「大好き」を簡単に言葉にできる人は何人くらいいるのだろうか。
10人に1人とか100人に1人とか。私も言葉は苦手だと、そう感じていた。




素直に言ったままが現れる言葉は私が使うと相手の胸の深い所に刃物として刺さるのだ、小学校の時も中学校の時もいつだってそうだった







「美歩、かえろ」


暗くなってからもいつも下を向いて机から離れようとしない私を引っ張り出してくれたのは友人だった。いつでも笑って誰とでも接していた明るい子で、私の唯一の友達だった。


それでも私は傷つけたのだ、少しカッとなったくらいで暴言をたくさん吐いて傷つけて。自分を守るために、小さな自分の為に


それが、中学2年生の時だっただろうか、いじめられていたわけではなかったが親しい友達なんていなかった。何かがなくなったりはしなかったが皆私のことなんか忘れたように、友達と話していた。クラスメイトとの間に壁はなかったが見えない溝があった。深く深くぽっかりと空いた溝が


そのまま中学は卒業し、学校中でだれも行かないような遠い高校を選んだ。放任主義だった親は何も言わなかったし私より少し小さい妹に期待していたようなので家にさえも居場所を見つけられなかった。









入学してからも知り合いのいなかった私は自分から話しかけていかない限りだれもかかわって来ない。私の中に知らぬ間にできていたクラスメイトとの溝は人が変わったとしてもそのままだった。



放課後もすることがなかったし、家に帰ると蔑んだ目で見てくる母親しかいなかったからつまらなかった。


少ないおこずかいを使って少し古い洋楽を購入した。ひたすらそれを聴いていた。「悲しいときに聴く曲」という、売り文句にのったのだがこれが案外気に入っていて楽しかった。


周りの子がそろって聞く様な最近のはやりの曲でなかったから町でもビルでも流れてこなかったが自分で愛用していたウォークマンに入れて聴いていた。それだけで自分の世界が広がって私は満足だった。










自分だけの世界が崩れ落ちた、3年ぶりくらいに。


「何聴いてるの?」


クラスの子ではなかった。他人に異様に敏感になっていたのですぐ見分けがついたのだ。クラスで友達なんていないのに。



「…洋楽、です。」



「そうなんだー私も好きだよっ日本語じゃないのがおしゃれっていうかっそんなことないのかもだけど!カッコいいよね!歌詞の意味とかも分かるといいし!」


「そ、そうだね」


呆気にとられた。よく話す子だなとか、明るい子だなぁとか。なにより中学生のころの友人に似ている気がした。いや他人の空似なのだろうが雰囲気がどことなく。明るいあっけらかんとした様子が少しだけだが。


「どんなの聴くの?…えーっと」


「酒本です。」


「うん、ごめんね。酒本さんどんなの聴くの?最近の?」


おぼえる!と笑ってから興味を示してくれた彼女のことがうれしくて。自分の中に1年として築きあげてきた約束は形をなくしてとんだ。心の内側をくすぐられるような感覚でかさかさした唇からはうまく言葉が出てこない。


「えっと、かなり古い曲なんだけど…聴く…?」


イヤホンの片耳を差し出して遠慮がちに質問した。久しぶりに楽しくてうれしくて。短いやり取りで心が弾んだ。少し前に傷つけてしまった友人を思い出して心が痛んだが暗い気分にはならなかった。


「聴く!」

無邪気に笑って差し出したイヤホンを何のためらいもなく受け取り耳に差し込んだ彼女は目をつぶって言葉を発すことはなくって。




友達ってこんな感じだったかなぁとじぃんとした。




曲が終わってからもしばらくはお互い何も言わなかった。嫌な静寂じゃなくて。どうしていいのか分からずに黙り込んでしまっていた昔とは違う感じがしてそれもうれしかった。



「…?!ど、どうしたの…っっ」


「え…?」


「涙!泣いてるよ。酒本さん。」



泣いて。泣いていたのか。私は。「うそっ」と言ってあわてて目元をこするとじんわりと制服の袖が涙でぬれた。



「いやなことでもあったの?」


「私何かしたかな・・・っっうわぁごめんね!」とあわてて驚く彼女の様子を見ていたら急に我慢の糸がするするとほどけたようにして涙が出てきた。

次々と止まらずに流れ出てくる涙をみて彼女はさらに驚いていたが私はゆっくりとほほ笑むことができた。


自分が笑えたことに、優しく笑うことがまだできたことに対してこれから変わっていけるかもしれないと希望を見つけた。



「大丈夫。ちょっと昔のことを思い出しただけだから。」


涙はしょっぱかったけど暖かい優しい涙だった。今までも沢山泣いたけれど心からこんなに泣いたのはいつ以来だろうか。

数年ぶりに見つけた自分の居場所。大事にしていこうと思った。大丈夫。今度はちゃんと伝えられる。「大好き」を、伝えられる




「それより」





小さく息を吸い込んで私は彼女に言った




「また一緒に聞いてくれるかな。音楽」



まだ、名前も知らない彼女と仲良くなりたいと思った。暗い過去はシャボン玉にでもして空へ飛ばしてしまおう。ゆっくりゆっくり、ゆらゆらと。







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