マコト先生と過ごす夏【後】

前編からお読みください。












強くキックするため力んだ足に、締め付けられるような痛みが走った。


「――っ!?」


酷い痛みと驚きの余りコース途中で立ち止まる。


「こらー!七瀬ー止まるなー!!」


そこにすかさず体育教師の声。

俺だって止まりたくて止まった訳じゃない。すぐにでも泳ぎを再開したいのは山々だ。

けれど痛みはだんだんと酷くなるばかりで。少し動かそうとしただけで激痛が走る。こんなこと初めてで、どうすればいいかわからない。

誰か――…





「ハルくんっ!!」


混乱していた脳内に響いたのは真琴先生の声で。痛みに耐えるためきつく瞑っていた目を開けると服を着たままプールに浸かっている先生が目の前に居た。


「先生…っ、」

「ハルくん大丈夫?どこか痛む?」

「右脚…」

「……わかった。俺に捕まって。」


目まぐるしい展開に混乱中の頭は追い付かないが言われるがまま先生にしがみつく。すると先生はそのままプールサイドへと泳ぎ出した。

力強い泳ぎであっという間にプールサイドに着くと俺を引っ張り上げて、有無を言わさぬうちに俺を担ぎ上げる。

みんなが好奇の目で見てくるが先生は気にせずずんずん歩く。更衣室に着いたところでようやく下ろされた。


「ハルくん体冷えるからジャージ着て。」


そう言って先生はジャージを俺に被せる。サイズが大きいうえに俺の好きな匂いがしたから先生のジャージだと言うことがすぐにわかった。

ありがとう、といつものように礼を言おうとしたとき。痛みのせいで忘れかけていた真っ黒な感情が頭によみがえった。


"毎日迷惑かけてる、しかも男の俺なんかより絶対に普通の女の方がいい。"

"男同士の恋愛なんておかしくて先生だって嫌気がさしているんじゃないか。"

普通に考えたらその通りだろう。

でもいくらそう考えても、理解出来てるつもりでも。悲しいものは悲しくて。

それなのに未だに痛み続ける脚をマッサージする先生の手があまりにも優しくて。



「……っ、う」

「…ハルくん!?」


訳がわからない。


「どうしたの?泣くほど痛いの?」


涙が止まらない。


「ごめん、俺マッサージ下手で」


どうしてそんなに優しく触れてくれるの?


「…まだ痛むかな?」


どうしてそんなに温かく接してくれるの?


「楽にしてていいからね、ハルくん。」


先生は―――


「先生は、俺のこと…好き?」

「………え?」







恋人関係というものは双方の信頼で成り立つものだと誰かが言っていた。

一般的な恋人関係、つまり男女の関わりでは子孫繁栄を目的とする生物の本能のようなもので成り立つのも事実だ。

じゃあ、男同士だとどうなのだろう。子孫も残らない、残酷な言い方をすれば何の利益もない関係なのだ。

そんな同性同士の関係だからこそ一般的な関係よりも互いの信頼が必要不可欠となる。


今の俺は先生を信頼出来ていない部分がある。心に渦巻いている黒い感情こそ、そのわかりやすい例だと思う。

先生を信頼出来ない自分自身に嫌気がさしている悪循環の中で、唯一俺を救えるのは先生の言葉だと思った。

例え先生に拒否の意思を見せられたとしても、もうこんなに悩む必要もなくなるだろうし汚い自分を先生に見られない安心感も生まれるだろう。色んな意味で諦めがつく。

苦しむのも、先生を苦しめるのも嫌なのだ。






俺のしゃくり上げる声だけが響く室内にポツリ、新たに俺が待ち望んでいた音が加わった。


「……ハルくんは、ずっとそのことで悩んでたの?」


八の字眉毛を最大まで下げて、悲しそうな目をしている真琴先生。

「ごめんね、ハルくん。ごめん。悲しませて、ごめん。不安にさせて、ごめん。」


脚の痛みを和らげてくれた魔法のような手で俺の頬を撫でる。溢れ出して止まってくれない涙をぬぐってくれる。

たったそれだけで心の闇が取り払われたような気がして。

さらに優しく抱き締められた時には先生がどれだけ俺を想ってくれているかが伝わってくるようで。


「…真琴先生、ごめん。ごめんなさい。」


俺は声を上げて泣いた。















「………俺に手を振ってた?」

「そうだよ!ハルくんスルーしてたから照れてるのかなって思ってたんだけど…」


散々泣いて案の定目を腫らした俺は保健室に居る。

そこでわかったことが一つ。


「女子に振ってると思ってた…」

「そんなことしないよ!!」


全ては俺の勘違いだったらしい。


「……そっかあ。ハルくんヤキモチ妬いてくれたのかぁー」

「…っうるさい!」


それに加え先生の性格がなかなか悪いことも現在進行形で身に染みている。


「ふふ、でもね、ヤキモチ妬いたのはハルくんだけじゃないよ?」

「…え?」

「ハルくんの泳ぎ見て女の子達が
"ハルくんカッコいいー"って騒いでたんだ。……それ聞いてちょっと嫉妬しちゃった。」

「………っ」


いい歳してるくせに嫉妬なんて。
やっぱり真琴先生だな、なんて当たり前のことを思って吹き出しそうになった。


けどまあ、ちょっと嬉しいのも事実で。不覚にもときめいてしまったり。




「ハルくん、今度おっきいプール行こっか。」

「本当か!?…行きたい!」

「よし!約束ねー」



俺たちの夏は、始まったばかり。







***
前後編 無事完結しました◎!

ヤキモチは焼くのか妬くのかで
数十分悩みました。間違ってたらごめんなさい。

ちなみにハルくんは脚がつっただけです((

ガチ目に痛いですよね。


観覧ありがとうございました!!



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