柏木さんのところの忠犬くん
「ただいま帰りました」


数回ノックがあり、入室を許可すると扉から顔を覗かせたのはナマエだった。
綺麗な顔をしているが、ナマエは風間組の一員でなかなか腕の立つ構成員である。


「今日は確か真島の接待だったか」

「はい。直々の御指名だったもので」

「お前は真島に気に入られているからな。今日も勧誘されたのか」


真島という単語を聞いて明らかにげんなりして見せるナマエに俺も苦笑いがもれる。
ナマエのことをいたく気に入っている真島は、よくナマエを連れ出しては一緒に飯を食いに行ったり、バッティングセンターに連れて行ったりしているらしい。それを真島がわざわざうちの事務所に来てまで自慢話をするくらいだ。それにしても何故俺に言うんだ。誇らしげに。
まあ、真島は相当ナマエのことが気に入っているようで、自分の組に来ないかと勧誘しているということはもう俺自身の耳に入っているし、ナマエ本人からも聞いている。


「ええ、……でも俺は柏木さんの下にしかつきませんから」


だが、俺が真島に誘われていることを訊ねる度に、照れくさそうにはにかみ、頬を掻いてはこう言うのだ。


「冗談でもそう言ってもらえると嬉しいな」

「冗談じゃないですから」


――俺は柏木さんだけでいいんです。
真剣な顔でそんなことを言うもんだから、年甲斐も無く照れてしまう。
顔がいいもんだから、相手が男だと分かっていても一瞬どきっとしちまうなんて、口が裂けても言えねぇ。
生まれつき色素が薄いらしく、肌も白く、目も赤みが強い薄茶色。髪は蜂蜜みたいな色をしている。極道なんかじゃなくホストにでもなっていればあっという間にNo.1になれたことだろう。ああ、確か昔、桐生も同じようなことを言っていた気がするな。


「俺なんかじゃなくて、そういう言葉はどっかの女に吐いてやれ」


この動揺が悟られなければいいと窓の外へと目をやった。当たり前だが、外はいつもと変わらぬ神室町の景色ばかりが広がっていて大して気も紛れない。しかし今どんな顔をしてナマエに接すればいいのかわからない。
大の大人の男が二回りも下の男に振り回されているだなんて……俺も真島も情けないな。


「俺、柏木さんのこと、こんなにも好きなのに…全然伝わってませんよね」


一人ごちるように呟くナマエに俺はもう苦笑いしか出てこなかった。


「伝わってるさ。俺はこんなに部下に好かれて幸せだ」


柏木さんのところの忠犬くん

全然伝わってませんよね、柏木さん。


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