「ミクリ」


ダイゴから電話が掛かってきて電話に出てみると酷く憔悴しきった声がした。
こんなダイゴの声を聞くのは初めてかもしれない。きっと最近ご執心だったアズサちゃん関連のことだろう。まさか勢いあまって告白してフラれたとかじゃないだろうな。
否、それはないか。
ああ見えてダイゴという男はいやに冷静なところがある。慌てふためいているもあるがあれは演技であることが多い。頭の中はスッと冷え切っている男なのだ。だからいつも物事を客観視しているし、笑顔のつけているのだと思う。

…単に感情を表現するのが苦手という可能性もあるけど。


「アズサのことなんだけど」


予想していた名前が出て不謹慎にも笑いそうになったけれど堪える。アズサちゃんは本当にダイゴにいい刺激を与えてくれる。


「僕失恋したみたいだ」


っ、は……?


「恋人がいたみたいでさ」


ははっと自嘲気味に笑うダイゴの声が機械越しに鼓膜を揺らす。

ダイゴがドジを踏んで、それで告白して断られるならわかる。例えば石について熱く語ってそれを強要したりだとか。
でもアズサちゃんに恋人がいたなんて知らなかったし、そんな素振り見せたことなんて一度もなかった。アズサちゃんに彼氏がいただなんて。正直凄く驚いた。
だってクラスでも殆ど一人で本を読んでいるし、放課後だってたまに一緒に帰ったりする。休日だって遊んだりもするけどそんな気配なかった。


「それは本当かい?」

「ああ間違いないよ……キスしていたから、ね」


一呼吸置いてから返ってきたダイゴの返事。語尾なるに連れて掠れ、震えていた。


「ダイゴ…」


私は情けないことに何て言っていいか分からず、名前を呼んでやることしかできなかった。これが電話じゃなく隣にいたなら肩を叩いてやるくらい出来るんだけどな。


「どうしたらいいのかさっぱりわからないんだよ。正直アズサちゃんのことは好きだし僕の隣にいてほしいと今でも思ってる。笑顔だってまだ見たことがないから見せてほしいし、あの華奢な身体を抱き締めてもみたい。
けどさ、もうアズサちゃんは他の男に心を奪われちゃってるんだなーと思うとさ…苦しいんだよね」


ぽつりぽつりと話し始めたダイゴに私はひたすら相槌を打った。少しでもダイゴが話しやすいように。

そしてダイゴが一通り言い終えたタイミングで切り出した。

私だったらこうする、ということを。


「それが何だって言うんだ。
結局のところダイゴはアズサちゃんが好きなんだろう?何をそんなに悩んでるんだ、うじうじしているんだ。
アズサちゃんが好きならそれはダイゴの中で変わらない事実なんじゃないのか?」


強い調子にならないように、諭すように。

ゆっくりと子供に言い聞かすようにダイゴに語りかける。


「私だったら諦めないよ」


この一言にダイゴが息をのんだのを感じた。
そして畳み掛けるように私は続けた。


「好きなら諦めない。自分を好きになってもらえるように、もっと自分を知ってもらえるように頑張る。相手の男から奪うくらいの意気でその子にぶつかるよ。

ダイゴはどうするんだい?」

「僕は……」


それからダイゴは暫く黙り込んでから「ありがとう」と言って電話を切った。

その声はいつもの穏やかな声で。
あいつらしい声で安心した。







僕はアズサちゃんの傍にいるだけでドキドキする。話しかける時なんて、緊張し過ぎて自分でも何喋ってるかわかんないことさえある。

それくらい好き。

上手く言葉に出来ないし、するつもりもない。
だって言葉なんてたかが知れているから。文字や音にすると安っぽく感じてしまうくらいだ。
でもアズサちゃんやミクリなら上手く、奇麗な表現でこの気持ちを言葉にしてくれるかもしれないな。


まあ僕はアズサちゃんのことが大好きなんだってことは分かってほしい。
幸せにもなってほしいって思ってる。

その相手がアポロ先生だとしても。

確かにアポロ先生は格好いいし、授業の内容も分かり易いし、紳士だし、で女生徒から人気だ。勿論男子生徒からも、話しがわかるいい先生だと人気が高い。僕もアポロ先生のことを慕っている。

アポロ先生とアズサちゃんはお似合いだと僕も思う。

だけど。
だからと言って僕がアズサちゃんを好きな気持ちを抑えて身を引けるかと言ったら、否、だ。

ミクリの言う通りだ。
そう簡単に諦められる訳ないんだ。


僕はアズサちゃん好き。

その事実だけで充分じゃないか。


アポロ先生には負けていられない。
僕の所為でアズサちゃんが危害を加えられているなら、ます僕自身がアズサちゃんを守ってあげないと。

そこから始めよう。








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