書きかけの未来へ
部活が終わったのが30分前。
渚たちが帰ったのが25分前。
真琴に無理を言ってもう少し泳ぐことにしたのが20分前。
そのとき真琴はこう言った。
「もー、しょうがないなぁ。じゃあ、俺が日誌書き終わるまでなら泳いでていいよ!」
日誌を書くのに20分もかかるだろうか。俺のことを忘れて帰ってしまったのだろうか。真琴に限ってそんなことは無いと思うが。
真琴のことが気になったのと、日が暮れて少し肌寒く感じたのもあったので俺は泳ぐのをやめ部室に戻った。
ギィ…
部室の古めかしいドアは錆び付いた音を立てて開く。
部室に入ってまず視界に入ったのは部室中央にある机に突っ伏す真琴だった。覗き込むと書きかけの日誌に覆いかぶさるようにすうすう、と息をたてながら眠っている。さっきのドアの音で目を覚まさないと言うことはかなり熟睡しているんだろう。
よく見ると目の下にクマができているのに気付く。そう言えばここのところ忙しそうにしてたな。
真琴は水泳部の部長を務めているので部活のことはもちろん、家に帰ると兄として双子の弟妹の世話もある。面倒見がいいのもあっていろんな人から頼られているんだろう。
真琴は他人(主に俺)がしんどいとか辛いとかは鋭く気付くくせに自分のことには無頓着だ。いつもちゃんと書いている日誌もそこそこに居眠りだなんて余程疲れているんだろう。
そんなことを考えながら水着から制服に着替えて(もちろん、制服の下には替えの水着を着ている)自分の荷物とついでに真琴の荷物もまとめてやって、少し可哀想だが、まだ眠っている真琴を起こすことにした。
「真琴、起きろ、真琴」
「…んー……」
珍しいことに寝ぼけているらしくなかなか起きてくれない。
「真琴、帰るぞ!」
「…ん…ハル、ちゃん?」
「ああ。真琴、帰ろう。」
「…わ!俺、寝てた!」
ようやく覚醒した真琴はごめん、と言って書きかけの日誌を慌てて書き出す。
「ハル、俺の荷物まとめてくれたんだ!ありがと。」
そう言っていつものように微笑む真琴の顔にはやはり、少し疲れが滲んでいるように見えた。
「…貸せ」
「へっ!?」
俺は真琴が使用中のボールペンと書きかけの日誌をひったくり、真琴の向かいに座って日誌を書き始める。真琴が驚いているが、気にしない。
「ハル、いいよ!俺の仕事だからっ!」
「部長をサポートするのが、俺の仕事だ。」
「ハル…」
「俺が今までサポートしなかったのも悪いが…真琴、お前は働きすぎだ。」
「そんなことないよ…」
「そんな顔で言われても説得力ない。」
「…え」
どんな顔!?と俺に尋ねてくる。ああ、やっぱり自覚してないんだなと思い俺はため息をつく。
「疲れてんだろ。目の下、クマ」
「え、ほんと!?」
「お前は頑張りすぎなんだ。もっと俺を頼ればいい。」
「ハル…」
「そんなに俺は頼りないか…?」
「ううん、そんなこと、ないっ」
目に涙を浮かべて、真琴はありがとうと言う。
そんなの、当たり前だろ。今も、昔も、これからも、俺たちはお互いを支え合って生きていくんだ。
…なんて思ったが言うガラじゃない。
俺は真琴にバレないように笑みを浮かべ書きかけの日誌を完成させることにした。