部屋番号を入れてコールをすれば、可愛らしい声が「どうぞー」とロックを解除してくれる。インターフォン越しにお礼を言って、セキュリティーが万全なマンション内へと進んだ。
暫く廊下を歩いて、目的の扉の前で立ち止まりチャイムを鳴らせば間髪入れずに勢いよくそれが開かれる。
「いらっしゃい!ヴェデッド!」
「お嬢様、いけませんよ?ちゃんと確認してから開けなくては」
「大丈夫!匂いと気配でわかるもん!」
「それでもですよ。旦那様が御心配なさっていたので」
「‥‥わかった」
ヴェデッドはしょんぼりと垂れた獣耳に小さく笑んで、ゆっくりとその頭を撫でる。そうすれば直ぐに弾けるような笑顔を見せてくれるから。
思った通りにコロリと表情を変えたシキは、ヴェデッドの腕に掛けられた買い物袋に鼻を寄せた。
「今日のごはんは?」
「ジャパニーズ料理を調べまして。肉じゃが、と言うものを作ってみたいと思います」
「にくじゃが!HLでよく
醤油みつけられたねぇ」
「通っているスーパーが、新しく取り扱うようになったみたいですの」
「
醤油(はいいよ!ジャパニーズソウルフード!」
「ふふ、そうなんですか」
伸ばされた手に礼を述べて、ヴェデッドはシキに買い物袋を預けた。部屋の中へ進み、エプロンを着ければ仕事の開始だ。
今日の仕事内容は夕食作りのみ。さあ作ろうと調理器具を出していると、パタパタとシキが駆け寄ってきた。その身には深い青色のエプロンを着けている。シキは何時もヴェデッドの料理を手伝っているが、今日はやる気の入り方が違うようだ。
「ねぇねぇヴェデッド、シキはなにすればいい?」
「ではジャガイモとニンジンを洗って、皮を剥いてくださいな」
「まかせて!」
×××
ただいまー、と家主であるスティーブンが帰宅した。少し疲労を覗かせる声に、シキは勢いを殺して抱き着く。
「おかえり!マエストロ」
「ただいま」
新妻よろしくジャケットを受け取ったシキが、パタパタと駆けてクローゼットの中へそれを掛けに行く。ハンガーに掛けたジャケットに、皺を伸ばす効果があるというスプレーをかけてからリビングへ向かった。
ネクタイを緩めたスティーブンが興味津々と言ったように夕食をを見ており、シキはどうしたの?と声を掛ける。
「‥‥今晩のメニューは初めて見るものだな?コメとミソスープは分かるが‥‥シキ、なんだいコレ」
「にくじゃが!」
「ほぅ‥‥ニクジャカ‥‥」
「ジャパニーズソウルフード!」
「‥‥なるほどね」
いただきます、と揃って日本式の挨拶をして早速食べ始める。
今日もヴェデッドのお手伝いがんばったよ!と身を乗り出して自身が何をしたか力説するシキに、スティーブンはほっと息を吐いた。ヴェデッドに迷惑をかけていないか少々心配なところであるが、まあ、彼女から何も言われないので大丈夫かと苦笑する。
「ヴェデッドがね、
醤油(おいていってくれたの!」
「ショーユ‥‥確か調味料だったな」
「そう!たまごかけごはんしたい!」
「‥‥コメに卵をかけるってことか?」
「そうそう、そんなかんじ」
スティーブンはすっかり使い慣れた箸で、ぱくりと肉じゃがを咀嚼する。
中々美味しい‥‥と思ってみたり。
満面の笑みで夕食を食べるシキを見て、今度日本の調味料を揃えてみるかと考えるスティーブンであった。
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