「ノボリ君」
「先生」
後ろから現れた先生。
先生からわたくしに声を掛けてくださったのは初めてではありませんでしたがとても心躍ります。
「少し聞きたいことがあるんだけど…」
「何でしょうか」
「学園祭のことなんだけど」
文化祭。そのワードだけで少しだけ気分が落ち込むのを感じた。文化祭まであと3日しかないのにわたくしのクラスは未だに出し物が決まっていないのです。生徒会からも早く書類提出の催促をされているのに。
「ノボリ君のクラス、まだ出し物決まってないって担任の先生が嘆いてたから少しでも力になれればと思ったんだけど今時間大丈夫?」
「勿論です」
例え今時間が無かったとしても先生と一緒にいる為ならいくらでも時間をつくります。
「それなら良かった。場所は社会科準備室でいい?」
「はい」
放課後の廊下は夕焼けが差し込み橙色に染まっています。それはどこか紅葉した落ち葉が地面に敷き詰められている光景に似ていました。いつかそんな絨毯の上を先生と手を繋いで歩けたら。
「着いたよ」
ある教室の扉を開ける。扉の上にあるプレートには“社会科準備室”と書かれていた。
「適当に座っちゃって」
手前にあったパイプ椅子に腰を掛けて先生の後姿を眺める。準備室というには綺麗に整頓されていたが、授業で使ったであろう資料はまだ備え付けの机の上に乱雑に置かれていた。先生はわたくしに背を向けて何かしていました。
「どうぞ。勝手に淹れちゃったけどコーヒー苦手だったりする?」
「いえ、そのようなことはありません」
「良かった。砂糖もあるからね」
机の上に散乱していた資料を端に追いやり空いたスペースに角砂糖の入ったビンを置いた。
「本当は職員室で話しても良かったんだけど、生徒に飲み物あげちゃいけないから準備室に連れてきたの。汚くてごめんね」
折角先生が用意してくれたのだからと角砂糖を一つコーヒーの中に落とす。ポチャン。小さなクラウンを作って黒の中に姿を消した角砂糖。先生が手渡してくれたスプーンでぐるぐると掻き混ぜてから口をつけた。
「他の子達には内緒ね」
悪戯っぽく笑う先生の笑顔はまだ幼さが残るものでした。
「本題なんだけどね」
先生もコーヒーを一口飲み、言った。
「プラネタリウムなんてどうかな」
「プラネタリウム、ですか」
「うん。あれなら結構簡単だし、アララギ先生が機械持ってたはずだから借りてきて台本書いて読むだけだし」
それなら確かに簡単そうで3日のうちになんとかなりそうです。
「とてもいい案ですね、参考にさせて頂きます」
「力になれたのなら良かった」
微笑む先生を前にして緊張するのを誤魔化す様にわたくしは少し冷めたコーヒーを喉に流し込んだ。
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