マコト先生の想い

*マコト先生目線






俺が初めて君のことを知ったのは入学式の日だった。


毎年恒例のことで、入学式が終わった後各クラス担任の先生から新入生達の個人情報が書かれている名簿を受けとる。

養護教諭の俺はみんなと直接的に関わることは少ないけれど、みんなのことを知っておきたいから名簿に目を通して暗記しているのだ。もちろん全校生徒分きっちりと頭に入っている。

名簿は学校外に持ち出せない為保健室のデスクで見ている。本当は家でゆっくり見たいんだけど、決まりだからしょうがない。

デスク周りを片付け、入れたてのコーヒーをスタンバイする。これで準備万端。ペラペラと1組から順に目を通して顔と名前を覚えていく。大変な作業だけど全然苦じゃない。新しくこの学校に入学してきたみんなのことを知れるからすごく嬉しいんだ。



3組の半ば、ある生徒のページで俺の手は止まった。

その生徒は七瀬遙。名前を見て女の子かと思ったが写真は綺麗な顔立ちの男の子を写していた。男なのに女の子みたいな名前。俺も学生の頃は名前のことでよくからかわれたなあ。男おんな、なんて言われちゃって。ふと思い出し笑みが溢れる。

七瀬遙…じゃあハルくんだな。なんて、勝手にニックネームまでつけちゃう自分がいた。今年の入学してきた生徒達の中で一番印象に残っているのは、君だった。



何故あの時手が止まったのか。いまだにハッキリとした答えは見つからない。単に共通点があったからかもしれない。でもそのようなものじゃない、運命的な何かがあるように思えてならないのだ。決して根拠は無いけれど。




君と初めて対面したのは入学して、3日くらいたった頃だった。


職員室で少しだけ仕事をして、保健室に戻ろうとした時だった。階段の踊り場でうずくまる人影を見つけたんだ。明らかに体調が悪そうだったので駆け寄った。そんな俺に気付いたのか顔を上げたその人物。それが君だったんだ。

紅潮した頬、生理的な涙で濡れた瞳。誰が見てもわかる。発熱していた。額に手を当てると燃えるような熱さが伝わってきた。これはマズイ。早く保健室に運ばないと。見る限り歩けそうな状態ではなかった。丁度体育座りという抱えやすい体制で座っていたので、そのままの形で抱き上げる。属に言うお姫様抱っこってやつ。

まさか、体格が恵まれている俺でも男子高校生を抱き上げるなんてさすがに厳しいだろう、と予想していた。でも抱き上げた君は思ったより軽くて。布越しに程よく筋肉がついているのはわかるが、まさしく"華奢"と言う言葉が似合うと思った。

運んでいる途中。ずっと辛そうに、固く目を瞑っていた君が安心したような表情になったのを俺は見逃さなかった。さらに君は俺の白衣をきゅっと握る。そんな君を見て愛しさが込み上げてきた。男に対しては変かもしれないが、可愛いとも思った。

保健室に到着、すぐさまベッドに寝かしつけた。君に了承を取ってネクタイとシャツのボタンを外していく。俺がどんなことをしているのか気になるのだろうか、君はジッと俺の様子を見ていたね。

体温計が軽やかな電子音を鳴らして体温を計り終わったことを知らせる。38度4分、高熱だった。ここまで高いと病院に連れていかないといけない。…その前に親に連絡も入れないと。あ、待てよ。このとき、ふと名簿の内容が頭を掠めた。確か、君の両親は海外で仕事をしていて今は独り暮らししているハズだ。


「38℃か…熱高いね、平気?本当は帰った方がいいんだけど…独り暮らしだよね?ハルくん。」

「…なんで、知って……」


君が驚いたのは手に取るようにわかった。ろくに目も開けられない状態なのに、これでもか!ってくらい見開いてたからね。

そう言えば、このとき君と初めて喋ったんだよな。


「ふふ、俺は何でも知ってるよ?」

君の質問に答えるべく、俺が全校生徒分の名簿を覚えていることを話した。そうしたら君はまた驚いたような顔をして。まあ、無理もないんだけどね。こんなことする教師なんてそう居ないだろうから。

そんな俺に君は興味を持ったのかな。


「せんせ、名前…何て言うんだ?」

熱のせいで喉までやられているのか、少ししゃがれた声で尋ねてきたね。


「俺?…俺はね、橘真琴。よろしくね、ハルくん!」

「……真琴、先生。」


俺が名前を言うとそれを確認するように繰り返して俺を呼ぶ。

生徒に名前を呼ばれることなんて、教師になってから何百回とあった。それなのに、君に呼ばれた時言い表せないくらいに嬉しいと思ったんだ。あまりにも嬉しくて病院に連れていくことが一瞬、ぶっ飛んでしまった程だった。(もちろんその後連れて行ったが。)



あの日から君はほぼ毎日保健室に来るようになった。


仮病を使ってサボっているのはわかってた。でも君がここを気に入ってくれたのかな、なんて思うと注意出来なくなっちゃうんだ。教師失格だな、俺。



それから少し時が過ぎた。あの日俺は職員室で仕事があって。保健室から離れていた。そう時間は掛かっていないハズなんだけど。仕事が片付いて戻ると予想外の光景が目に入った。安らかな幸せそうな表情で君が眠っていたんだ。

養護教諭が居ないときはベッドは勝手に使わない。これはこの学校で決まっているルールだった。さすがに君でも怒らないとな、なんて思った矢先。


「ん、まこと、せんせ……」


規則正しい呼吸音に混じって俺を呼ぶ声が聞こえた。寝言のようだ。聞き間違えかと思ったが、それは何度も繰り返される。あまり笑顔を見せない君がふにゃ、と笑みを浮かべながら眠っている。俺の名前を呼んでいる。



人間は禁じられていることを犯したくなる傾向がある。背徳的なことやスリリングなことは何だか燃えるだろう。いけないと解っているのに、気付いてしまう。気付いてはいけない本当の感情に。

君のことが、好きなんだ。




「……ハルくん、またおいで。いつでも、待ってるから。」


保健室から帰ろうとした君を呼び止めて思わず言ってしまった。いけないことなのに。でも解っているからこそ―――









現に今だって。


「ハルくん、好きだよ」

「真琴せんせ、んぅっ……」


夢中になると周りが見えなくなるのは俺の欠点。君の気持ちも知らないのにね。

ただ、覚悟は出来ている。教師を辞める覚悟、全てを捨てる覚悟だって。それほどに君が好きで。

衝動のまま君の唇を塞いだ。

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