僕は根気よく図書室に通い続けた。
不躾なことを聞いた僕にアズサちゃんは少なからず不信感を抱いただろう。けれどその様子を微塵も見せずに僕と今まで通り接してくれるアズサちゃんは大人だと思う。でも今まで通りと言ってもまだまだ壁を感じる。


「あれ、もう帰るの?今日は早いね」


読んでいた本をぱたりと閉じ帰る準備を始めたのに気付き、慌てて、でも平常心を装って声を掛けるとこくりと頷いた。


「はい、この後行かなければならない所があるので」

「僕も行「一人で行きたいのです」


僕の台詞のうえに言葉を被せ、それでは失礼しますと鞄を提げて足早に図書室を出て行った。

その時見えた横顔は酷く辛そうなもので、。







「何のご用でしょうか」


私の目の前には三人の女の子達。よく私を呼び出すお馴染みの人達。
あーあ、面倒だ。さっさと終わらないかな。帰ったらさっきの続き読みたいんだけど。


「あんた最低なのよ」

「……はい?」

「ついにミクリ様だけじゃ飽きたらずダイゴ様にまで手ぇ出すなんて、いい度胸ね」


いきなり始まった罵倒に頭が痛くなる。ミクリと仲が良いのは認めるけれど、なんでここでダイゴさんが出てくるのだ。
正直私だってダイゴさんに付き纏われて迷惑している。なのにこんな言い掛かり、あんまりだ。


「あのですね、ダイゴさんとは格段仲がいいわけではありません。因ってダイゴさんに手を出す、というのは間違いです」


とは言っても声を掛けたのは私。
以前から時々ミクリとの会話に登場しているダイゴ、という人物に興味を持っていた。そしてあの日ミクリが言っていたダイゴという人物の特徴がぴったり当てはまった人がいたから声を掛けた。ただそれだけ。
それ以上でもそれ以下でもない。

きっぱりと言い切れば気の強そうな女の子が一歩前に出て怒鳴る。


「ふざけんな!!!!」


カチャンと音がした。その音源を探せば目の前に躍り出た女の子がバタフライナイフを私に向かって構えていて。

いくら何でもナイフはやばい。

逃げようとする私の腕をすかさず他の二人、逃げられないようにと押さえ付けた。


「や、やめて…」

「やめるわけないじゃん」


私の主張を鼻で一笑してからナイフの腹でぺちぺちと叩く。
今きっと私は怯えた目をしているんだろうな。だってこの女の子、満足そうに、楽しそうに私を見て笑ってる。


刹那。

ビリビリビリィッ



「ひいっ」


私の着ていたYシャツが裂かれ、ボタンがあちこちに散乱し、私以外の女の子達が楽しそうに笑った。


「あははっ、私服裂いたの初めて!」

「当たり前じゃん。普段からこんなことしてたらやばいってー」

「確かにぃ」


けらけらと笑う声を聞きながらこの状況に呆然とした。

下着は丸見え状態だし、どうやって帰ればいいんだ。……ううん、これはまだいい方かもしれない。下手したら斬りつけられるかもしれない。

それくらいこの三人はアブナイ。

そう自覚すると恐怖が一気に襲ってきて、手が震えた。


「ねえねえ、次私やってみたい」

「あたしもっ」


なんでこんなやりとりを笑顔で行ってるんだ。

ミクリと仲が良かった時もこうした呼び出しはあった。
でもこんな状況に陥ったのは初めてで。
ダイゴと関わってからだ。
呼び出される回数も増えたのも、嫌がらせの頻度が増えたのも。

そう思うと腹が立つのと同時に悔いた。

どうしてあの時話し掛けてしまったんだ。そのまま知らない振りをすれば良かった。そうすれば今まで通りの生活を送れてたはず。

もう今更どうすることも出来ないのに、もしを仮定してしまう私は本当に駄目なやつだ。どうしようもないやつだ。



気付けば私の制服はボロボロで布切れに成り下がっていた。


「ほんといい気味」

「ミクリ様達に近付くからこうなるのよ」

「まったく…お二人もこんな女のどこがいいんだか」


その場に崩れ落ちた私を蹴飛ばしながら高笑いする女の子達。

いたい、いたい、いたい。
精神も身体もボロボロだよ……。涙も止まらなくて更に惨めな気持ちになる。


「最後の仕上げしなくちゃ」

「そうだね」

「ミクリ様とダイゴ様の前に出られないようにしてやらない、とっ!!!」


そしてナイフが振りかぶられ、もうダメだと思った、瞬間。


「何をやっているんですか!」


ガラッと扉が開けられ、そこには血相を変えたアポロ先生の姿。
いきなりの教師乱入にナイフを構えた目の前の女の子もその仲間も硬直していて、アポロ先生は女の子からナイフを奪うと壁に向かって投げた。
ナイフはそのまま今週の目標が貼られている掲示板にざっくり。


「貴女方の処分は後日連絡が行くと思いますので覚悟して下さい」


温厚だと定評のアポロ先生らしからぬ眼光の鋭さと冷たい声に女の子達はびくりと身体を強ばらせた後、我先にと教室から出て行った。


「アポロ、先生…っ」

「恐い思いをさせてしまいましたね。もっと早くに私が駆け付けていれば」


そう言っていつものように抱き締めてくれるアポロに余計涙が零れた。

ぎゅうぎゅうと縋るようにアポロ先生を抱き付くと、泣かないで、と瞼に一つキスを落とされる。

やっぱり私はこの人が好きだ。

そう思って今度は私からアポロ先生にキスをした。







そして私はまだ知らないのだ。

ある男子生徒が扉のところに立っている、だなんてこと。









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