imfortant for me【後】
チームバチスタパロ。
imfortant for me 後編です。
前編からお読みください。
主に医学等の知識はありません。全て想像です。信憑性なしですので、ご了承ください。
一ヶ月程が経った。
相変わらずたくさんの命を救い、相変わらず忙しい毎日だった。OFFの日もほとんど無く、あったとしても体を休めるくらいしか出来なかった。真琴との約束は当分果たせそうにない。
そういえば手紙の返事書いてないな、とふと思い出した。ちょうど午前中のオペが終わり、午後の入院患者の診察まで時間があったため返事を書こうとデスクについた。散らかっている書類を片付けスペースを開ける。筆箱から愛用のボールペンを手にした、そのときだった。
―――救急要請、救急要請。〇〇区フードコープ松岡営業本部にて火災発生。ビルが全焼。負傷者も多く、中に要救助者が多数取り残されている模様。至急出動せよ。繰り返す…
緊急の要請だった。放送内容を頭に入れ、すぐさま動き出す。何かが頭を掠めたが、気にしている暇はなかった。救急車、ドクターヘリの指示をして自分も助けを待っている人を救いに行かなければならないからだ。
大きな風音と共に俺の乗り込んだドクターヘリが離陸する。現場は比較的近く、ヘリを出す程でもないかもしれないが周辺道路が渋滞の恐れがあるためヘリも出すことにしたのだ。ようやくヘリが安定してきたとき、一緒に乗り込んでいた救急救命士――俺の部下だ。が呟いた。
「確か火災でしたよね。あそこの会社デカいからかなりの被害でしょうね…。」
「会社…そんなにデカいのか?」
「あれ、先生知らないんですか?フードコープ松岡の営業本部ときたら、日本有数の大手企業の本部ですよ!」
「…フード、コープ……松岡?」
放送を聞いたとき頭を掠めた何かが、ようやくわかった。頭の中の歯車がカチッ、と音を立てて噛み合った。
"俺の方はやっと念願の本部で働けることになりました!!ハルが手紙読む頃には本部(「フードコープ松岡営業本部」って言うんだ。)で働いてるよ。"
「…っ、真琴!」
「先生…?もしかして知り合いの方でもいらっしゃるんですか?」
部下が何か尋ねてきている。どうやら思考が停止したようだ。上手く聞き取れない。言葉が出ない。わかっているはずなのに、理解ができない。
全身から汗が噴き出てきた。こころなしか呼吸も上手くできない。心臓が尋常じゃない速さで脈打っている。落ち着け、落ち着け。落ち着け。
「先生」
「……、なんだ。」
「僕みたいなのが先生に言うのはどうかと思いますが、言わせていただきます。しっかりしてください。大切な人を助けられるのは、先生です。…真琴さん、でしたっけ。きっとその方も、先生の助けを待っている。先生なら、絶対助けられる。僕もできる限りサポートします。」
真っ直ぐ俺を見て言う部下に、部下の言葉に心を動かされる。そうだ。助けるのは俺だ。助けてほしいと望まれているんだ。もう大切な人を亡くしたりはしない。絶対に。
「…全員救うぞ。」
「、はいっ!」
ヘリが着陸する。さまざまな用具が詰められたカバンを肩に提げ、ヘリのドアを開けて外に出る。
数十台もの消防車が今もなお、放水を続けている。現場を駆け回る消防隊員。口をハンカチで覆いながらビルが、自分たちの会社が燃え尽きていくのを涙を流しながら見ている社員。負傷者に手当てを施している救急隊員。手当てを待っている多くの人々。
正直ここまでの惨状だと思わなかった。この中にまだ真琴がいるかと思うと頭が真っ白になる。
しかし、さっきの決意を思い出す。誰も死なせない。俺が助ける。
瞬間で状況を判断し、指示を飛ばす。重篤な患者からヘリや救急車で病院に運ぶ。搬送待ちの患者には応急手当。息をつく暇もない。俺は無心で手当てを続ける。
手当てしている間にもたくさんの人が救出されている。しかし、そこに真琴の姿はいつまでたっても現れなかった。不安が心に募る。まだ、まだ建物の中に取り残されているのだろうか。
搬送が必要な患者がほぼ病院に運ばれたとき、俺の不安を感じ取ったのかさっきの部下が話しかけてくる。
「先生、ちょっと落ち着いてきましたしここは任せてください。」
「…いいのか?」
「はい。誰も死なせません。約束します。」
「…任せた。」
俺は部下に現場を一任し、ほぼ消火活動が終わったであろうビルの方に走り出す。そして比較的近くにいた消防隊員にすがりつくように尋ねた。
「中に、中に人はいませんか!?まだ救出されてない人、いないですか!?」
「現在捜索中です!落ち着いて」
「落ち着いてられるか!さっきまで多くの人を助けてきた。でもまだ大切な人が…一番助けたい人が出てきてないんだ!早く救出してくれ。頼むっ…」
「全力を尽くしています。もう少々お待ちください!」
そう言って消防士は真っ黒になったビルに飛び込んでいく。俺はそれを黙って見つめた。視界がぼやける。それが目から零れないように、ぐっと唇を噛みしめる。拳を握る。真琴、俺が救ってやる。だから早く出て来い。
早く――――…
「ハルちゃん!?」
穏やかな声が、鼓膜を震わせる。ぼやけていた視界に映り込む、淡い緑色。何か安心を覚える、雰囲気。振り向くと、俺が求め続けていた人がいて。
「…真琴?」
「あ、やっぱりハルちゃんだ…」
「真琴…まこと、」
「うわっ、」
真琴の胸に飛び込む。昔からスポーツもやっていないくせに無駄にがたいのいい体格、厚い胸板。衣類からの匂い。まぎれもない、真琴だ。
「お前、なんで…」
安心したのだろう。今になって涙が溢れてくる。そのせいで言葉が続かない。聞きたいことは山ほどあるのに。
「実はね、今日仕事午前で早退したんだ。なんか調子悪くて。それで家で寝てたら上司から電話があって。会社がすごいことになってる、って。それで慌てて来たんだ。それで、慌てすぎてパジャマで来ちゃった。」
昔からの真琴の特技。言葉足らずの俺の気持ちを読みとる能力を使い、俺の質問に答えた真琴。その答えにまた涙が溢れてくる。あんなに心配していたのに、ひょうひょうと答える真琴にすっかり気を抜かれてしまった。
「…心配した。ほんとに、心配した。もし真琴に何かあったらどうしよう、って。もし真琴が死んだらどうしよう、って。」
「ハル…。 心配してくれてありがと。でもハルは絶対俺を助けてくれるつもりだったでしょ?」
「当たり前だ!」
「ふふ、なら安心だよ。」
柔らかく笑みをうかべる真琴。その笑顔に言い表せない程の安心を覚え、またきつく真琴に抱き着いた。真琴も俺を上回る力で抱擁した。
「最後だ!無事に最後の救出者救出!手当てを頼むっ!」
後ろから消防隊員の叫び声が聞こえた。ビルはすっかり鎮火し、全員が無事救出されたようだ。
「真琴、いってくる。」
「うん。頑張ってね!」
笑顔で送り出す真琴に背を向け最後の救出者を手当てすべく駆け出す。と、数メートル進んだところで足を止めて振り返った。
「…ハル?」
「真琴!あとで俺の病院に来い!調子悪いんだろ?俺が診てやる。」
声を張るのは得意ではないが、最大限まで出して真琴に伝える。真琴の嬉しそうな声を背に、俺はまた助けを待つ人の元へ駆け出した。