春、先生はわたくし達が在籍する学校に赴任してきました。
緊張しながら全校生徒の前で挨拶をしてから季節は変わっていきもう秋です。
「先生」
「授業でわからないところでもあった?」
「ここがよくわからなかったのでもう一度説明して下さいまし」
「ここはね」
本当はわからなかったなんて嘘で御座います。
先生の授業は大変わかりやすくわからなかったことなど一度だってありません。それに毎回あてられてもしっかり答えられるように予習も怠ってはいないのです。
少しでも先生と一緒にいたいだけなのです。
この気持ちはわたくしの片割れであるクダリにも言えない、私だけの秘密なのです。
ちらりと丁寧に説明して下さっている先生の横顔を盗み見る。
長い睫毛に囲われている瞳、さらりと流れる髪。文字を差す細い指先。とても綺麗な爪の形です。クラスの女の子とは申し訳在りませんが比べ物にならないそれら。
「ノボリ君、聞いてる?」
「あ、はい」
「それならいいんだけれど、少しぼーっとしているようだったから」
そんなにわたくし思いに耽っていましたか。
「この次の授業ノボリ君のクラスの授業だから、もし具合が悪いようだったらこのまま直接保健室に行っていていいからね」
「いえ、大丈夫です」
わたくしは先生と一緒にクラスに戻りたいのです。
「そろそろ授業の時間ね」
机の上にあった教材を手に取り立ち上がる先生の腕の中からいくらか奪い取る。
きょとんとした表情を見せていた先生。こんな表情初めて見ます。こんな子どもっぽい表情は授業中に見たことは無かったのです。
「お持ちします」
わたくしの言葉で我に返ったようで先生はありがとう、と告げて自分の教科書を掴んで職員室を出てい行こうとしたのでわたくしは慌ててその後ろ姿を追いかけました。
「授業始めるわよー」
休み時間を満喫していた生徒達の声の中先生の声に、集まっていた人達や読書を楽しんでいた人、それぞれが授業の準備をし始める。
「ノボリ君、持ってきてくれて有り難う。ここに置いてもらえる?」
先生が指示したのは教卓の上。
ばさりと教材を置く。
まだ先生と話したりそばにいたい。けれど授業なのだ、仕方ない。
先生の授業は好きですが、わたくしは沢山いる生徒の中の一人なのだと言うことが明確に表れる授業は嫌いです。
それからわたくしもクラスの皆と同じように自席に着いて机の中から教科書を取りだす。
仕方ないことなのです。
あなたさまがわたくしを特別な意味合いで見て下さらないことも、それでもわたくしがあなたさまを愛してしまうことも。
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