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  2.


眩しい。そんな感じを覚えて、私は目覚めた。目に入ってきたのは見覚えのない天井。ここはどこか、働かない頭で考えていると。

「目が覚めました?」

隣に人がいた。優しい表情で私を見ている。どこかで見たことがあるような顔をしている。

「えっと・・・?」
「あ、えっと。ここは新選組の屯所で、昨晩あなたを浪士たちから助けた後、あなたが倒れてしまったからここに連れてきたんです」

新選組。浪士たち。昨日の出来事を思い出す。そうだ、男に追いかけられて、それを助けてもらって。
反応がない私を心配したのか、隣にいる人は私の顔を覗き込む。

「あの・・・大丈夫ですか?」
「あ、その、大丈夫です」
「そうですか、良かったです。あ、私は雪村千鶴と申します。お名前をお伺いしてもいいですか?」
「あ、はい。私は・・・」

名乗ろうとして、気付いた。雪村千鶴。新選組。そして昨日聞いた藤堂平助。どう考えても、これは。薄桜鬼の世界。俯いていた私は、思い切り顔を上げ、雪村千鶴と名乗った人物の顔を見る。その行動に驚いたのか、千鶴が、わっと声を上げる。
どう見ても、あの、雪村千鶴だ。一体どういうことなのだろうか。私は、今、薄桜鬼の世界にいる・・・?

「あの・・・?」
「あ!ごめんなさい。私は、白河れんと言います。助けてくださってありがとうございます」

頭を下げると、千鶴は少し焦りながら、私は何もしていませんから、と謙虚そうに笑った。

「あの、お腹空いてませんか?もし良かったらご飯召し上がってください」

その言葉に甘え、私は朝ごはんを持ってきてもらうことになった。
千鶴が部屋から出て行ったあと、少し部屋の中を調べた。押し入れや文机、引き出しなど。調べて分かったことは、ここは本当に江戸時代であるということだった。書くものは鉛筆ではなく墨と筆。本の中の字は読みづらい。しかし、一体どうやってこの世界に来てしまったのだろう。自分の記憶をたどっていく。昨日は確か・・・。
考え始めてすぐに、千鶴が戻ってきた。温かいご飯と一緒に。
食べ始めても、千鶴はずっと横にいた。もしかしたら、誰かにここにいて監視しろとでも言われているのかもしれない。あり得る話だな、なんて思っていたら千鶴が口を開いた。

「昨晩、どうしてあの場所にいたんですか?」
「えっと・・・」

千鶴の質問に答えようと、記憶を遡る。昨日は朝から仕事で、夜遅くまで残業をしていた。いつも以上に疲れたその日は、早く帰宅しようと近道をした。その道は電灯がなく、細い路地裏で、いつもなら絶対通らない。でも、昨日は早く帰りたい一心でその道を通ったのだ。スマホのライトを照らして早歩きで帰っていたら、石につまずいて転んでしまった。そのときにスマホを落としてしまい、暗い中で荷物とスマホを探していると、2人組の男に声をかけられたのだ。俺らと一緒に遊ばないか、って・・・。後ろに誰かがいた気配はしなかったのだが、その2人の怪しさに怖くなって、私は荷物もスマホもほったらかして無我夢中で走った。そのときの2人組は、あのとき斬られた2人組だった。つまり、石につまずいたときにこっちの世界に飛ばされたっていうことだろうか。そういえば、昨日追いかけられている時私はどんな格好だったっけ?今は着物を着ているが・・・。

「あの。私、昨日こちらに運ばれたとき、どんな格好でした?」
「え?えっと、淡い黄色の着物でしたけど・・・?」

着物?昨日はブラウスにスカートという洋服だったはず。分からない。どうして、この世界に来てしまったのか。時空の歪み、というやつか?本当に分からない。そう思っていたからか、その考えがそのまま言葉に出ていたようだ。

「え?分からないって・・・もしかして、記憶喪失、ですか?」
「え!?えぇっと・・・その・・・」

記憶喪失・・・そういうことにしといた方が都合がいいだろうか。未来から来たって言ったって信じてはもらえないだろうし。どうしてあの場所にいたかという理由も答えることはできないし。

「う、ん。まあそうなんでしょうかね・・・」
「本当に覚えてらっしゃらないのですね・・・。お住いの場所もですか?」
「ええと・・・。住んでたのは・・・」

東京。ここで言うなら江戸だけど。言わない方が賢明だろうか・・・。

「そうですね。思い出せないです・・・」
「そんな・・・何か、覚えていることはありますか?」
「いや・・・うーん。気付いたら2人組の男に追いかけられていて、新選組の方に助けてもらって、そして今っていう感じです」
「そうなんですね・・・」

事実、といえば事実だ。それを聞いた千鶴は心配そうな目で私を見ている。
私の手元にあるお皿の中は空っぽだった。それを持って千鶴は、ちょっと待っててくださいと言って部屋を出て行った。
・・・あれで良かったのだろうか。本当のことを話さなかったことに罪悪感を覚えながらも仕方なかったと自分に言い聞かせた。恐らく千鶴は、近藤さんや土方さんに私のことを話しているのだろう。倒れてしまったから仕方なく屯所で引き取っているが、目覚めたら家に帰すつもりだっただろうから。でも、私が記憶喪失だということを知った幹部の人は、私をどうするのだろう。どこかに追いやられるのだろうか。
いろいろ考えていると、千鶴が戻ってきた。

