Fact | ナノ




村のお爺ちゃんお婆ちゃんのお話(内容は殆ど世間話)を聞いてから腕の時計を見て、早めに仕事が切りあがったことがわかった。往診が早く終わったのでもう一度学校に戻るという主旨の電話を学校にしたところ、校長先生に終業までもうすぐなので直帰してもいいとのお達し。どうしたものかと思ったが、校長先生が進めてくれている提案を無碍にもできず、帰宅することにした。




「そこまでは理解できたが何故ここにいる」

「美奈さんに宮田さんがもうすぐ帰れるからここにいてくださいって」


帰宅するにも特にやることがない俺は宮田医院を訪れたんだが、俺が何も言わずとも美奈さんがにっこりと笑いながら案内してくれたのがこの部屋だっただけだ。


「だからって何故医院長室なんだ」


呆れたようにふかふかの社長さんが座っているような椅子に身を沈めている俺を見やる宮田さん。


「俺に言われたって」


俺は困ったように眉を下げる。

窓からは夕焼けが差し込んでいて宮田さんの顔を照らし、下を向いたら影を落とした。


「まったく、あなたという人は」


そして俺の横に立った宮田さん。自然と宮田さんは俺を見下ろす形になり、俺は宮田さんを見上げる形になる。
それから身を屈めるようにして俺達の顔の距離はどんどん縮まっていく。
真剣な宮田さんの顔が15cmという距離になって俺は状況を理解し始めた。


「みっ、宮田さん…?」


顔が一気に熱くなる。寧ろ顔だけでなく全身が熱くなる。

この距離は普通に考えてキ、キスするような距離で…。

み、宮田さんのことは大好きだけど、恋愛としては考えたことなかったし、でも、宮田さんとなら、なんて今考えてしまっている俺がいるのも事実で。

あと唇が触れ合うまで数cm。
どうしていいかわからないままぎゅっと目を瞑った。


「織人さん」


来るはずだった唇への感覚の変わりに閉じた両瞼に温かい何かが被せられた。きっとこれは宮田さんの手だ。


「俺は我慢していたようです」


俺が何がと聞く前にまた話し始める宮田さん。


「今日あなたが牧野さんと談笑しているのを見ました。あなたが俺以外の人と話をしているのを見たのはこれが初めてではありません。しかしあなたが別の誰かと話をしているのを見ると心が落ち着かないのです」

真剣に宮田さんが話してくれているのはわかっているが、今日はなんだか饒舌で笑みが零れそうになったがここで笑ったら怒られるうえに話すのをやめてしまうのはわかっていたので我慢する。

「しかも今ではあなたがうちに勝手に上がり込んでいたりするのは嫌ではないようです。寧ろあなたが何時ごろに家に来るかまで把握してしまっているくらいだ」








「私はあなたが好きなようです」







思わぬ告白。

でもその台詞には宮田さんらしさが滲み出ていて、堪えきれずに笑ってしまった。


「何笑ってるんですか」


被せられていた手を退かしてみれば案の定むすっとしている様子の宮田さんに余計笑った。


「すみません、宮田さんがそう言ってくれるだなんて嬉しいです。でも――」

「言わないで下さい。私が一方的にあなたに好意を抱いているだけなので。ですがあんたが思わせぶりな態度を取るのも悪いんですからね」


そしてそっぽを向いてしまった宮田さんが可愛くて、宮田さんの手を取って手の甲にキスを落としてみれば驚いたようで目を丸くしていて、愛おしくなった。

俺も宮田さんのことが好きみたいだ。さっきだって抵抗すればできたはずなのにしなかったってことは、やっぱり。

でも俺もこう見えて簡単に「俺も好きです」なんて言ってやるほど優しくなんてない。



俺の気持ちを伝えてやるのはまだ先だ。




だから今は、



「なら俺を落としてみてくださいよ」



この状況を愉しもうかな。