「もしもし」 「こっ、こんにちは、牧野です」 「ああ、牧野さん。診察予約ですか?」 「はい……」 受話器から聞こえる牧野さんの不安げな声を聞いて相変わらずの様子に不謹慎にも笑ってしまいそうになる。 「わかりました。希望の日はいつでしょうか」 「明日の午前中にお願いしたいのですが」 「では10時頃に教会にお伺いしますね」 それでは、と受話器を元の位置に戻してから手帳に書き留める。 書類棚の鍵を外して牧野さんのカルテを取り出し以前までの流れを思い起こさせる。 「もう最後の診察からだいぶ時間が経っているんですね」 最後の記録は約2ヶ月前の日付になっている。 それまでは頻繁に往診していたんだけど…急に回数が減って不思議に思ったけれど、道端ではよく会うし、そのときも様子も変わったところはないし。何か心境の変化があって少しでも前向きになってくれたかと思ったんだけど、どうしたんだろうか。 「今日牧野さんから往診の予約が入ったんですよ」 あれ以来も変わらず宮田さんの家に入り浸っている俺。 不意に漏らしてしまった禁句。 「はあ?」 やってしまったと気付いたときには宮田さんの機嫌は急降下。眉間にはくっきりと皺が刻まれていて。 「それを俺に言ってどうしたいのですか」 俺の頭を鷲掴みにして眼光鋭く冷たい声で言い放つ目の前の男に冷や汗をかいてしまう。 「俺があの人のことをあまりよく思っていないのはあなたも承知のことでしょう」 ぐっと手に力が篭ったのか頭皮が引っ張られる。 「ごめんなさいっ、宮田さん」 それから強引に口付けられる。 キスなんてそんなロマンチックなもんじゃなくて、まるで噛み付くような――貪るようなソレ。 拒絶しようものなら無理やり俺の口を抉じ開けて軽く舌を噛み、深く繋がろうとする宮田さん。 解放された頃には互いにすっかり息が上がっていた。 「ははっ、可愛いですよ織人さん」 そう言って俺の口の端にひとつ口付ける宮田さんは機嫌が少し直ったようだったけれど、その姿に俺がくらっとしてしまったのは酸欠だったからということにしよう。 |