飽和の共有
【飽和】
含みうる最大限度まで満ちていること。
おそらく多くの人は中学の時に理科の湿度の話で習っただろう。空気1u中に水蒸気を飽和状態まで含んだのが湿度100%ということだ。その空気にはそれ以上水蒸気を含むことが出来ないし、それ以上含もうとしても水蒸気は水滴となって出てきてしまう。
これは湿度だけではない。全てのものに飽和量はあるのだ。プールだってそう、パソコンの容量だってそうだ。物によって個人差はあるが、必ず飽和量は存在するのだ。
それはもちろん人間でも同じことで。八の字眉毛の大男、真琴にもある。
生まれてから17年間ずっと一緒にいた。それ故、こういう真琴の姿を何度も見たことがある。が、やはり免疫がつくものでもなく現在進行形で戸惑っているのである。
俺の肩に顔を埋め、小刻みに震えながら声も出さずに泣いている真琴。かれこれ何分ぐらいこうしているだろうか。お陰で肩はビチャビチャに濡れているし、なんだか脚も痺れてきた。動きたいのは山々だが、いつも泳ぎ終わった俺をプールサイドへ引き上げるときと比べ物にならないくらい弱々しい力で俺にしがみついているせいで動けない。
まったく、困ったものだ。いつも俺の気持ちを真琴が代弁してくれているように、口下手な俺はこんなとき、気の利いた台詞一つ思い付かない。俺は真琴に一体何が出来るのだろう。
何年も一緒にいても、真琴の考え方は理解出来ないことがある。いつも何を考えている。どんな痛みに耐えている。何を求めている。結局俺が知っているのは真琴のうわべだけなのだ。
もっと真琴のことが知りたい。知って、痛みを共有してやりたい。出来ることがあるなら、いくらだって手伝ってやりたい。
「真琴」
「俺に教えてくれ」
「お前に俺は何が出来る?」
こう言いながら頭を撫でる俺に驚いたのか真琴が顔をあげる。数十分程泣いていたせいか目が真っ赤になっていた。
「…ハルには、迷惑かけたくないんだ。」
「…だからこんなになるまで溜め込んでたのか?」
俺が問うと俯いた真琴。こんなときの無言は肯定だということを俺が一番知っている。
「真琴、飽和って知ってるか?…もうこれ以上溜められない状態のことだ。もし飽和状態になったら…どうすればいいかわかるか?」
「……わから、ない。」
「溜め込んだものを俺に移せばいい。痛みを、悩みを共有すればいい。2人で共有することで飽和量が増えるんじゃないか。」
「…ハ、ル」
少し引いていた涙が溢れ出す。その涙は、次からは俺たち2人のものだ。
「…ハル、ごめんね。服ぐしょぐしょ。」
「…別にいい。」
「そうだ…!あのね、お願いがあるんだ。」
「…何だ?」
「共有するのは、痛みとかだけじゃなくて幸せもがいいな。」
「……それははやく飽和状態にしなきゃな。」