げきりん | ナノ



「それであなた様方は何をどうしたらああなるのでしょうか」


人払いを済ませた駅員室ですっかりお説教モードなノボリの前に3人座らされる。


「ナマエは自分がサブウェイマスターで、ここのボスだということを理解しておられますか?クダリもです、見ているだけでなく止めて下さいまし」

「「…ごめんなさい」」


ノボリに怒られるなんて久しぶりで何だか嬉しくなる。え、エムじゃないからね!ただ純粋に昔に戻ったみたいで嬉しいってだけだから、そうに決まってる。…そうに、決まってる。


「ナマエ、聞いてらっしゃいますか」

「え、あっ、はい」


思考の海に沈めていた意識をノボリによって浮上させられる。
慌てて私が返事をするとノボリは呆れたように溜め息を吐いた。


「聞いてらっしゃらなかったのですね」

「………はい」

「…まったく、あなたという人は」


隣に座るクダリは早くもお説教に飽きたのか手袋で遊んでいる。それに気付いたノボリは次のターゲットをクダリに定めたらしかった。


「第一何故クダリはナマエを止めなかったのですか」

「面白かったから」

「男女の取っ組み合いなんて面白くありません」

「一方的にナマエが僕に掴みかかってただけだけどね」

「ダイゴは黙って」


殺気を籠めて睨めつけてやったけど、大したダメージはないらしく無駄に爽やかな笑みを向けてきた。うざい。


「そして、あなた様は一体」

「ああ、自己紹介が遅れてしまったね。僕はツワブキダイゴ。元ホウエンリーグのチャンピオンで今はデボンコーポレーションで働いているよ、宜しく」

「宜しくしなくていいから」


すばっと切り捨ててやったのにへらへらしながら「照れなくてもいいんだよ」って言ってくるこの馬鹿をどうしてくれようか。
苛々してるのがノボリに伝わったのか視線で窘められる。


「本日は何故、ダイゴ様がこのような場所に?」

「今日でホウエン地方に帰らなくちゃいけないから最後にナマエが働いてる姿を見て帰ろうかなと思ったんだ」


それからダイゴは私に、楽しそうで安心したよと言った。けれどその顔はとても安心したような表情ではなく、どこか寂しそうで何故か胸が痛んだ。


「ダイゴ、」

「そろそろ飛行機の時間があるから僕はもう行くよ。ノボリさんクダリさん、ナマエを宜しくお願いします」


ダイゴは深々と2人に頭を下げると部屋を出て行った。クダリはその一連の動作を面白くなさそうに眺めていてノボリはダイゴが部屋から出て行った後私に何か聞きたそうにしていたが、私は何も気付かないふりをしていつもの調子でノボリにもう一度謝り部屋を出た。否、逃げた。




そのまま更衣室に駆け込みロッカーを背にずるずると床に座り込んだ。


普段うざかったりニート生活だったりするくせに、時々ああいうふうなまともな事を言うと格好良く見えてしまうのはなんでだろう。……ギャップか。これが巷で噂のギャップというやつなのか。
それにしても「ナマエを宜しくお願いします」って誰だよ、私の何なんだよお前は!お父さんか、私のお父さん気取りなのかあいつ!


なんて考えてみるけどこれは所詮、逃避だ。
昨日の夜といい今日といい、私が旅をしていたのを付け回していたダイゴとはまるで別人みたいで戸惑う私の現状逃避でしかない。どれだけ固く目を瞑っても開けば現状が広がるばかりなのだからいくら逃避してもしょうがない。


「あーもう、らしくないことしないでよ馬鹿ダイゴ」


床に手を突くと掌にひんやりとした冷たさが伝わった。


とりあえず家に帰ったらダイゴに電話でもしようかな。ネックレスのお礼も言ってないしね。