」
「………」
「……盗ってきたモンで育てても胸糞わりいだろ」
「確かに」

「あと、前にシャルが来たみたいだな」
「…ああ、うん、多分」
「何言われたか知らねえけど、気にすんなよ」

 シャル、さんが来てたこと知ってたんだ。本人から聞いたのかな。
 フィンクスは視線をどこかに彷徨わせてから私を見ると、キッチンから真っ直ぐ歩いて来て、突然ぎゅっと手を握った。

「俺はそいつ、産んでくれたら嬉しい、と、思う…」

 今まで見たことないくらい眉間に皺を寄せて、顔を強張らせているフィンクス。呆ける私を置いてすぐに毛布と枕を探しに行って、なんだか涙が出そうになった。いや、少し泣いた。





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