あんなことがありましたが、俺もクダリさんもそのことについて話すことはなく、それは暗黙の了解のような物でした。
今日も俺はカナワの社宅から出社。まだ眠気も取れず眼が半分くらいしか開いてないのは仕方ないと思います。駅員の朝は早いんです。


「おはようございます」

「ノボリさん、おはようございます」


しゃきっとしたノボリさんは眠気とは程遠いくらいすっきりした表情でした。俺とは本当に対照的です。
俺も眠気をさっさと追い払ってすっきりとした状態で業務に就かなければと思うのですが、なかなか現実はうまくいきません。幸いまだ始業までまだ

時間があります。出そうになる欠伸を噛み殺しているとノボリさんは「寝不足ですか」と言いました。


「はい…。昨夜一人で酒飲みながらこの間の休みで借りてきたDVD見てたんですが、アルコール回ってきてテンション上がっちゃってそのまま深夜ま

で」


お恥ずかしい、と付け足すとノボリさんが驚いたように目を丸くした。


「貴方が一人酒とは…意外です」


ぽつりと小さく溢した言葉は本当にノボリさんが驚いているのを明確に俺に教えてくれた。


「そうですか?ノボリさんはしないんですか」

「わたくしもゆっくりしたい時等に致しますよ。クダリがいない時か寝た時を見計らって」

「ははっ、確かにクダリさんがいたらゆっくり飲めなさそうですよね、ペース乱されそうです」


溜息を吐くノボリさんとは本当に気が合う気がします、特にクダリさん絡みで。


「今度ノボリさんと飲みに行ってみたいです」

「わたくしもです」

「本当ですか?!」


だめもとで誘ってみたのですが意外とあっさりノってくれたノボリさんに嬉しさのあまり年甲斐もなくガッツポーズをして喜びそうになります。憧れ

のノボリさんと一緒にお酒の席を共に出来るなんて…!絶対飲みすぎたりして失敗できないけど嬉しい…!


「いつにしましょうか」

「お、俺はいつでも大丈夫なので、ノボリさんの都合のいい日で!」


緩む頬を隠しきれていないであろう俺はノボリさんの問いに即答。俺みたいな一般駅員とは違ってマスターは忙しいですからねっ!

それから詳しい日にちを決めたので、忘れないうちに、と俺はロッカールームにある手帳に書き込むことにした。


「ノボリさんと食事、っと…」


ボールペンの黒が手帳の紙の白に浮かぶ。でもたったそれだけなのにその日にちの枠だけ特別に見えるから不思議です。


「楽しみだなー」


手帳片手ににやつく俺は不審者以外の何者でもない気がするけど、今ここには誰もいないからそんなの関係ない。だから気にしない。

それから手帳を鞄の中に仕舞ってロッカーの中に入れる。制服のポケットからロッカーの鍵を取り出そうとしていると後ろから衝撃。タックル。本当

にこの人は後ろから抱き着いてくるのが好きですね。


「おはよう、アキラ」

「おはようございます、クダリさん」


ぎゅうっと体を抱きすくめられて、すりすりと俺の頬に自分の頬を擦り付けるクダリさん。
それからこう言うのはクダリさんの日課になりつつある。



「大好き!」


クダリさんの頭をぽんぽんと優しく叩いてあげるとまるでヨーテリーみたいな人懐っこい眼差しを俺に向ける。


「ねえ、アキラはぼくのこと好き?」

「さあどうでしょうね」


こうやってはぐらかす俺はずるいでしょうか。

……どうしてはぐらかしているのかは自分でもわかってはいるんですが、
今はまだ認めたくない。




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