避妊をしないのだから妊娠しても当然である。もちろんコンドームを買う余裕がないわけではないし、だからと言って妊娠したかったわけでもない。しかしいつも俗に言う生で性行為をし、たまに我慢できなくてわたしの中で出したりもする。むしろこの二年できなかった方が不思議だ。

「できてからどんくらい経つ?」
「二ヶ月くらい」
「聞いてもよくわかんねーな、つか、マジで言ってんのか?」
「病院も行って来たから、お医者さんが嘘ついてない限り本当」

 ベッドに座り直し、わたしの言葉を聞いたフィンクスは顔をしかめた後にはあとため息をついた。付き合ってなどいない女に自分の子供ができたとなったらため息つきたくもなる。「父親が俺以外って可能性は」「残念ながら」。難しそうな顔をしている。面倒くさいと顔に書いてあった。

「あ、あと、産みます」
「お、おう」
「迷惑はかけないから。パパはお星様になったんだよとでも言っとくね」
「一人で産むのか?」
「え?」
「え?」





「団長、ガキができた」

 旅団のアジトについて、わたしは入り口と一つの道と一つの部屋しか知らない。ついて来いとフィンクスに連れられ部屋を出た後、わたしは見覚えのない廊下をひたすら歩いた。どこも同じような作りなので見覚えがないわけではないが、やはりわたしが唯一知る廊下とはどこか違った。しばらく歩くとだんだん誰かの声が聞こえてくる。野太い笑い声、なんとなくフィンクスが向かっている場所がわかって来た。
 気付いた途端背筋が凍る。“所詮セフレ”に子供ができたから殺されるのかもしれない。しかし先程、聞き間違いでなければ一人で産むのかと聞いて来た。勘違いでなければわたしが殺されるわけではないはずである。それにわざわざ人がいるところで殺す必要もない。ビビんなよ、という呟きに顔を上げると、フィンクスの背中が少し頼もしく見えた。
 そうして初めに至る。大きな部屋はどうやら旅団の皆さんが集まるところらしく、パクノダの他に見たことのない男の人が数名いた。彼女の姿にホッと息をつくと、すごい顔をしてカツカツとヒールを鳴らし、一瞬でわたしの肩を掴む。

「嘘でしょ!?」
「本当だよ」
「…信じらんない」

 パクノダは顔に手をあて心底驚いた顔をした。わたしも生理が来なくなって、病院行って妊娠が発覚した時は本当に驚いた。お医者さんのおめでとうございますを聞いて一番最初に感じたのは死への恐怖である。
 フィンクスが向かい合う男の人を見るとたいそう綺麗な顔をしていた。オールバックに大きな真っ黒い瞳、鼻筋もスッとしていて、綺麗な男の人とはこの人を言うのだろうと感じた。その深い瞳がわたしと視線を交える。目が合ったことすら一瞬何が起こったのかわからなくなるほどその人はとても不思議だった。

「その女か」
「ああ」
「産むのか」
「ああ」
「そうか」

「お嬢さん」
「はい」
「産むのか」
「産みたいです」
「父親がいないとロクな子供育たないぞ」
「大丈夫です、なんとかなります」

 ロクでもない父親と母親なんだから子供だってロクでもなくなるに決まっていると心の中で言った。けれど、だからと言っておろすつもりはサラサラなかった。フィンクスが勝手にしろと言ってもおろせと言っても産むつもりだった。そこで殺されていたらジ・エンドだったけれど。「お前達の好きにしろ」。団長さんはそう言って持っていた本に目をやった。横でパクノダがふうと安堵の息を漏らす。産むことに賛成なのは一目瞭然だった。「団長さん、ありがとうございます」。

「フィンクス似のガキだったら嫌だな!」
「うるせえなウボォー」

 イッヒッヒ、と大柄の男の人が笑った。ウボォーさん、ライオンみたいな髪型で身長はわたしよりもすごくすごく大きい。「ウボォーキンだ、よろしくな」「あ、ナマエです」。手を差し出されたけれど握手をしたら右手が潰れてしまいそうだ、などと考えているとパクノダが「あんたじゃこの子の手握りつぶすわよ」と引っ込めさせていた。

「帰るぞナマエ」
「あ、うん」
「あら珍しい、いつもはわたしたちに送らせるのに」
「黙っとけ」

 パクノダのはいはい、が少し笑っているように聞こえた。フィンクスもそうだったのかチッと大きく舌打ちをする。わたしのマタニティライフの始まりである。





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