* 何も知らなかった私
「よしナマエ出掛けよう」


クダリさんに半ば強引に押し付けられた服を受けとり立ち尽くした。
あの賭けバトル以来初めて外に出られる。
例え悪魔のようなこの男が隣にいたとしても、久しぶりの外出はとても嬉しかった。

「これ着てね」


そう言って部屋から出て行ったクダリさん。
手元にある服を一瞥し、着替えることにする。




着替えた服は真っ黒。
空も薄暗く、今にも雨が降り出しそうな陽気だ。
横にいるクダリさんは黒のネクタイに黒のスラックス。その上にいつものコートを羽織っている。

クダリさんに手を引かれ着いた場所は葬儀場。

こんなところに連れてきて一体何のつもりだろうか。


「クダリ、ナマエさま」

「ノボリ!」


中から現れたのはもう一人のサブウェイマスター。
この間ライブキャスターで話したが、直接ノボリさんと会うのは本当に久しぶりだった。


「ナマエさま、お久しぶりでございます」


ノボリさんもクダリさんと同じ服をきっちりと着こなしていた。


「ノボリさん、これは一体誰の葬儀なのでしょうか」


私が聞くとノボリさんは一瞬だけ目を丸くしたがすぐにいつもの表情に戻り何か言い掛けた。が、クダリさんがそれを遮り私の手をひいて中へ入った。


「クダリさん、」

「なに?」

「あなたは何がしたいんですか」

「どういうこと?」

「ずっと疑問だったんです。私に暴力を振るってみたりを監禁…否、この場合は軟禁でしょうか。まあそれをしてみたり」

「うーん」

クダリさんは顎に手をかけると考える素振りを見せ暫くするとにこっと笑い「帰ったら教えてあげる」と言った。

もちろん私はこの応えに納得がいくはずもなく。しかし故人の遺族や友人達が啜り泣くこの場所に着いたら今は引き下がるしかなかった。

「クダリさん」

一人のふっくらとした優しそうな女性が声を掛けてきた。

「お忙しいところおいでいただき、ありがとうございます」

深々と頭を下げる女性の姿はとても弱々しかった。

「大丈夫です。それに息子さんには大変お世話になっていましたから」

どうやらこの女性の息子さんの葬儀らしい。
私この場にいる意味あるのかな。
それにしてもクダリさん意外と普通に話せるんだな。

「息子からよく話しは聞いていました」

とても頼りになる上司だと。

思い出に浸り始めたのか目にはうっすらと涙の膜が張り、声は震えていた。

「そちらの方は…」

ふっと私に視線を移す女性。

「あ、ナマエと言います」

慌てて頭を下げれば女性の啜り泣きが聞こえてきた。
も、もしかして私が泣かせた!?
よくわからないけどとりあえず謝らなくちゃと頭を上げる。
すると女性は「そう、あなたが」と言って私の手を取った。

「気立ての良さそうなこだわ」

うんうんと頷き、「あのこの分まで幸せになってね」と泣きながら言った。

私は何を言われているのかよくわらなくてどうすることも出来ずにいると、クダリさんは私の腕を引いて遺影の前に立たせた。

そこに写っていたのは、ギアステーションの中でも最も懇意にさせてもらっていた駅員さん。


「な、なんで…」

人懐っこい爽やかな笑みを浮かべている青年は間違いなくあの駅員さんだ。


脳内を真っ白に塗り潰されていくような感覚に支配される。


「電車が来た線路に飛び込んだんだよ」


隣に立っているクダリさんが小さな声で言う。


葬式場には啜り泣く声が響いていた。








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