short | ナノ
 

ヒワダタウンでヤドンの尻尾を取って来いという命を受けてから数日が経ったことの出来事。


「ランス」


湿気が多いヤドンの井戸でシャキン、シャキンと音を立てて尻尾を切り落としていると、声を掛けられた。部下が私のことを呼び捨てにするわけもないし、他の幹部達はそれぞれの仕事があるだろう。誰が自分を呼んだのだろうかとヤドンの尻尾から視線を上げる。


「何故貴方がこんなところに…」


この場所には不釣合いであるふんわりとやわらかそうな生地でできた白いロングスカートが浮いて見える。それはその女のトレードマークのようなものだった。そのスカートに似合うような優しい笑み。
でもその目が笑っていないことを解散する前からロケット団に所属していた者はよく知っていた。
3年前、サカキ様が解散をと提言してからというもの坊ちゃんは姿を消した。そして坊ちゃんの世話役だったこの女も。


「シルバー坊ちゃんがもうじきこの町に着そうなの。さっさと仕事を終えて帰ってちょうだい」


こちらの質問には一切答えない。しかし、坊ちゃんの行動を知っているということはあの日、坊ちゃんを追って姿を消したということ。団内では坊ちゃんのお守りから解放されて我先にと出て行ったのではないのかと囁かれていた。が、幹部達にはどうもそうは思えなかった。
冷たい口調とは裏腹に依然として笑顔を崩すことはない女。


「久しぶりの再会なのに随分と冷たいことを言うんですね」

「優しい言葉でも掛けてほしかったの?」


あの頃と寸分違わず鋭い眼光に、ぞくりと背中が粟立つ。この女こそ冷酷という言葉が似合うのではないのか。


「まあそんなことどうでもいいわ、早く散って。シルバー坊ちゃんは貴方達がまた活動を開始したのを知らないの」


わかったわね、とこちらの返答も聞かずに念を押すようにそう言って、私に背を向け歩き始める。何も言えずにふわりとスカートを揺らしながら遠ざかる背中を見ていると、途中で歩みをぴたりと止め、こちらに振り返ることなく言った。


「シルバー坊ちゃんはロケット団という組織を嫌っているわ。……むしろ憎んでいるようにも思える」


ぽたりぽたりと天井から雫が滴り落ちる音が辺りに響く。


「私はもうシルバー坊ちゃんにあんな顔してほしくないの」

「それは、どういうことですか」

「ランス、利口な貴方なら分かるでしょう?」


もう言うことはないというようにまた足を動かし始めた女の背中を、私は今度こそ見送った。



Foster mother



その数時間後、坊ちゃんと同じくらいの子どもに乗り込まれ、負けることになるとはこのときの私は夢にも思っていなかった。