「あ、白河さん。局長の近藤さんがお呼びなので、一緒に来てもらってもいいですか?」

私は千鶴と一緒に広間へと向かった。広間にいたのは、近藤さんと土方さんだった。生の土方さんは鬼の副長という言葉がよく似合う表情をしていた。

「ありがとう。雪村君。もう下がってよいぞ」
「え」

千鶴は広間から出るように言われ、思わず本音が出てしまった。それに対して、土方さんがギロリと私の方を見た。

「何だ、そいつがいなきゃいけねぇ理由でもあんのか」
「いえ・・・」

恐ろしい。恐ろしすぎる。そのあまりの恐さに縮こまっていたら、近藤さんが優しく声をかけてくれた。

「すまないね。としは恐く感じるかもしれないが、悪気はないんだ。」
「おい、近藤さん。・・・まあいい。ちょっとお前に聞きたいことがあってな。・・・お前、昨日の晩、あんな場所で何をしていたんだ?」

蛇に睨まれた蛙とはまさにこの事。千鶴と同じ質問なのに、聞き方でこうも違う質問のように感じるのか。

「あの、それが覚えていなくて・・・気付いたら追いかけられていて・・・」
「とし。どうやら本当みたいだな」
「近藤さん、簡単に信じるな。何かを隠してる可能性だってあり得るだろうが。間者の可能性もある。・・・おいお前。先に言っとくけどな、隠し事なんかしても自分のためにならねぇぜ。女だろうが、俺たちの敵になるやつは斬る。・・・本当のことを話せ」

斬る。その言葉で、昨日の2人組を思い出す。目の前で一太刀で斬られた彼ら。だんだん血の気が引くのが分かる。それでも。

「あ、あの・・・私、嘘なんかついていません。本当にそこからしか記憶がなくて。自分の名前は分かるのですが、なぜあんなところにいたのか、全く分からなくて」

土方さんの目をまっすぐ見ながら答えた。少しばかりの沈黙。これ以上見続けるのは耐えられそうにない、というとき土方さんがはぁ、と溜息をついた。

「・・・嘘をついている感じはしねぇが。記憶喪失、ねぇ・・・」
「だから、言ったじゃないか。それで、これから彼女をどうするんだ?」
「どうにもこうにも・・・うちは男所帯だ。置いておけるわけねえだろ。・・・かと言って放り出すのもなぁ。こっちが助けて、家の分からねぇやつを出て行けってのはあまりに勝手すぎんだろ」

どうやら、近藤さんには、私が記憶喪失であるということを納得してもらえたようで、2人は今後のことを話し合っている。話を聞いている限りでは、ほっぽり出されることはなさそうだ。それならば。

「あの!私をここに置いてもらうことはできませんか?何でもしますから!お願いします!」

私は額を床につけるようにして、懇願した。それを見た近藤さんは、慌てた様子で頭を上げてくれ、と言った。土方さんは、黙ったままでどんな気持ちなのか分からない。

「悪いが、うちに女を置くことはできない。隊士たちの士気にも関わる」
「男装します!」
「男装って・・・お前。あのなぁそんなことが許されるとでも思ってんのか?」
「千鶴だって、してるじゃないですか!」

あ、と思ったときには遅かった。近藤さんも土方さんも眉間にしわを寄せている。

「・・・なぜ、それを知っている?」
「・・・見れば分かります。同じ女ですから」

私は土方さんから目をそらさなかった。そらせば、嘘だと分かってしまうから。土方さんの表情は相変わらず怪訝そうなものだったが、そうかと小さく呟いた。それから、私に部屋に帰るように言った。私のことは2人で決めるようだ。広間を出ていくときに、私はもう一度2人にお願いした。

「あの、家に帰れるまでの間でいいんです。なるべく早く帰れるように努力しますので、どうかそれまで私をここに置いてください。お願いします」

その言葉を残して、私は部屋に戻った。そこには千鶴がいた。

「おかえりなさい。大丈夫でした?」
「あーうん・・・今後のことはこれから決まるみたいで・・・」

そのあと、私たちは他愛もない世間話をした。千鶴はきっと自分のことや新選組の内情については話すなと言われているんだろう。そんな内容は一切せず、ずっと話し続けた。
日が傾いてきたころ、千鶴がお茶を入れてくると席を立った。その間、私は自分の今後について考えていた。土方さんたちがどういう決断を下すのかは分からないけれど、この世界に来た以上、やっぱり私はここにいたい。彼らと一緒に過ごしてみたいし、彼らの未来を明るくしたい。でも、剣術ができるわけでも、特別頭が良いわけでもない私がここにいたって迷惑をかけるだけかもしれない。でも・・・そんな問答を繰り返していると、土方さんの声がした。

「話がある。ついて来い」

言われるまま着いた先は、先ほどと同じ広間だった。近藤さんが座っている。話とは、私の今後だろう。

「君のことについて考えたのだが・・・君には、記憶を取り戻すまでの間、ここで過ごしてもらう」
「ほっ本当ですか!?」
「ああ。だが、少しでもおかしい行動をしてみろ。そのときは斬る。覚えておけ」
「はい!」
「そして、君には悪いが、ここでは男装して過ごしてもらうことになる。君みたいなきれいな女性を男装させるのは忍びないが・・・やっぱりとし、だめか?」
「近藤さん。さっきも言ったが、ここは新選組屯所だ。女がいれば隊士の士気に関わる。それに、こいつだって男装するって言ってたじゃねぇか」
「そうなんだがな・・・すまないな、そういうことだ。分かってくれ」
「はい、大丈夫です」

こうして、私は新選組の屯所で男として過ごすことになった。


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