げきりん | ナノ



今朝からナマエは機嫌が良かった。
出勤してくるなり周りに笑顔を振り撒いた。それから時々首から下げたネックレスをYシャツの中から取り出しては握ったり指先で転がしたりしてた。
昨日まであんなのしてなかったし、持って無かったのに。
気に食わない。
そういえば昨日は久しぶりに友人に会うって言ってた気がする。その話しをぼくにした時は嫌そうな顔してたんだけど何があったんだろう。


「すみません」

「何ですか?」


初めて見るお客さんみたいだったから声を掛けられたから一応敬語で話してみる。


「ナマエの職場ってここですよね」


綺麗な浅葱色の髪をした青年が放った一言は爆弾投下っていう言葉がぴったりだった。それくらい大きな衝撃をぼくは受けたのだ。
どういうこと?友達だとしても職場に来るなんてことしないよね?


「君とナマエって、どういう関係?」


ぼくの口からやっと出た言葉がこれだった。かなりストレートに聞いたと自分でも思う。


「恋人同士って言ったらどうする?」


挑戦的な笑みを浮かべる目の前の青年に腹を立てる。
何、こいつ。むかつく。


「ダイゴ!」


ぼくが苛々していると何かの名前を呼びながらこっちに走ってきた。ってことは、ダイゴってこいつの名前か。
ナマエから目の前の男に視線を戻すと勝ち誇ったような表情でぼくを見てた。ぎりっと奥歯を噛み締める。

お客さんだろうと関係ない。ぼくこの人嫌い、殴りたい。


「なんでダイゴがこんなところにいんのよ」

「折角だからナマエの職場見てから帰ろうかなって」

「…馬鹿じゃん」


え、なにこの甘い雰囲気…
ナマエなんで目逸らしてんの、ほっぺたピンク色にしてんの?う、うそだ、ぼくそんなの認めない!


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいんだよ、ナマエは可愛いな」


ははっと笑っているダイゴという名前だと思われる男。でも次の瞬間吹っ飛んだ。
………うん、吹っ飛んだ。
何が起こったのかわかんなくってぽかんとするぼくを尻目に、ナマエは拳を片手に仁王立ちしてた。


「恥ずかしがってないから」


こ、恐い…。
こんなナマエ初めて見たかもしれない。


「今日もナマエの愛は痛いなあ」

「これが愛だったら私の彼氏になった人は毎日ボロボロだよ」


確かにそうだよね。ぼくナマエのこと大好きだけど、さすがに毎日吹っ飛ばされるのは嫌だな。
…ん?彼氏になった人は?それって。


「ねえナマエ」

「なに」

「この人と、付き合ってないの?」


ナマエはそのまま氷づけになったみたいに、かちんこちんに固まった。

人に氷治しって使えるのかな?

ぼくが考えている間にナマエは氷状態が治ったみたいで、靴のヒールを鳴らしながら吹っ飛んだダイゴさんのところに歩み寄り、胸倉を掴んでガクガクと揺さぶりながら叫んだ。


「なにクダリに法螺吹いてんの石オタク!ミクリさん呼んで説教してもらおうか、シロナさんでもいいんだからね!それともツワブキさんに来てもらう?」


凄い形相で揺さぶるナマエはいつもの表情とは似ても似つかない危機迫るものがあった。
気さくなサブウェイマスターのナマエが男の胸倉を掴んで揺さぶるという非日常的な光景はとっても目立ってて、みんなこっちを見てた。でも恐いからかみんな遠巻きに。

本当はぼくが止めるべきなんだと思う。
でもこの人がナマエの彼氏じゃないって事が分かった安堵感で胸いっぱいで、ただ目の前の光景を笑って見ていることしか出来なかった。


「何をしているのですか、ナマエ!」


そして怒号が飛んだ。ノボリだ。
半ば走るようにしてこっちに来るノボリに全員の視線が向けられる。
それはナマエも例外じゃなくて、胸倉を掴みながら停止。


「の、ノボリ」

「話は後でお聞きします。クダリもですよ」

「はーい」

「貴男様も来て下さると助かります。皆様大変お騒がせ致しまして申し訳ございません」


まくし立てるように早口で喋って周りの人達に頭を下げてから、ぼく達はノボリに連行された。