「インフルエンザです」 「そ、それはちょっと困ります」 「……そう言われましても、そういう結果なので」 無情にもカルテにさらさらとペンを走らせる宮田先生に俺は心のなかで鬼だと叫んだ。口に出して言わないのは俺も命が惜しいからである。死にたくない。 「あの…」 「何です」 まだ何か? そう言いたげに俺を睨む宮田先生に怯みそうになったが、ぎゅっと拳に力を入れ、勇気を振り絞る。 「明後日から修学旅行なんです」 「それが?」 「インフルエンザって1週間登校禁止ですよね」 「はい」 面倒だと言わんばかりの宮田先生に途中心が折れそうになる。 もう折れる一歩手前の俺の心は、あと一撃でぱっきりといってしまうだろう。村一番恐い人として有名な宮田先生に、ここまで立ち向かうという勇姿を見せている俺を、誰か讃えてくれてもいいんじゃあないだろうか。 「つまりは君も皆と一緒に修学旅行へ行きたい、と?」 足を組んで机に腕を乗せ、俺に視線を寄越す宮田先生。その問い掛けに俺は何度も首を縦に振った。 「駄目です」 そ、そんなー……。 即座に帰ってきた返事に俺は肩を落とした。 わかりきっていた答えだし、医者として正しい応えだと思う。けど残念に思うのは確かなわけで。 俺の口から出たのは覇気のない「そうですよね」という言葉だった。 「……別に後日一人で行けばいいじゃないですか」 「一人じゃあ意味ありません」 「なら友人の方と「みんな修学旅行に行ってるのに俺だけ行けなくて寂しかったからもう一度俺と行ってくれ、なんて情けなくて言えるわけないじゃないですか!」 食いぎみに宮田先生に抗議して、はっとする。 なに一人で熱くなってんだ、俺。こんなこと宮田先生に言ったところで仕方ないことだ。 怒らせてしまったかと恐る恐る顔色を窺えば別段怒った様子もなく、寧ろ意外だという風に僅かに目を丸くしていた。 「修学旅行……行きたかったんです……我が儘言ってすみませんでした」 宮田先生も他の患者さんの診察とかあるのに、俺のこんな我が儘で時間を取らせてしまい申し訳ないという気持ちも含めて頭を下げる。 そしてそのまま診察室から出ようと立ち上がり背を向けると手首を掴まれた。 この空間には俺と宮田先生しかいなかったから、すぐに誰が俺の手首を握ったのかはわかった。 怒られるのではないかと反射的に肩に力が入る。 「なら、」 宮田先生の声が後ろから聞こえる。 「俺と行きますか?」 振り返るといつもの無表情の宮田先生。 でも手首を掴むその手と眼差しが、ひどく優しかった。 思わぬ提案 (こんな暖かい人、俺の知ってる宮田先生じゃない) |