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  7.


ミーンミーン

蝉の声が響き渡る季節になった。暑い日が続く中、新選組は今日も変わらず隊務をこなしていた。私もご飯の準備をしたり掃除をしたり、稽古をつけてもらったりといつもと変わらぬ日を過ごしていた。自分がいた時代と比べると、この時代の夏は少し涼しく感じる。確か去年の夏は猛暑で、毎日ニュースで取り上げられていたのを思い出す。この時代から約130年ほど未来だけれど、やっぱり地球温暖化が進んでいるっていうのは事実なんだなあと実感した。

「お、精が出るな!白河君」
「あ、近藤さん。こんにちは」

私が廊下の掃除をしていたところに、近藤さんが現れた。仕事で屯所を出るのだろうか、余所行きの着物を着ている。

「どこかに出られるんですか?」
「ああ。ちょっとお偉いさん方との会合にな。それにしても、今日も暑いな」
「そうですね。でも、去年と比べたら・・・」

そこまで言ってはっとした。やばい、私記憶喪失なんだ!ところどころその設定を忘れて墓穴を掘ってしまう自分が嫌になる。近藤さんの表情を見ると、やはり彼は驚いたように目を丸くしていた。

「去年とは・・・まさか!何か思い出したのかね!?」

ぐっと両肩をつかまれ、嬉しそうな表情で尋ねられた。

「いや、その・・・去年はもう少し暑かったような気がしたんですけど。もしかしたら、気のせいかもしれません。特に何かを思い出したわけではなくて・・・すみません」

目を泳がせながら、ははは、と苦笑いする私を見て、近藤さんは少しばかり肩を落とした。

「そうか・・・。でも、確かに去年と比べたら今年は些か涼しいかもしれんな」

でも、暑いのに変わりはないから休み休み掃除をするんだぞ、と言い残して近藤さんは玄関へと向かって行った。

「はぁぁ。危なかった・・・」

近藤さんじゃなければ、もっと突っ込まれていただろう。彼の優しさに大いに感謝した。
それから、昼食の時間まで掃除をし、午後は干していた洗濯物を畳んだり昨日できなかったところの掃除をしたりした。
もうすぐ夕暮れ時という頃に近藤さんは帰ってきた。

「お帰りなさい、近藤さん」
「お!白河君、丁度いいところに来てくれたな」

そう言うと、近藤さんは手に持っていた風呂敷を見せながら、広間へと歩いて行った。何だろう、お土産かなと思いつつ近藤さんの後を着いていく。彼は時々、土産をくれる。以前は、ちょっと高級なお饅頭をもらった。高いだけあって、ほっぺたが落っこちそうなほど美味しかったのを覚えている。今回もいいとこのお菓子だろうかと、もらう分際で図々しいことを考えていると。

「これをぜひ君に着てほしくてな」

と言って風呂敷から出てきたのは、白色の綺麗な女物の浴衣だった。青く大ぶりな桔梗の花が所々に咲いていて、気品あふれる浴衣だ。

「え?これって・・・女物ですよね?」
「ああ。今日は縁日があるだろう。そこにみんなと一緒に行ってほしいんだが、これを着て行ってくれないか?」

近藤さんの言う通り、今日は街の神社で縁日が開かれる。その話は屯所でも話題になっていて、行きたいだの、巡察が必要だのと意見が飛び交っていた。

「でも、巡察に行くっていう話は・・・」
「それなんだが、こんな日に不逞浪士たちも騒ぎを起こしたらただじゃ済まないことは分かっているだろうし、町人同士の問題が起きてもそれは町方の仕事だしということで、興味のある隊士は縁日に行ってこいと、としと決めたんだ」

土方さんがOKを出すとは・・・珍しいこともあるもんだ。本当にそんな高級そうな物を着てもいいのかと何回も確認をしたが、その度に近藤さんは笑顔で大きく頷いた。女性の格好に戻れるのも滅多にないことなので、せっかくの機会をもらった私は、早速縁日に興味がありそうな人を探しに行った。
と言っても、誘う人は決めていた。

