やっとのことで家路に着き、鍵を開けて中へ入る。靴を脱いでリビングの灯りを点けるとそこにはクダリがこちらに背を向けた形でソファーに座っていた。 まさかいるとは思っていなかったので姿を見つけた瞬間、驚きで肩が跳ねた。 「来たんなら灯り点ければよかったのに」 自分の部屋のドアを開けて持っていた鞄を放る。クダリはこちらを一度も見なかったし何も言わなかった。不思議に思いながら洗面所に行って手を洗おうとした。 「ひいっ」 備え付けの鏡には無数の罅。 な、なんで…?今朝は問題なく私を映していたのに。 今の鏡に映っている私の顔はバラバラ。歪。 そうだ、私より早くに着ていたクダリなら何か知ってるかもしれない。 洗面所からバタバタとリビングに駆け込めば先程と寸分違わず、こちらに背を向けたままソファーに座っていた。 「クダリ!洗面所のかが、み…が…」 クダリの対面に回って話し掛けようとしたら言葉を失った。ソファーには我が家の包丁が突き刺さっていたからだ。 先程から様子がおかしいクダリ。その隣には包丁。 この状況は異常だ。 そう思った私は慌てて立ち上がり逃亡を計ろうとしたが、強い力で手首を掴まれ阻止される。 「あの男、誰」 「何のこと?」 「惚けても駄目だよ」 「本当に誰のこと言ってるのかわからないんだけど」 「ふうん、庇うんだ」 「庇ってなんかない!」 「昨日男の人といたでしょ」 ずぼっと横にあった包丁を手に取るクダリ。刃を蛍光灯に翳して眺める。きれいに研がれた切っ先がきらりと煌めいた。 「それは会社の同僚で飲み会行った帰りで、」 「言い訳しないで」 空を切り裂くようにして包丁を私の頬に触れるか触れないかのギリギリの所で止めた。 あと少しで私の頬は血まみれだったんだ。 私が余りの恐怖に言葉が出ずにいると勝手に話し始める。 「ぼく見ちゃったんだ。君が楽しそうにしてるところ」 包丁を倒して側面の部分でぺちぺちと頬を叩く。ひんやりとしたそれは確かに金属の冷たさだった。 「君がそんなに可愛いからいけないんだよ」 「そ、そんな…」 「鏡、見たでしょ?」 あの鏡をやったのは、クダリ。 「君の顔もあんな風になったら誰も構わなくなるかな」 そして刃先を私の頬に置いてスライドさせた。痛みが走り、患部は直ぐに熱を帯びる。 「そうしたらぼくは君を独り占めできる?」 そして怯える私を後目に、クダリは包丁を振りかぶり私の顔目掛けて勢いよく振り下ろした。 ← |