(…あ)

耳元で流れていた曲が、不意に終わった。

リピートにしていたつもりだったのだが、どうやらなっていなかったらしい。

ポケットに手を入れ再生を押す。

するとまた流れ出す音。

道にはゴールデンウィークなだけあって遠出をしているのか、人っ子一人いない。

そちらの方が私としては好都合だ。何せ、邪魔者排除の時間が減るから。

ふと、今しがた会った男を思い出す。確か、高校生くらいだっただろうか。

まさに不良のお手本のような金髪で、ガタイのいい奴だった。

ちなみによくあるイケメンというオプション付きの。

そいつは私の格好を見て、ひどく驚いた顔をしていた。

自らやったと言えば、そんなことはもうするなと説教じみたことを言っていた気がする。煩過ぎて忘れたが。

だがそれを言うなら自分の格好を先にどうにかしろよと思ってしまったのは言うまでもないわけで。だが別に言う義理も接点もなかったので黙ってその説教(確定)を聞いた。…振りをした。

そんなこんなで現在私のイライラは上の下とかそのくらい。

赤の他人に説教されるとか本当ワラエル。後一回でも私の逆鱗に触れるような事があればもうイライラ指数はMAXだろう。恐らく。

こんなことをあいつに言えば「お前はいつもイライラしてんじゃねーか」とか言われてしまいそうだが。

私はこんなでも寡黙キャラを演ってきたつもりだったのだがどうやらなれていなかったらしい。

「…あった」

まあそんなことを考えつつふらふらと歩いていれば、目的地に到着。

夜中という時間帯に負けないような明るさを誇っていらっしゃる。

そんないわゆる「夜のお店」のドアに手をかける。

「お、リリィ。昨日振り」

ここに通い始めて二週間といったところだが、案外早く馴染んできた。

名前も覚えられてきたし、そろそろ頃合いだろうか。

私は別に出会いを求めるだとかしてクラブに来ているわけでもなんでもなく、単なる潜入だ。仕事じゃなかったらこんな所確実に来ない。メイクがキモい。厚塗りしすぎてなんとも言えない感じがする。

だが、周りが厚塗りしまくりであるが故に私も同じようにしないと変に思われるだろうし、何より素顔が見られるのだけは勘弁して欲しい。

というか、私の潜入した理由はこのクラブで薬が回っているとかいう噂が流れてきたから。なのだが、中学生をクラブに入れている時点でもうヤバくないだろうか。まぁ、高めのヒールを履いているからばれていないだけかもしれないが。というかちゃんと年齢訊くべきだと思う。

耳に付けていたイヤホンを外して、店内を見回す。

一応薬回しは確定したし、あとは主犯を捕まえれば完了。ついでにその主犯も目星はついているというこのトントン拍子。逆に怖い。

(…来た)