「平助―!」

平助の部屋の前で私は名前を叫んだ。すると、驚いた表情の本人が部屋から出てきた。

「な、なんだよ。そんな大きい声出して・・・」
「ねえ!縁日!行こう!」
「縁日!?えっそれって今日神社で開かれるやつ?」

どうやら先ほどの近藤さんの話は、まだ全員に知れ渡っていないようだ。もしかしたらこれから話をするつもりだったのかもしれない。言ってしまって良かったのかと少し不安になったが、いずれ分かることだろうし、と私が事の経緯を説明した。

「ほんとかよ!俺、祭りって好きだからさ、行きたいと思ってたんだ!」

子どものように嬉しそうにはしゃぐ平助を見て、誘って良かったと心底思う。

「じゃあさ、左之さんやしんぱっつぁんも誘っていいか?」
「うん、誘ってみよ!」

2人の元へ行くと、近藤さんがいた。どうやら今事情を聴いたようだ。私たちが来た理由も分かっているようで、縁日楽しみだな、と左之さんが優しく笑った。
千鶴も誘おうと千鶴の部屋へ行くと、そこには沖田さんがいた。

「ん?れんちゃん。どうしたの?」
「沖田さん、縁日の話聞きました?」
「うん。興味のある人は行ってきてもいいってやつでしょ?だから、今こうして千鶴ちゃんを誘いに来たってわけ」

なるほど。沖田さんの手には風呂敷があった。恐らく、近藤さんが私に渡してくれたように、女物の浴衣が入っているのだろう。私に渡してくれた時に、千鶴の分も用意していると近藤さんは言っていた。

「れんちゃんは行くんでしょ?」
「はい、平助たちと行こうかなーって」
「ほら、千鶴ちゃん。れんちゃんも行くって言ってるんだし、僕たちも行かない?」

千鶴は本当に行っていいのか迷っていたようだったが、私が行くことを知り、決心がついたようだ。
結局、沖田さんに斎藤さん、平助、左之さん、新八さんというほぼ全員の幹部隊士は縁日に行くことになった。私と千鶴は浴衣に着替えるために、近藤さんの知り合いの家を貸してもらった。



「おー・・・千鶴、綺麗だね」

淡い緑色の浴衣を身に纏った千鶴は、いつもよりも一層綺麗で大人びて見えた。いつもは桃色の可愛らしい着物を着ているけど、それとは違った印象でドキッとする。これは、みんなが見たら驚くだろうな。というか、確か原作でもこんな展開があったよね・・・でもあれは五山の送り火の時だったから、原作通りだともう少し先か・・・。

「変じゃないかな?」

頭をブンブン横に振る。100人に聞いたら100人全員が可愛いって言うくらい可愛いし、よく似合っている。すれ違う人みんなが振り返ってしまうような美しさだと伝えると、千鶴は顔を真っ赤にしながら謙遜した。私が男なら、この姿を見て確実に惚れるし、誰にも見せたくないくらいなんだけどなぁ。

「れんちゃんもその浴衣、すごく似合ってる」

鏡で見たが、本当にこの浴衣は素敵だ。白色だけど、大ぶりな柄のおかげでパッと目を引くようなデザインだ。この浴衣を毎日着ていたいくらい、私はこれが気に入った。

「そう?ありがと」

せっかくだからお化粧もしていきなさい、というこの家のお母さんの一言で、簡単にではあるけれど、化粧もさせてもらった。すごく久しぶりの化粧に私のテンションは一気に上がる。初めて化粧をした気持ちを思い出す。口紅も引かせてもらって、いつもとは全く違う女性らしい姿に変貌を遂げた。絶対みんなびっくりする。


「お待たせしましたー」

みんなとの集合場所にたどり着くと、私が予想していた通りの反応をしてくれた。

「えっ!??千鶴とれん・・・か!?」
「まさか、こんなに変わるなんて、びっくりだね」
「よく似合ってるぜ」

女性の姿を褒められ慣れていない私は、こっぱずかしい気持ちになりながらも、嬉しい気持ちでいっぱいになった。待ってくれていたみんなも浴衣に着替えている。いつもの隊服ではない姿に、見慣れないからか、それとも縁日で気分が高揚しているからか、少しだけ心拍数が上がる。
日が暮れ始めた頃、私たちはようやく縁日へと繰り出した。



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