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  8.


現代のように街灯があるわけではないこの時代の夜は、暗く寂しい雰囲気を纏っている。しかし、今日は違った。
いつもなら閉まっているお店も今日は提灯に明かりを灯して、道行く人に声をかけている。
街を歩く人も普段より多い。仲睦まじく寄り添う恋人や子どもを連れて楽しそうに歩く家族の姿に心がほわっと温かくなる。
そんな人々と一緒に神社を目指して歩いていると、だんだんと人の多さが増してきた。

「おっあれじゃねぇか?」

背の高い左之さんが一番に神社を見つける。鳥居をくぐると、辺りは人、人、人。そして、屋台の明かり。美味しそうな匂いもする。

「このままじゃ、動きづらいし、別れて行動しない?」

人混みの中、7人という大所帯での行動はなかなか厳しいものがあった。だから、沖田さんの提案には賛成だった。他のみんなも同意見だったようで、頷いて答える。新八さんが代表して、グループを分けてくれた。

「そんじゃ俺たち3人はれんちゃんと行くから、斎藤たちは千鶴ちゃんを頼んだぜ」
「うむ。分かった」

千鶴達3人が人混みの中へ歩いていくのを見送った後、左之さんがさて、と口を開いた。彼を見ると、彼もこちらを見ており、目が合う。

「俺たちも行くか。れん、何が見たい?」
「んーとりあえず、何か食べたい!」
「ははっ。食い意地が張った姫様だな。分かった。じゃあ何か食いに行くか」

食い意地が張ったと言われムッと来たが、姫様と呼ばれては悪い気はしない。
ゲームで、左之さんは島原の人たちからモテていると言っていたけれど、実際に一緒に生活しているとモテ男だなと感じる場面がいくつかある。今のだって本人からしたら軽く言っただけなんだろう。しかし、普段男として生きている私が「姫」と呼ばれて喜ばないわけがない。それを分かっていて言ったのか否か。定かではないけれど、本当に女の扱いが上手な人だ。


屋台にはいろいろな種類の食べ物が売ってあった。りんご飴や団子、お寿司、天ぷらなど。元いた世界とは屋台の系統が少し違うこともあり、キラキラと目を輝かせながら、見て回る。天ぷらは屯所ではあまり食べられないから、食べたいなあと見ていると。

「天ぷらにするか?」

察しの良い左之さんが気づいてくれた。店で天ぷらを頼むと、揚げたての美味しそうな天ぷらが出てきた。お金を出そうとしたら、平助が私の分まで払ってくれた。

「え、平助?」
「今日は、俺がおごるから」
「でも・・・」

お店の人から天ぷらを受け取った平助が、はいと私に渡してくれる。それに小さくありがとうと言いながら受け取る。やっぱりお金を払おうと平助に声をかけようとしたとき、左之さんが私にこっそり耳打ちしてくれた。

「あいつ、お前に男らしいところを見せたいんだよ。だから、今日は大人しくおごってもらえ」

そう言われてしまい、少し驚く。普段から平助は元気よくて勇ましくて男らしいのに。自分ではそうは思っていないのかな。平助が私に男らしいところを見せたい理由も少し気になったけど、それは聞かずに、平助と声をかけた。すると、少し前にいた平助が後ろを振り返る。

「ありがとう」
「お、おう・・・」

少し照れている表情に、可愛いなあと思ったが、それを口に出したらかっこつけたい平助はあまり嬉しくないだろうと思い、心の内にしまっておいた。
神社の敷地内にある広場へ行くと、何やら催し物が開かれていた。どうやら時間帯でしているものが違うようだが、今やっているのは相撲だった。大きい身体をした力士が土俵で相撲を取っている。一通り終えた後は、町の人も参加できる相撲大会があるらしい。初めて生で見る力士の迫力に、私は圧倒された。

「わー!がんばれー!いけいけー!」

いつの間にか、声を出しながら応援していた。隣にいた平助も同じように応援している。

「よし!いけ!そこだー!!っあー!!」
「あー残念・・・」

同じ力士を応援していた私たちは、その力士が土俵から出るのを見て、落胆の声を上げた。2人して同じような声を上げたものだから、何だか可笑しくなって私たちは顔を見合わせて笑った。

「私、相撲って初めて生で見たけど、楽しいね」
「俺もあんまり見たことなかったけど、おもしれーな!な、左之さ・・・あれ?」

平助が左之さんたちに声をかけようと振り返ると、先ほどまでいた2人の姿がない。辺りを見渡してもそれらしい人影はなかった。彼らは背が高いから、どこにいても目立つのに。はぐれてしまったのだろうか。

「2人とも、どこに行っちゃったんだろう・・・」
「さっきまでいたと思ったのになあ。・・・でもまぁあの2人なら大丈夫だろ。俺たちだけで楽しもうぜ」
「そうだね」

一通り相撲を楽しんだ後、私たちは少し休憩することにした。境内から少し離れた場所に石段を見つけ、私たちはそこに腰かける。辺りに人はいなくて、静かな場所だ。

「あーやっと座れた!れん、疲れてないか?」
「うーん。疲れたと言えば疲れたけど。でも、楽しいね、縁日!」

そう言って笑うと、平助も答えるように微笑んでくれた。それから私も平助も何も話さず、遠くに見える屋台を楽しむ人々をただ眺めていた。

「・・・なんだか、夢を見てるみたい」

屋台の明かりがあんまりにも綺麗だったからか、思わず心の声がポツリと出てしまった。

「夢?なんで?」

私の方を見て、平助が不思議そうに呟く。

「だって、私、あのとき平助に助けられなかったら今頃どうなっていたか分からないし。正体不明の私なんかを置いてくれて、みんな優しく接してくれて。今はこうやって女の子の格好をさせてもらって祭りを楽しんで。最初新選組に来た時じゃ考えられないくらい、幸せなんだもん」
「れん・・・」

