Main | ナノ


  6.



障子の外でピカッと光った眩しさで私は目を覚ました。まだ薄暗いが、日が昇ったのだろう。そう思い、障子を開けると、想像とは180度違う光景が目に入り、気分が一気に落ちる。

「雨か・・・」

バケツをひっくり返したような大雨に、時折光る雷。今日は洗濯も外に遊びに行くこともできないな、と思いながら身支度を整えた。
朝食の片付けを終え、部屋に戻る途中で、平助と出くわした。彼は、いつものように明るい笑顔で話しかけてくる。私は、昨日のことで何か話ができないかと考えていたが、適当な言葉が見つからなかった。

「ん?どうしたんだよ、なんかあったのか?」

きっと私の表情がいつもと違っていたのだろう。平助が心配そうに私の顔を覗き込む。突然顔が近づいてきたことに驚き、慌てて距離を取りながら、何もないよ、と笑顔を作る。

「ふーん・・・。あ、そうだ。今日れん、暇か?」
「うん、特にすることはないけど・・・」
「じゃあ、稽古見に来ねぇ?」
「へ・・・?稽古・・・?」

平助に誘われ、私は隊士さんたちが稽古をしている道場へとやってきた。平助が隊長を務める八番隊の人たちが汗を流している。みんな木刀を持って、張り上げるような声を出しながら相手に攻めていく。木刀と木刀がぶつかる音が何重にも重なって、道場内に響き渡っていた。私を道場の端っこへ座らせると、平助も木刀を持ち、稽古に参加し始めた。

「すごい気迫・・・!」

初めて見る稽古の様子に私は圧倒されっぱなしだった。命をかけて戦う人たちの稽古は、想像より遥かに凄まじいものだった。これが、新選組・・・。すごいところに来てしまったんだな、と改めて感じる。
小一時間ほど稽古をして、隊士さんたちは道場を後にした。同じく稽古を終えた平助が、汗をぬぐいながら私の元へと近づいてくる。

「どうだった?」
「すごいね・・・!剣の稽古って初めて見たけど、声も大きいし、剣さばきもすごいし・・・。すっごくかっこよかった!」

私の感想を聞いた平助は嬉しそうに笑っていた。

「あれだけ剣術の腕があったらいいよなー。敵が来ても戦えるし、何よりかっこいいし・・・」

隊士さんたちの剣さばきに感動した私が独り言をぶつぶつ呟ていると、平助がとんでもないことを口にした。

「お前もやってみる?」
「・・・えぇ!??」

平助の思い付きで、私は剣術を習うことになった。まずは竹刀から、ということで竹刀を手にしている。高校生の時に選択体育で剣道を選んだけど、週一の授業でたった1年しかしていないもんだから、もう記憶から完全に抜けている。持ち方や構え方を丁寧に指導してくれる平助のおかげで、形だけは様になった。素振りをしてみるが、腕の筋肉がなさすぎて、真っすぐ振ることさえままならない。練習あるのみ!と言われてしまったので、私は何度も素振りをした。

「こ、こんなに難しいとは・・・」

ぜーはーぜーはー言いながら、竹刀を置く。隊士さんたちは簡単そうに木刀を振っていたし、少しとはいえ経験があるのだからもう少し簡単にできるだろうと思っていた自分を呪いたい。30分ほどしか練習していないのに、私の腕は悲鳴を上げている。日頃の運動不足に加え、筋力が全くないことを思い知らされる。学生の頃と比べると、社会人になってからは全くと言っていいほど運動をしなくなったから、当然と言えば当然だ。

「大丈夫か?」

道場の床に大の字で寝ころんだ私を、平助が上から心配そうに眺めている。大丈夫、と答えながら言葉とは裏腹の身体に鞭を打ってゆっくり上体を起こす。勝手場から取ってきた水を平助から受け取り、喉に流し込んだ。カラカラに渇いていた喉が冷たい水で一気に潤う。

「・・・っはー!生き返る!!」

それを見た平助は、良かった、と少し笑った後、申し訳なさそうな表情で謝ってきた。

「何か、ごめんな。疲れさせちまって・・・」
「まぁ確かに疲れたけど、いい運動になったし、楽しかったよ。また暇なときに稽古つけて」

いつもとは違う沈んだ表情の平助に向き合って、そう伝えると、彼の表情は花が咲いたように明るくなる。

「ほ、本当か!?うん!また剣術教えてやるよ!」

やっぱり平助は笑顔が一番だ。彼の明るい表情と休憩で少し体力が回復した私は、気になっていた質問をする。

「それにしても、なんでいきなり稽古の見学に誘ったの?」

すると、平助が恥ずかしそうに目を逸らす。少し赤く染まった頬を掻きながら答えた。

「あー・・・いやさ、朝食の時からお前、元気ないなって思って・・・何か俺にできることねぇかなって考えたけど、何も思いつかなくてさ。今日は雨だから、どこか行くこともできねぇし。で、悩んでるところに俺の隊の隊士たちが稽古つけてくれって来たから、稽古に誘うのはどうかなって。まだ見たことないって前言ってたし」

