はらりとおちた なみだ を 誰か がそっと ぬぐってくれた 様な 。

今更何をどうやったって、間に合わない。そんなことはもうどこかで分かってた。

( といって逃げ続ける私は駄目な人なのでしょうか。 )


?/


「…サク、どうかした?」


不意に名前を呼ばれ、ぼんやりとしていた私はびくりと肩を揺らした。
危なかった。かなり、上の空だったらしい。


「何も無いよ、大丈夫。」

心配そうに私を見つめる彼の双眸にもう一度、大丈夫と続け、首を軽く横に振る。
そう言っても尚、眉が垂れ下がったままの彼。


どんだけ心配性なんだ、この男は。まず自分の心配しろや。


「シュンは心配しすぎ。」
「いやいや、」
「心配っていうか、時々過保護っぽくない?」


「幼馴染みなんだから心配したりするのは当たり前なんですー。」


そんなシュンの言葉に、私は開きかけていた口を固く結んだ。



…幼馴染み、か。

薬品の匂いでいっぱいに溢れる病室のかたいベッドに、文句垂らさず横たわるシュン。


きっと、そんな彼には伝わってない私の気持ちがある。

今のままでは絶対に伝わる筈もない感情が。


「あーあ、シュンって本当、」

「…ん?」

鈍いやつだなー。…なんて軽々しく言えるわけもなく、私は何でもない。と続けた。



「それより、最近調子はどうなの?顔色はいいほうだけど。」

実はというと、運悪くテスト期間が重なり、ここに来たのは2週間ぶりだったりするわけなのだ。


「…あー、夜中によく発作が出るようになっちゃって。」

昼方は全然なんともないのにね、と切なく笑ったシュン。


それを見ると、どうしてもやるせない気持ちが籠り、私はシュンを抱き締めた。
本当は、代わってあげられるのならば、今すぐにでも代わってあげたいんだ。


「…わっ、」

「頑張って、絶対元気になろうね。」


いまも既に頑張っている人に頑張れなんて、酷だと思った。

でも言わずにはいられなかった。私はなんて酷い奴なんだろう。


「うん、」

シュンはゆっくり頷き、私の背中へと腕をまわし、腰まで届く髪を撫でる。


今思えば、これが、シュンとの最後の時間だった。



?/



「……」

春の暖かく、緩やかな風が頬をなぶり、私は思わず目を細めた。

遠くで鼻をすする湿った音や、哀しみを訴える静かな声が、ごちゃごちゃな雑音となって耳朶をうつ。


「…シュン君、発作が原因だったらしいのよ。心臓の方の手術も近かったらしいのに」

「…あんなにいい子だったのに、本当残念ね」


嗚呼、お願いだから。もうやめて。シュンはまだ…、絶対そんなわけない。


憎いとしか言いようがない、ひそひそ波打つ会話に、ぎゅっと口端を噛んだ。

血も出ないし、その前に涙も出ない。わんわん馬鹿みたいに泣いてしまえば、きっと今より楽になれる。


そう思っても駄目だった。


そしてもう一度、唇をかもうとしたその刹那。



「…サクちゃん、」

「シュンのお母さん…?」


ハッとして振り返れば泣きはらした真っ赤な目を優しそうに細め、柔らかく微笑むシュンのお母さんが立っていた。


「今日はシュンのためにありがとう。」

「いえ…、」



「それでね、シュンがサクちゃんにって。渡しておいてくれって言われたものがあって。」

そういって手渡された白い便箋。


受け取って中を見れば、ちゃんと白い手紙が入っている。


「……、」

無言で中身を取り、開いた。指がカタカタと震えている。



「っ」


黒いボールペンで大好き≠ニだけかかれた手紙。他でもないシュンの字だ。


何かが手紙にぽたぽたと丸いシミをつくる。

嗚呼、涙だ。



「わたしもっ、大好きだよ…っ」



間に合わなかった、なんて。そんな事無かったのかもしれない。

最後の最後に君の気持ちを知ることが出来たから。


「大好き、だからっ…!」


もう届かないとしても、吐き出すことはできる偽り一つ無い透明な声を、今日も君に。


01/透明ボイス fin.


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