imfortant for me【前】
チームバチスタパロ。
知らない方も読める内容です。
この職を目指したのはいつからだっただろうか。
確か、中学に入学したばかりのころ。
両親が共働きで日本全国、また海外を飛び回っているので俺はほとんどの日々を婆ちゃんの家で過ごした。故、婆ちゃんに育てられたと言っても過言ではない。婆ちゃんは時に優しく、時に厳しく俺に接してくれた。だから俺は婆ちゃんを愛していたし、婆ちゃんも俺を愛してくれていただろう。
そんな婆ちゃんが死んだのが俺が中学に入学したばかりのころだった。死因は何か名前の長い病気だった。
俺は自分の無知に腹が立った。
毎日一緒に過ごした人の病気にも気付かなかった。死を伴う病気なら何かサインがあるはずだ。そんな言いしれない絶望の中、医者から言われた病名。それすらもわからなかった。
親類で行われた葬式、父も母も泣いていた。真琴も号泣していた。
俺は泣けなかった。腹が立って、悔しくて、悔しくて。
もう大切な人を亡くしたくない。だから俺は医者を目指した。
幸い俺は勉強が嫌いなわけでも苦手なわけでもなく、中学、高校真琴と一緒に勉強に尽くした。何故真琴も一緒なのかは俺にもわからなかったが真琴は色々俺のサポートをしてくれた。本当に感謝してもしきれない。
また、亡くしたくない人ができた。
このお陰もあっただろう。
俺は無事に医学部にストレート合格を決めた。一緒に頑張ってきた真琴も近くの大学に合格。俺たちはそれぞれの道へ歩みだした。
あれから早20年弱。
俺は救命救急医になっていた。しかも救命救急センター部長と言う肩書きまでついてきた。(正式な肩書きは「独立行政法人旧国立大学連絡機構東城大学医学部付属病院救命救急センター部長」)
"ハル元気?仕事忙しいだろうけど無理しちゃいけないよ!!そういえば、この前の手紙でハルの役職見てビックリしたよ!!すっごく長いね。これも、ハルが頑張ってきた証だよね!!あ、そうだ。俺の方はやっと念願の本部で働けることになりました!!ハルが手紙読む頃には本部(「フードコープ松岡営業本部」って言うんだ。)で働いてるよ。本部はなんと、ハルの勤めてる病院の近くにあるんだ。OFFの日とか久しぶりに会おうね!じゃあ、体に気をつけてね!!"
たくさんの人を救い、たくさんの人に感謝されてきた。と、同時にたくさんの人を救えなかった。医者はしょせん人間だ。完璧なロボットではないのだ。その救えなかった命の罪滅ぼしのように、またいくつもの命を救う。こんな医者生活を20年弱続けているうちにあんなに長い名前の役職を手に入れたのである。
「…だから、役職なんて興味ないって言ってるだろ。」
真琴から久しぶりに送られてきた手紙に目線をやりながら言う。真琴の字は昔と変わらないクセがあってなんだか安心を覚えた。ふ、と口元も緩んでしまう。
バンッ
扉が荒々しい音をたてて開かれる。見ると、俺の表情とは裏腹に慌てた様子で看護師が入ってきた。
「先生!!急患ですっ…!!」
またひとつ、命を救いに行こう。
(続く)