本当に。本当に今の状況は私にとって幸せだった。彼らが刀で人を斬る集団であったとしても、本当はみんな優しくて素敵な人たちなんだ。その彼らと過ごす日々は新鮮で楽しい。しかも、私が現代で一番好きだった藤堂平助と、こんなに仲良くなれて、本当に幸せ者だ。

たくさんの人でにぎわっている屋台の方をまっすぐに眺める私を見て、少しの間黙っていた平助が口を開く。

「・・・お前がみんなに壁を作らず、誰とでも分け隔てなく接してくれたから、仲良くなれたんだ。全部お前の力だ」

全部私の力・・・。そう言ってくれた平助を見ると、とても優しい目をしていた。
彼の目を見ていると何故か泣きそうになってしまい、ごまかそうと空を見上げると、星が美しく輝いていた。

「うわぁ・・・星、綺麗・・・!」

その声につられて平助も夜空を見上げる。本当だな、と頷いてくれた後、でも、と言葉を繋げる。

「試衛館の辺りはもっと綺麗だったぜ」
「そうなの?これ以上に素敵な夜空が見れるなんて・・・いいなぁ、行ってみたい」
「・・・じゃあ、いつか行こう。俺とお前で」
「ふふっ楽しみ!」

そのいつかが本当に来たらいいのにな。いや、来ると信じよう。夜空に輝く星に、そう願った。

しばらく何の会話もないまま、ただじっと星を眺めていた。流れ星、流れないかなあ。流れたら何をお願いしようかな。そんなことばかり考えていると、平助がこちらを見て話しかけた。

「なぁ、れん」

それに合わせて、私も平助の方を見る。

「ん?何?」
「ちょっと、目を瞑ってくれないか?」

目を瞑る?いきなり言われた言葉に目をパチクリさせた。
しかし、あ、と今から平助がやりそうなことを思いついて口を二ッとゆがめる。

「なあにー?いたずらー?」
「違うっての。いいから、早く」
「もう。いたずらしたら許さないからね!」
「だから、しないって」

一体何をするつもりなんだろう、と目を瞑った。平助が動く気配がする。左横から、私の後ろに回って・・・。髪の毛を触られている感覚がする。

「よし、できた。もういいぞ」

目を開けると、平助は私の左横に戻っていた。

「何したの?・・・!」

髪の毛を触っていたから何かしたのかと、結い上げている髪を触ると、そこには先ほどまでなかったものがあった。私は手鏡を取り出して、確認する。すると、そこに映ったのは、

「これ・・・!あのときの、かんざし・・・!!」

以前、平助と新八さんと私で街に出かけたときに、私が見ていたかんざしだった。

「え、これ、どうしたの!?」
「どうしたのって、買ったに決まってるだろ」
「いつ!?」
「あの翌日。お前が欲しそうに見てたし、新商品って親父さん言ってたから売り切れちまっても困るなーって思って」
「でも、でもこれ、高かったでしょ?」

私はあのとき値段も見ていた。新商品に加え、素材も良いものを使っているから、値段も割とした。

「俺だって、新選組幹部だぜ?それなりに給金はもらってるし、そこまで浪費家じゃないから貯金もあるし。つーか、金の事なんか気にしなくていいんだよ」
「でも、やっぱり」

こんな高価で素敵な物をもらうわけにはいかない、と言おうとしたとき。

「それ、着けてみてどうだ?」
「え・・・」

私はもう一度鏡を見る。綺麗で華やかで、だけど落ち着いていて。こんなこと言うと自信過剰みたいだけど、よく似合っていると思った。垂れ下がっている小さい花の飾りが動くたびに揺れ、こんな素敵なかんざしには二度と出会えないと思えるくらいの美しさがあった。

「すごく・・・本当にすごく素敵」
「だろ?絶対お前に似合うって思ったんだ」
「平助・・・」
「やっぱり、よく似合ってるよ」

平助は私を見て微笑んだ。欲しかったかんざしをもらえた嬉しさと、褒められた喜びと、平助に見つめられる恥ずかしさとで、私の顔は真っ赤に染まった。それを知られたくなくて、思わず俯く。

「ん?どうした?」
「なっなんでもない!」
「そうか?・・・でも、ほんとお前にあげて良かったよ。あまり着ける機会はないかもしれねぇけどさ、大事にしてくれたら嬉しい」
「もちろん!絶対大事にする・・・!平助、本当にありがとう。私、幸せ!」

それから、そのかんざしを着けたまま、私たちは再び縁日を楽しんだ。それを外したくなくて、時間の許す限り、めいいっぱい歩き回った。



「あーあ。また男の子に戻っちゃった」

最初に着替えさせてもらったお家で化粧を落とし、髪も結いなおし、服も着替え、私はいつもの格好へと戻った。
そこのお母さんによると、30分ほど前に千鶴も来て着替えたらしい。左之さんたちも一緒だったそうだ。

「お前の本当の姿、ずっと見てたかったな」
「・・・平助って時々恥ずかしい言葉も平気で言うよね」
「そうか?」

この男、自分の言っている意味を全く理解できてない。天然たらしか。今日の縁日での出来事を話していたら、すぐに屯所に着いてしまった。

「また、女の格好をするときは、あれ着けてくれ。それで、俺に一番に見せてくれ」
「うん。そうだね、そうする。今日は本当にありがとう」

もう一度お礼を言うと、平助は嬉しそうにはにかんだ。それからそれぞれの自室へと戻って行った。


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