奥の方にあるドアを開けて入って来た主犯さん。

するりと人混みをかき分ける。

「あの、」

「…何だ」

話しかけただけなのに何故か睨まれた。この人は目からして薬中ではないらしい。ラリってない。

「Fetters」と小さく、彼には聞こえない程度の声で呟く。

瞬間、

「?!」

彼の目が大きく見開かれた。

ぱくぱく、とまるで金魚のように口を開閉している。変な人がここにいます。

主犯であると同時にこのクラブの経営者或いはそれに近しい者、だと思うのだが、誰一人彼に声を掛ける者や目を向ける者はいない。

多分それは彼の平凡なルックスが関係して…ごほん。少々口が滑った。

まあルックスは兎も角、公には知られていないのだろう。いわゆる裏のなんたらっていう。意味不明だった。

取り敢えずそれは私の管轄外だからさておき、彼をどうしようか。

実は彼を見つけるとかそういう所までは大まかな大まかすぎる計画を立ててはいたのだが、その先はなるようになれ精神であまり考えていなかった。

一先ず此奴を外に連れ出して彼奴に送り付けよう。と考え、手を掴み歩き出す。

私のさっきのFettersというのは意味的にそのまま「足枷」で、なんだかよく分からないがそれを唱えることによって相手の動きを封じることが出来るのだ。

それが出来るようになったわけとかそういう類は取り敢えず置いておく。

別に此処は剣と魔法の世界とか抜かすつもりはない。至って普通の地球だ。私みたいなのがいる時点で異質かも知れないが兎に角世界的に見ると普通なのだ。多分。

私の術に掛かった者は三十分程度動きを封じられる。もう一度唱えれば解除出来るが。

だが動きを封じると言っても所詮は足枷で、今のように私が引っ張れば動かせる。ついでに表情筋くらいは動かせる。

ただ自力で歩いたりすることのできた人を私は今まで見たことはない。私以外の人物が引っ張っても同じ事。

結局人の間を通り抜けている間もクラブでは特に注視される事はなく、普通にドアの前に辿り着いた。

「お疲れ様」

そのドアを開けた瞬間立っていた男に、私は「いってえええええ!」飛び蹴りを繰り出した。

「何車に寄り掛かってしかも煙草吸っちゃってんのよ。今時おめめキラキラの漫画にだって出てこないわそんな死ポーズ」

「死語ならぬ死ポーズっておい。お前本気で蹴るなよな…」

いててて…と腰を摩りながら私を睨みつけてくるおっさん。ぎっくり腰になってしまえ。

「別に本気で蹴ったつもりはない。そんな事したら仕事に影響が出るでしょうが」

私の手間が増えるのは嫌だ。

「これで本気じゃないとかお前本当に人間かよおい」

「一応ここ十三年人間として通ってますが」

はあ、と大げさに手を広げてため息を疲れた。ため息をつきたいのは私の方だ。

「はい、これ」

適当に引っ張ってきた其奴を目の前の男に向かって投げつける。

「うわっ、と」

しっかりそれをキャッチしたのを見届けてから、私はまた踵を返して道を歩き出す。

「Fetters」

それから足枷を解除して、イヤホンを耳に付ける。

(…任務完了)

こうして今日も私は、腰痛に嘆く親父に手を貸すのだ。

不本意ながら。

…と、

「お前、」

前方に立っていたのは、先程私をイラつかせた張本人。

「……」

確実に目は私の方を向いていたのだが、そんなの私は気づいていない。という事にしておく。

「…え、」

まさか無視されるとは思わなかったらしく、少し慌てたような声をあげた。

きっと嘸かしちやほやされて生きてきたんでしょうね。

女の人には事欠かないようなお顔をしていらっしゃいますから、一応女である私に無視されるだなんて、ね。

全く、お花畑過ぎて反吐が出る。

「お前、名前は、」

物凄くナンパ的台詞が聞こえてきたのですけどこれ無視していいよね。ていうか無視しないほうが終わってる。

知らない人にはついて行きませーん。

更に曲の音量を上げて、周りの音が聞こえないくらいにする。耳悪くなりそうだけど気にしない。

……というか、あれ、ちょっと待って。

私は家からクラブに行って、それからまた今家に帰る途中なわけだけれど。

行く途中出会ったこの男はつまり…え。

此奴ストーカーだったのか。

だって、行きにすれ違ったわけだから、もうとっくの昔に私の先の先の先くらいにいるはず、なのに。

いや、被害妄想はやめよう。もしそれ以外にあるとしたら…、迷子?

こう、ぐるぐる道を回っちゃってて、また会いました的な。

どっちにしても変な人じゃないか此奴。高校生になってまで迷っちゃってるのか。寧ろ同情するよ。

そんなことを考えているうちに家に着いた。無意識って凄いとつくづく思う。

「…ただいま」

家に入った瞬間聞こえてくる音。

イヤホンを外して、其の辺に置いておく。

(驚いてる、かな)

閑散とした家にはこれといって物がなく、結構な音量でCDがかけられている。

中学生で義務教育なわけだけれど、だからって家族といなくてはならないなんてわけではない。

だから、放任主義な両親のいた家からは簡単に出る事が出来た。

それでかれこれ半年。これといって不都合なく暮らして行けているのは、不本意ではあるがあの腰痛親父のお陰である、と思う。まあ働いている分だから当たり前ではあるのだが。

CDから流れ出すその曲は、幾度となく聴き続けて、もう既に空で歌えるようにまでなってしまった。

そういえば、もうすぐ3rdアルバムが出るんだっけ、と独りごちる。

棚にあったその3rdアルバムに入れる予定の楽譜を引っ張り出し、少し練習する。

しかしそれももう既に覚えてしまっていて、何かすることはないか、と辺りを見回してみる。

と、その時、メールの受信を知らせる音が響いた。大音量で曲をかけているのにしっかり聞こえるのは何時もの事だ。

どうやら私は耳が良いらしい。

確かカバンの中に入っていたはず、と端に置いてあったカバンを引っ張り、中からスマホを取りだず。

するとやはり新着通知が来ており、どうやらそれはあの腰痛親父…ではなく、プロデューサーからのようだった。

『明後日辺りに音録るから空けといてね』

そう端的に書かれた文字。

「明後日、って…」

あまりにも予定も知らせるのが遅過ぎはしないだろうか。

いや、何時もの事なのだが。

ただ、一度今日の夜録るからってメールが来たときは焦った。当日に知らせるものじゃないでしょう。

もし気づかなかったらどうするんだ…。いや、気づいたけども。

これでも私は一応売れてる、筈なんだが。

アルバムのランキングを昨日見たのだが、確か一位だった、のだが。

いや、全然売れてないからテキトーになるっていうのなら分かる。

今までの同業者のそういう噂はたくさん聞いてきたし。

だが、……いや、まあいいか。

人気なんて何時かは落ちるものだし。

取り敢えず今は売れっ子歌手『cyaan』として生きていきましょうか。

手にした私の一番最初にアルバム『Fetters』を見ながら、少し笑ってみた。

盲目少女のFetters end.

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