げきりん | ナノ



「お待たせ」

「本当に“お待たせ”よ」


インターホンが鳴ったので外に出て、扉の前に立っている相手をぎろりと睨み付けてやる。すると私に待ち惚けを喰らわせた男、ダイゴは平謝りしてきた。むかつく。


「デスクワーク急いで終わらせたのに!こんなことならいつも通りでもよかった」


ダイゴが仕事でイッシュに来るから夕飯を一緒に食べようって言うからさっさと終わらせたのに、2時間も遅れて迎えにきたのだこの馬鹿は。


「悪かったって。こんなに長引くとは思わなかったんだよ」

「なら電話の一つでも寄越してよ」

「ごめん。だからそんなに怒らないで」


眉を下げて困ったように笑うダイゴを見て何ともいえない気持ちになる。罪悪感とかイケメンムカつくとか。
でも罪悪感が色んな気持ちよりも勝ったようで。


「これからは気を付けてよね」


そう告げれば花が咲いたような笑顔を私に向けた。


「ありがとう」

「次はサザンドラの竜の波動だから」

「それは恐い」


肩を竦めるダイゴに背を向けて、家の鍵を閉める。口から出る息は真っ白で闇夜によく映えたがすぐに霧散して暗闇に溶ける。


「じゃあ行こうか」


エアームドをボールから出して手を差し伸べるダイゴに甘えて手を重ねる。
私の手持ちに空を飛ぶを使えるポケモンがいることは知りながら手を差し出すダイゴ。いつもならば振り払うだろうけど、今ではなかなか会えない人。たまには優しくするのも悪くないかもしれない。

ダイゴが私を後ろから抱き締めるようにしてエアームドに跨る。
私はエアームドのひんやりと冷たい鋼の翼を撫でて「よろしくね」と声を掛けると一鳴きしてバサバサと羽ばたいてやる気を見せてくれた。


「じゃあエアームド頼んだよ」


するとエアームドは浮上してカナワタウンは小さくなっていった。
風は私の体温をあっという間に攫っていったけれど、背中越しに伝わるダイゴの体温が心地良い。

今はこの温もりに身を委ねていたい。

少しダイゴに体重を預けるようにして寄りかかると、片手を私の腰に回して引き寄せたことにより一層距離が縮まり、二人の間隔は0になる。


「ナマエ」


耳元で聞こえるダイゴの声に酔う。


「なに?」「……ちょっと太った?」


その時私はぷつんと何かが切れる音が聞こえた。


「僕としては今の方が好みだけどね」

「ふっざけんな!!サザンドラ!」


サザンドラをボールから出し、ダイゴの腕を振り解いてサザンドラに飛び乗る。その時エアームドが寂しそうな目をしていたのが見えた。ごめんね、君が嫌なわけじゃないんだよ。君の主人が嫌なんだ。


「信じられない、あんたってデリカシーってものが皆無だよね本当!」

「そこまでいう事ないじゃないか。褒めたのに」

「褒めた?どこがよ、太ったってダイレクトに言ってるじゃない」


急に呼び出したうえに背中の上で怒り出してごめんねサザンドラ。


まったく…流されそうになった私が馬鹿みたいじゃない。

「流されそうだったの?」

そうよ悪い?始めは面倒くさかったけど久しぶりにダイゴに会えると思って浮かれた自分を今は消し去りたくて仕方ない。

「そっか、なら僕も少しは期待してもいいのかな」

だから何が…って…

「え?」

「うん?」

「声出てた?」

「そりゃあもうばっちりと」


一気に顔に熱が集まる。
恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい!


「忘れて!今すぐ忘れて」

「何を」

「さっきの会話」

「嫌だよ、忘れない」

「なんで」

「だってナマエが僕振り向いてくれるかもしれない可能性があるって事でしょ?」


自信に満ち溢れたような顔で言ってのけたダイゴに唖然とする。どこからその自信と私が振り向く可能性は湧いてくるんだ。


「ストーカーを好きになる可能性はないよ、絶対に」


確かにさっきは危なかったけどね。

私がイッシュ以外で初めて旅したのはホウエン地方。ジムを廻っていた私がその地のチャンピオンのダイゴと会うのにそう時間は掛からなかった。
それからというものシンオウ地方やカントー地方、ジョウト地方へ行っても。私の行く先々に姿を現すようになり、その度好きだの付き合って欲しいだの言うようになった。そんな彼奴を私はストーカーだと思ってる。



「絶対なんてこの世の中にはないんだよ」


いきなり真剣な眼差しを向けてくるダイゴに気まずさを感じて身じろぐ。


「僕は本気だよ」


残念だがこの流れで何が、なんて聞くほど私はもう子供じゃない。
なんと返事をしていいのか分からず視線を宙に漂わせているとダイゴが私の名前を読んだ。

弧を描いて私に投げられた物。反射的に受け取るとそれは長細い箱のようなものできれいに包装されていた。


「ダイゴ?」

「僕からのプレゼント」


開けてみて、と言われて包装を丁寧に開いていく。中からは箱が現れて、それを開くとシルバーチェーンに淡いピンク色の石がトップについたネックレスが出てきた。


「きれい」


夜空の星や月の光、そして眼下に広がる街の光に反射して輝く石。思わず見惚れる。


「その石はローズ・クオーツっていうんだ。本当はエンジェルスキン・コーラルと迷ったんだけど、傷付きやすいからこっちにしたんだ」


ダイゴがいうエンジェルなんちゃらという石もきっと綺麗なんだろうな。


「ありがとうダイゴ」

「どういたしまして。ナマエの笑顔が見られて良かったよ」


ここで思う。そうだ、今日ダイゴと会ってから笑ってない。
いつの間にか苛立ちは収まっていた。


「それじゃあ僕は帰ることにするよ」

「えっ」

「寂しい?」


意地悪く口の端を釣り上げて笑うダイゴに否定の言葉を返すと、残念がる様子もなくそっかとだけ言った。


「なんだか僕も疲れているし、ナマエも仕事で疲れてるだろうからもう今日はお開きにしよう」

「でも、」

「すぐに会えるよ」

「……うん」

「じゃあ」

「うん、じゃあね」


手を振ってダイゴはエアームドを旋回させてそのまま飛び去った。私はサザンドラにカナワタウンに戻るように指示してから、包装紙と箱を鞄に入れてネックレスを付けた。


たまにはこうして会うのも、いいかもしれない。