ぷるぷると身体を振って水滴を飛ばす毛玉に、バスタオルを被せた。その瞬間ぽふんと小さな音がしてタオルがこんもり膨らむ。
白い布からにょっきり二本の手と足が覗いて、その次に非対称の瞳がスティーブンを見上げた。
「ちゃんと拭くんだぞ」
「はーい」
言われた通りにシキがタオルで身体を拭くのを横目に、スティーブンは寝間着を纏ってドライヤーの準備をする。
コンセントを差しながらタオルで髪をかき混ぜていると、くい、と裾を引かれた。見下ろせば一仕事終えたと言わんばかりの顔をしたシキがパジャマ姿のもさもさ頭で立っている。
粗方髪の水分がとれたスティーブンは、自分の前にシキを立たせてドライヤーのスイッチを入れた。一瞬ぴくりと肩を跳ねさせたシキだったが、次には温風にほっと息を吐く。
「にゃぅ〜」
「あ、こら。まだ寝るなよ」
「んー‥‥」
「‥‥もう半分寝てるじゃないか」
「ねてないぃ‥‥」
立ったまま船を漕ぎ始めたシキに、スティーブンは苦笑を零す。
つい先程まできゃっきゃと遊んでいたと思えばこれである。なんとも単純な生き物だ。しかしまあ、それが素直で可愛いのだけれども。
銀灰色の細い糸がさらさらと指の間をすり抜けるようになった頃、シキは殆どスティーブンに寄りかかるような体勢で立っていた。
「できたぞ、シキ」
「‥‥ありがと、まえすとろ‥‥」
ん、と手の平を見せて差し出された小さな紅葉。その手はドライヤーを渡せと言っているが、眼はトロンとしており、もはや本人は半分以上夢の世界だろう。
シキの目が冴えているときは気がすむまで頭を差し出しているスティーブンであるが、今回のような場合は別だ。寝落ちたシキに髪を焦がされるなんて事があれば堪ったものではない。(過去の例があるかは、皆様のご想像にお任せする)
「シキ、今日はもう寝なさい。ドライヤーはまた今度頼むよ」
「わかった‥‥にゃふぅ‥」
「おやすみ。シキ」
「まえすとろ、おやすみなさい」
よたよた、のろのろ、左右に揺れながら脱衣所を後にする背中が壁に隠れてから、スティーブンは自分の髪に向けてドライヤーのスイッチを入れた。
×××
それなりの広さの部屋に、男一人が寝るには少し大きいベッドが鎮座する部屋。
スティーブンは持ち帰った個人的な仕事をキリの良いところまで終えると、音を立てないように寝室の扉を開けた。半開きだったところを見ると、先に入った住民はそこまで頭が回らないほどに眠気に襲われていたようだ。
ベッドの反対側、窓からの月明かりが小さなドームを照らし出す。
スティーブンがこっそりと覗いてみれば、すぴよすぴよと間抜けな寝息。光に反射する飾りが付いた魚とネズミのおもちゃを抱きかかえるようにして、小さな毛玉が眠っている。
時折小さく声が漏れていることから何やら夢を見ているようで。
スティーブンは一度伸びをすると、自身も身体を休めるべくシーツの海に沈んだ。
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