げきりん | ナノ



いつもなら各自帰路につくこの時間。しかし、今日はバトルサブウェイで働く皆で公園に来ていた。
 
春といえばと言うと桜を連想するくらいの名物である薄桃色。その花弁が夜空に舞い、非常に神秘的な光景を見上げて感嘆の声を漏らす同僚達。
普段は地下を活動拠点とする彼らが花見をするのは必然的に夜になってしまう。昼の桜も勿論綺麗だが、夜の桜も昼には無い魅力がある。夜桜の方が好きという人がいるほどだ。
 
夜桜は疲れた人びとの体と心を癒す。


しかし、例外も存在する。



「明日からまた仕事か」


酒が注がれたコップを片手に憂う灰のサブウェイマスター、ナマエ。とは言っても酒は少量しかコップには入っていない。


「このような場なのですから楽しんで下さいまし」


あそこのクダリのように、と付け加える黒のサブウェイマスター、ノボリ。ナマエがノボリの視線を追えばその先には白のサブウェイマスター、クダリが部下達と盛り上がっているのが見えた。どうやらクダリも周りも酔っているようで、げらげらと大笑いしている。中には笑いすぎて呼吸困難になりかけているのかひいひいと 言う声が時折聞こえる。


「私も酔えば楽しくなるんですけど」


陰鬱な眼差しを隣に座るノボリに向けるナマエ。しかしノボリは気付かないのか一切気にしていないのか涼しい顔をして言い放つ。


「ナマエは決して酔わないで下さいまし」


ナマエが酔えない理由はここにあった。比較的酔い易いナマエにノボリは飲みすぎるなと言われ、見張られているのでいい気持ちで酔うことは許されない。ナマエがノボリに理由を聞いても彼は答えなかった。理由もわからずに酒を呷ること禁じられる方は気分が悪い。故に機嫌が斜めになり下降気味になるのは仕方な い事だろう。
 
それでもノボリにはナマエが酔うのを止めることを使命とした。それはナマエが甘えたがりの抱きつき魔に変わるからだ。酒癖が悪い。ついでに言うと心臓にも悪い。そんな無防備な幼馴染の姿を晒す訳にはいかない。
何しろこの職場、男が多い。今日この場に来ているのも殆ど男。しかも酔っ払い。その中にナマエを放り込んだらどうなるか。あっという間に誰かしらと男女の一夜の過ちを犯すだろう。


「ノボリのけち」
 
「けちで結構でございます」


ナマエの貞操はわたくしが守らねば、そう一人固く誓ったノボリの気持ちなど知らないナマエはクダリ達を羨ましそうに見つめた。その様子を見たノボリも申し訳なさを感じる。


「ノボリー、ナマエー」


視線に気付いたのかクダリがくるりとこちらに振り向き駆け寄ってきた。
二人の前に腰を落ち着かせたクダリからはアルコールの匂いが香ってくる。相当向こうで呑んだらしい。


「あれ、もしかしてノボリもナマエもあんまりのんでない?せっかくなんだからのまなくちゃダメだよー」


いつも以上に笑いながら喋るが、呂律が怪しい。まるで幼稚園に通い始めた子供のようだ。いや、今時の子供の方がはきはきと話すかもしれない。
頬を紅潮させて目をとろんとさせているクダリがビール瓶片手に詰め寄った。


「ほらほら、のみなよお」

「わたくし達の事はお気になさらず、向こうで楽しんできたらどうです?」


こうノボリが返した瞬間、クダリの目の色が変わり据わった。本能的にしまったと思いノボリは眉間に皺を刻み、ナマエは口元が引きつる。


「なにそれ、ノボリはぼくがいない方が良いって言うの?」


やや低めの声色でクダリが凄む。クダリも酒癖が悪い。ナマエと同様に絡み酒をするタイプの人間だ。しかしナマエと違う点は怒り出すことがあるということ。


「ノボリもそういうわけで言ったんじゃないと思うよ、クダリ」

「そうです。わたくしそのような事は思っておりません」


すかさずナマエがフォローを入れ、それに乗っかるノボリ。流石に幼馴染。息がぴったり合った連携プレーである。


「ふーん」


クダリは怪しげに目を細めた。まるで餌を目の前にした捕食者のように。
それからクダリはビール瓶を傾け呷る。
その様子にクダリの機嫌が戻ったと思ったナマエは肩の力を抜き、一方のノボリは訝しんだ。こんな簡単にクダリが機嫌を直すわけがない、と。

刹那、ノボリの予想は的中する。

酒を呷ったクダリは素早い動きでナマエの唇を奪ったのだ。

突然の出来事に二人はただただ唖然とすることしかできなかった。


「んんっ」


それからナマエは驚きで目を見開く。なんとクダリから酒を口移しで飲まされたのだ。咄嗟に飲んだナマエだったが、飲みきれなかった液体が口の端からたらりと垂れる。

やっと離れる唇と唇。


「はぁ、っは…」


ナマエの乱れる呼吸音が響く。


「これで許してあげる」


にやりと嫌な笑い顔を作ったクダリにノボリはやっと我に返り、きつく睨め付けた。