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原因:銀猿

ぼすり。その音はある日の昼、賑わいのある事務所内に響いた。次いでなみなみと溢れ出したものがぼたりと床に落ちれば、一連の流れを観ていた者は一斉に慌てふためき始める。

「シキ!?」
「ふぇ、」
「おい!全員耳塞げぇ!!」
「ふぇぇええええん!!」

ビリビリと肌を刺す空気の揺れ。
レオの眼はシキの鳴き声が波打ちながら辺りに広がるのがしっかりと見えていた。これが噂の“鳴き声超音波”かぁ‥‥と現実逃避をしなければこの音や衝撃に呑まれてしまいそうなほど。

ザップやチェイン、レオはぎゅっと耳を塞いで耐え、ギルベルトは相貌を崩すことなくそっと耳を抑えて主人であるクラウスに視線を向ける。それに心得たと頷いたクラウスは、一向に泣き止む気配のないシキを抱き上げた。

「どうしたのだ、シキ」
「う、ぇ、」
「ああ、呼吸が乱れている。取り敢えずは落ち着こう」
「ひぐ、ぅ‥‥りぃ、だぁあ」

ポンポンと大きな手が肩口に埋まったシキの頭を、背中を撫でる。スーツが濡れていくのも気にせず、ただシキが落ち着くのを待つ。
しゃくりあげながらポツポツと吐き出された言葉を纏めてみれば、「ザップがシキのドーナツを食べた」ということだった。構成員らが先程シキの手から零れ落ちた可愛らしい箱の中身を見てみれば、なるほど、空っぽである。

「死ねば、銀猿」
「ありえねーっすわ、さすがに」
「こちとら三日前から碌に食ってねェんだよ!!仕方ねェだろ!!」
「ま、えす、ろ、といっしょにぃ‥‥」
「スティーブンと食べる予定だったのかね」
「‥‥つかれたとき、あまい、もの」
「‥‥そうだな」

ぐりぐり、クラウスの肩に顔を押し付けて必死に涙を抑えようとしているらしいシキ。その姿に流石のザップも申し訳ないと思ったのか、気まずそうに視線をずらす。

そんな中、チェインはこっそりとスティーブンへメールを送った。偶々携帯を見ていたのだろう、驚くほど速く返信がきた。まだ事務所へは戻れないらしい。それから、シキを頼む、とも。
了解しましたと返事を送って、クラウスにしがみつくシキに近付く。

「ねぇシキ」
「ちぇ、いん‥‥」
「スティーブンさん、もう少しかかるらしいの。だから帰って来るまでに、もう一度ドーナツ買いに行こう?」
「‥‥‥」
うえから行けばすぐに着いちゃうよ。私も一緒に行くから。ね?」
「‥‥ありがと、チェイン」

一度ぎゅう、とクラウスに抱き付いたシキ。クラウスがそれに応えるように丸まった背中を撫でると、ぴょんとその大きな腕の中から離れる。ぐしぐしと涙を拭ってから、差し出されたチェインの手を握った。

「リーダー、ありがとう。ちょっといってきます」
「ああ、気を付けて。チェイン、宜しく頼む」
「はい。ミスタ・クラウス」

バサリと大きな翼がシキの背に現れる。そのまま事務所の窓からチェインと二人で飛び出していった。

男だけが残った事務所。
静かになったその空間に電子音が響き渡る。俺だわ、とザップが携帯を取り出し、表示されている電話の主の名を見てガチリと固まった。ザップさん死んだな、とレオが心の内で合掌する。

何コールも経ってから、ザップは震える指で通話ボタンを押した。

『やあザップ。どうした?なかなか出ないから、何かあったのかと思ったぞ』
「いやー、ちょいとばかし‥‥アハハ」
『そうか。早速本題に入るが、お前、僕が事務所に戻るまで帰るなよ?』
「へっ!?」
『チェインから話は聞いている。いや、ちょっとね。うん、まあ、僕も鬼じゃないから言い訳くらいは聞いてやろうじゃないか』
「ばっ番頭!ちょっ、」

じゃあね。ブツリと通話が切られる。
ホーム画面に戻った画面をムンクの叫びのような顔で眺めるザップの肩に、ポンとレオが手を乗せた。

「シキが泣くのも久し振りだからスティーブンも心配しているのだよ、ザップ」
「旦那ぁ〜助けてくださいよぉ〜」
「すまない、承服しかねる」
「旦那!?」
「じゃ、僕。これからバイトなので」
「レオォオ!?お前まで俺を見捨てるのか!?」
「自業自得でしょう。その荒い金遣いを直すいい機会になるんじゃないすか」
「〜〜ッ!この陰毛!糸目!!」
「はいはい。‥‥クラウスさん、お先に失礼ます」
「ああ。ではまた、レオナルド君」

さっさとカバンを背負って事務所の扉をくぐるレオ。その重厚な扉が閉まり切る直前、悲痛な男の叫びが聞こえてきたのであった。

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