おかえりなさいはいらない
ドラムはバスドラの低いリズムが好き。
ベースはあの重低音が腹にきてイイ。
ギターはパワーコードを押さえてのブリッジ・ミュートの8ビートがかっこいい。


今夜も夜通しライブでドラム、ベース、ギターを狂ったように弾き、そしてボーカルとしても声を枯らすまで歌い続けた俺。
アンコールに何度も応えていれば空が白んでくる時間に。その頃になりやっとオヒラキになった。
荷物を持って疲れた身体め地下のライブハウスから這い出すようにして出れば、出待ちをしていたファンの子たちの対応に追われる。
有り難いファンの差し入れを腕一杯に抱えて家路についたのは7時。スラム街にある寝床に帰ってこられたのは8時過ぎだった。

ドアを押して開ければダンテがアホ面で椅子にふんぞり返って寝ていて、その顔を見て、今日も帰ってきたんだなと安心した。机に差し入れを、壁にベースを立て掛けて、ダンテの頬に右手を這わせると小さく唸り睫毛をふるわせてから瞼を持ち上げた。
眠そうにゆっくりとした動きで海を連想させるブルーアイが俺に向けられる。


「悪い、起こしたか?」

「ナマエか…?」

「ああ」


大きな欠伸をして、生理的に滲んだ涙を手で拭っているダンテの頭を髪を掻き乱すように撫でてやると、子供扱いするなと言わんばかりにむっとしてこちらを見てきた。
俺が頭を撫でるとダンテは必ずと言っていいほど「そんな歳じゃない」「子供扱いするな」と言って臍を曲げる。
そう言われてもダンテの方が実際年下なのだし、見ていて可愛がりたくなるのだから少しくらいいいじゃないかと反論したことがあったが更に機嫌を損ねる結果になった。
そんな反応をするところが子供っぽいんだぞ、なんて口が割けても言えないけど。
今でも止めてやらない俺も俺なんだけどね。


「もしかして待ってくれてた?」

「……何が」

「ダンテが、俺の帰りを」

「さあ?」


ふと思ったことを疑問を口に出して訊ねてみればシラを切る。


「そうか」


ダンテの答に笑いが漏れた。
自分の部屋があるんだからそっちで寝ればいいのにわざわざこんなところで寝てるなんて、俺を待っていたって言ってるのも同然なのに。きっと待ってる間に寝ちゃったんだろう。
ライブがあるから帰りが遅くなるって言っておいた筈なんだけどな。


「何笑ってんだよ」

「気にすんな。まだ眠そうだし、もう少し寝てれば?俺も眠いし」


「差し入れも貰ってきたから後で一緒に食べような」とダンテ腕を引いてお互いの寝室がある2階への階段を昇っていけば、またダンテの欠伸混じりの「yes」が聞こえてきた。



ステージ上でスポットライトに照らされて大好きな音楽をできることは最高に気持ちいい。
どんなときだったとしても来てくれるファンの存在に救われる。
俺の奏でる音が好きと言ってもらえると嬉しい。

そうした感情を背負って帰ってきたときにダンテの顔が見られるということが、今はなによりも、幸せに思えた。

おかえりはいらない



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