朝食の時。それは、昨日の平助の様子が気になって、どうやって元気づけようかと悩んでいた時だ。私のその姿が、平助には元気がなさそうに見えていたのか。

「余計なお世話、だったか・・・?」

私が答えないでいると、不安そうな表情をして尋ねてきた。私を心配してくれたことが何だか嬉しくて、少し微笑みながら平助の顔を見る。

「ううん。私のために、ありがとう。稽古見させてくれて、おまけに稽古つけてくれて、嬉しかったよ」
「そっか。良かった!でも、何で元気なかったんだよ?」

言うべきか否か、少し悩んだが、私は昨日感じたことを正直に話した。

「平助はさ、伊東さんのこと・・・どう思っているの?」
「え・・・?」
「平助も感じてるでしょ?幹部のみんなが、伊東さんに対してどういう気持ちを抱いているのか。伊東さんは剣術もできるし、頭もいいし、新選組にとっては存在価値のある人だと思う。でも、伊東さんの考えとか態度とか、ちょっとどうなのって思うところもある。みんなはそれを愚痴として言えるところもあるけど、平助は・・・今苦しんでるんじゃないかなって・・・板挟みみたいなところがあるんじゃないかって思って、何か私にできることはないかなって悩んでた」

ちらっと平助を盗み見ると、困惑したような顔をしていた。図星、なのかな。少しばかり沈黙が続いた後、平助が言葉を発した。

「・・・俺もさ、伊東さんの全てを尊敬してるわけじゃない。でも、剣の腕とか賢さとか戦術とか、そういうところはすげーなって昔から思ってたんだ。だから、新選組に入ってくれたら、もっと新選組が強くなれるって思って誘ったんだ。・・・でも、あの人が来てから隊の、特に幹部の雰囲気は悪くなったし、良く思ってない奴もいることは知ってる。それは、俺があの人を連れてきたせいだって責任を感じてるのも事実だ。だからと言って、伊東さんを全否定することもできねぇんだ。嫌なところもあるけどさ、すごいところもあるんだよ、あの人は・・・」

眉間にしわを寄せ、辛い表情をしながら平助は話してくれた。彼は今まで、葛藤しながら生きてきたんだと。古い仲間と自分が尊敬している人との間の溝をどうすればいいのか、悩んでいたんだと。そのことが伝わってきて、私の心も痛くなった。
何と言葉を掛ければいいか分からず、黙って俯いていると。

「ありがとなれん、俺の心配してくれて。周りにこういう話できなくてさ、話せてすっきりしたよ」

そう言って少し笑うと、昼飯の準備でもするか、と立ち上がって道場を出ようとした。

「あっ・・・平助!」

私の声に平助が足を止める。彼の背中に向けて、私は言う。

「また悩んだら、相談して。一人で抱え込まないでね。それと、」

立ち上がって小走りで平助の元まで駆け寄り、彼の前に立つ。

「今日、稽古ありがと。また、しよう!ね!」

精一杯の笑顔でそう伝えた。
私に言えることなど、これくらいしかない。本当は今の平助にぴったりの言葉を見つけて、伝えて、元気づけたい。でも、どんな言葉が正解なのか分からない。だから、少しでも平助に元気になってもらえるように、と笑顔を見せた。

「・・・ははっ。それ、さっきも聞いたし!」

何回言うんだよ、と平助は笑った。何だか馬鹿にされたようで少し恥ずかしかったが、平助が笑顔になってくれるのであれば何でもいい。ありがとな、と頭をポンと触って平助は勝手場の方へと歩き出した。その行動にドキッとしたのは、平助には内緒にしとこう。
平助が不安な気持ちを抱えていることに変わりはないが、少しでも元気づけられたのであれば私の存在意義もあるだろう。私の心のモヤモヤも少し晴れた気がした。

その後、1週間に1回程度、平助が稽古をつけてくれ、私の剣の腕は少しずつ上達していった。



prev / next

[ back to main ]


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -