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  3.


新選組お預かりとして一緒に暮らすことになって数日。私は隊士の人と仲良く過ごす、わけでもなく、剣術の稽古をつけてもらう、わけでもなく。ただただ暇で退屈な毎日を送っていた。というのも、土方さんに言われたある言葉のせいである。“お前が記憶喪失なのは一応認めるが、それでもお前が間者だという疑いが晴れたわけじゃねえ。しばらくは大人しくしていてもらう。”
そういうことで、私は一人部屋でゴロゴロしていた。

「あ〜〜〜〜暇すぎる〜〜〜〜」

退屈しのぎに何か本でも読みたいところだが、なんせ字が読めない。もっと丁寧に書いてほしい。ご飯のときだけ広間に呼ばれて食べる。それ以外は、部屋から出るな。最初の頃の千鶴と同じだ。幹部の隊士の接し方も、当初の千鶴のように刺々しいものだった。しかし、みんなが悪い人ではないことを知っている私は、ずけずけとみんなの方に近寄って行った。名前の呼び方も現世で呼んでた通りに呼んでいる。敬語も使う人もいればそうでない人もいる。私の方が年上の隊士だっているし。そんな風に過ごしているうちに、数人とは打ち解け、徐々に会話も多くなっていった。
千鶴はというと、時々巡察に出てはお父さんの行方を捜しているようだった。でも、見つからないんだよね・・・だって、彼は・・・

「おーい。れん、いるか?」
「はいっ!」

突然障子の外から声がした。横たわっていた私はその声に驚き、勢いよく身体を起こした。

「ははっ!何びびってんだよー開けるぞー?」

障子を開けて入ってきたのは、平助だった。彼は、私がこの世界に来て、初めて出会った新選組隊士だ。助けてくれたことがきっかけで、彼は何かと私を気にかけてくれる。幹部の中では一番仲が良く、今のように部屋を訪れてくるときもある。

「いや、だって・・・暇だな〜ってゴロゴロしてたところに急に来るもんだから、驚くのも無理ないじゃん?」
「じゃあ暇で退屈なお前に、これやるよ」

そう言って平助が差し出してきたものは、あやとりだった。

「これって、あやとり?」
「ああ。記憶喪失でもあやとりは覚えてるんだな」

おっと。そうだ、私は記憶喪失。だけど、本当に記憶を失ったわけではないから、時々へまをしそうになる。

「これ、さっき近所の子供がくれたんだけどさ、俺あやとりなんてしねえし。お前にやろうと思って」
「え、いいの?じゃあ暇つぶしにあやとりやるよ。ありがとう」

あやとりなんてかなり久しぶりだ。小学生の頃にした気がするけど、きっとそれ以来だから、作れるものなんて箒くらいしかなかった。

「あー全然できないや・・・」
「何だよお前。箒しかできねえのか?そこは記憶ないのかよ?」
「いやーうーん。ないというか、何というか・・・」

ははは、と私が乾いた笑いを見せた後、平助がちょっと借りるぞ、と言って私の手からあやとりを取った。平助は見る見る間にいろんな技を完成させていく。

「すごい・・・平助って意外と手先が器用なんだね!」
「意外ってなんだよ、意外って!これくらい普通だっての」

一通り技を見せてくれた後、あやとりは私の元へ返ってきた。暇なんだし、それ練習しとけよと言って平助は私の部屋を後にした。それから私は、平助の手の動きを思い出しながらいろんな技に挑戦した。しかし、すんなりうまくいくはずもなく。悪戦苦闘しながらあやとりに夢中になった。気付けば、いつの間にか日が暮れ、夕食の時間になっていた。

「あ、平助。あやとり、いい暇つぶしになるよ!本当ありがとう」
「そっか。それなら良かった」

夕食のときに平助の隣に座った私は、先ほどくれたあやとりのことについてお礼を言った。するとそれを聞いていた左之さんが不思議そうに話に入ってくる。

「あやとり?れん、あやとりしてんのか?」
「うん、平助がくれたんだ。でも、箒しかできなくて・・・だからちょっと練習してるんだよね」

左之さんも交えて3人で話しながら食べていると、向かい側から冷たい視線が飛んできた。

「へぇ。間者かもしれない子とよくそんなに仲良くできるねえ」

沖田さんだ。この人は、警戒心の塊というか、全身が針でできているというか。なんとも棘のある言い方ばかりをしてくるから、少し苦手だ。本当は悪い人ではないことを知っていても、苦手だ。

「総司。こいつは記憶喪失で、」
「間者の可能性は低いって言いたいんでしょ?でも、僕たちを騙している可能性だってある。そんなに仲良くなって、返り討ちにあっても僕は知らないよ?」

ごちそうさまでした、と言って沖田さんは広間から出ていく。私はその後姿を呆然と見送ることしかできなかった。

「総司!・・・れん、総司はあんなこと言うけど、ほんとは悪い奴じゃないんだ」
「うん。そうだと思う」

そうは思っていても、自分を受け入れてもらえていないことに悲しさを感じずにはいられなかった。
ご飯を食べた後、いつものように自室に戻った。そしてあやとりをしながら、先ほどの広間でのことを思い出していた。沖田さんの考えは正しい。いきなり部外者が入ってきて、その人を信じろっていうのは難しい。新選組は幕府側の組織だ。対幕府派の人間が間者として紛れ込んで情報を握り、持ち出す可能性は十分に考えられる。だからこそ、彼らはより警戒を強めている。そんな中飛び込んできたのが、記憶喪失の女。怪しさしかない。平助や左之さんも、優しく接してはくれているが、おかしい行動を取ったらすぐに斬り捨てるという考えはもってるし、安全なわけではない。

「・・・はしご、完成」

平助に教えてもらった3段はしごがようやく完成したが、私の気分は落ち込むばかりだった。


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