――だからなんていうかね、湊くんって付き合うのには向いてないんだよね。女子代表として言ってみれば、観賞用にとっておきたいみたいな。アイドル的存在っていうか。顔も普通によくて性格もちょっとたまに傲慢入ってるかもしれないけど、ちゃんと優しいし。でも付き合いだしてから女子からの嫉妬の量が半端じゃないし、ああ普通の人じゃあないんだなあやっぱーって。
クリスマス前であれなんだけど、とりあえず一区切りつけておこうと思って…
「そんで、『ということだから別れよっか?』ですか」
「ああそうですよそうだよ! ったく、女ってつくづくよくわかねえよなあ。なんなん、付き合うのにはむいてないって。女が求める男ってそこそこ何でもできる人なんじゃないの?そういう人が欲しいんじゃないの」
「そういう俺は高級物件だから〜とでも言いたげな態度に腹たっちゃったんじゃないすかね、元彼女さんは」
俺の必死な反抗を適当にあっさりとあしらいながらさきいかを食べまくる彼女…富永は、「寒いですねえ暖房でもつけましょーか」とアットホームなかんじでくつろいでいた。その気楽な様子は、俺を慰めようとしてくれる気配は微塵も感じられない。「あれっ何これ冷房になっちゃったんですけど、意味わっかんねデジタル!」なんて勝手に暖房の設定をいじくる富永を見ながら、またため息をつくしか他なかった。…ここあなたの家じゃないんですけど。なんなん、一体どうしたら冷房になっちゃうわけこのアナログっ子は。
今日は12月25日――つまり、世間でいうクリスマスだ。
だから、一週間ほど前からいやというほどテレビではクリスマスの特集を取り上げていたし、原宿とか渋谷とか、街は緑や赤に色づいていた。「恋人はサンタクロース」を大音量で流しているお店とか、クリスマスセールとか、駅前に巨大なサンタクロースの人形が突如表れていたりとか。もう勘弁してくれというほど世の中はクリスマス一色で溢れ返っていた。
そして俺はその一週間前に一ヶ月半ほど付き合っていた彼女と破局した。
「テレビをつければ飽きるほどクリスマスの特集ばっかしてるし、街をうろついてみればリア充ばっかだし、もうわけわかんねーよ! クリスマスってイエスキリストの誕生を祝う日なんじゃないの? ぼっちクリスマスの何が悪いわけ? なんで最近の子ってぼちクリって略したがるわけ? クリスマスの本来の行事の目的を色々間違えすぎでしょ世の中は」
「なんか非リア充の思考っぽくなってますよ先輩。世の中は大切な人とクリスマスを過ごして幸せをかみしめ合うんですよ、しかしなんで私はこの日に先輩と二人で飲み会なんてしてるんだろうなあ」
テーブルにおかれている缶ビール数本のうちの一個をおもむろに掴んで、グッと喉を上に向けて一気飲みしようとした。喉にピリッと甘い独特の香りと酸味がしみる。あー美味いわ。久しぶりに飲んだけど、この喉にとける甘美さは何も忘れさせちゃうくらい最高だね。酒の威力って素晴らしい。
「せんぱーい、なんか突然テレビがアナログ放送に切り替わっちゃったんですけど!ボタンが沢山あってわかりずらいんですよ、先輩の家ってなんでこう緻密なデジタル製品ばっかなんですか」
「富永さんさあテレビもつけらんないわけ?普通に電源押せばいいだけでしょ!」
…とりあえず。男と女が一人暮らしの男の家で二人っきりだというのに、色気とか何も起こらないようなこの感じはなんなんだ。別に富永にそんなもん求めてるわけじゃないけど。仮に富永にキスしようとしたら俺明日生きていないかもしんないし。
富永は同じ文芸サークルの二年の後輩だ。実は富永がサークルに入り始めた頃、彼女は最初のうちはちょっと人見知りなのか緊張していて、密かにかわいいなと思っていた。一年の頃は顔立ちにまだほんの少し幼さが残っていて純粋なかんじがしてかわいかったし、髪はふんわりしていて羊みたいだし、俺にも一時期狙おうとしていた時期があった。こうして仲良くなるまでは。
「富永って女子力ひくいよなーほんと」
「あ゛? 何がいいたいの?」
いつの間にか敬語を忘れながらだらだらとさきいかを頬張り、ソファのサイドに肘をつく富永。どうやら今は映画の再放送に夢中になっているようで何も話しかけんなオーラーを放っていた。はいすいませんでした。
富永は心の許せる相手には(その中に俺が入っているかどうかは不明だが)顔とは似つかず結構テンションが高くて元気だ。第一印象のおしとやかな感じ、というのは360℃転換して実は彼女はそのマギャクの性格だったのだ。
こういう人の家とかではかなりの干物女っぷりを発揮するし、結構意地汚いし、毒舌だしすっぱりものを言うし。
本人の映画に釘付けになった様子を横目をしげしげと見ながら、いやあこの子を貰ってあげられる人はそうそういないだろうなあーと思った。
なんとなく、口元が緩む。
「…あれ」
なんで俺口元緩んでんの。鏡見なくても、多分ニヤニヤしているってことは分かる。おいキモイぞ自分。
窓の方に目をやれば辺りはすっかり暗くなっていて、まるでペンキで黒に塗りたくったような夜空。
そこにひょっこりと密かに月がのぞいていて、クリスマスの夜をのぞいているみたいだった。
…○ ● ○…
「なあんかオチがありきたりでしたねえ。人間の描き方がリアルで中盤は結構感情移入しそうになりましたけど、最後があっさりしすぎ。でもあの俳優さんかっこよかったからよしとするかあ」
ぐだぐだと適当にチャンネルを回しながら上から目線に評論する富永をよそに、俺は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
「…って、先輩また飲むんですか? あなた、普段からあまりお酒飲んでないんだから一定量を超えすぎるのはよくないとおもうんですけど」
「んー、そうかもね…」
適当に返事をしてグビグビと飲むだけ飲むなり、どかっとソファに座りこんだ。
「先輩顔赤いですよ」
「んー? とみなが、ちょっと」
富永にもそもそすり寄ってみると、「うっわキモイですよこの酔っ払いが」なんてひどいことを言われながらソファから投げ出された。さいわい下にはカーペットがひかれていて衝撃はさほどないけれど、なんてかわいそうな俺。そんな俺のくだらない飲み会(失恋から立ち直るための)に、クリスマスだというのにわざわざ付き合ってあげる富永もかわいそうだけど。
「富永さあ、俺ってそんな魅力ないの?」
「うわおっも!女子か!」
富永は三角座りをして俺を見下ろしながら、なんとも絶妙な突っ込みを入れてきた。
「だってさあ、正直今回はいけるかなーって思ったんだよね。趣味とか合ってたし、話していて相手も楽しそうだったし。だけど結局もって一ヶ月半、だったんだよね。まさか別れ話切り出されるなんて思ってもみなかったんだよ。
そんときデートしててさ、沢山楽しんだあとに突然別れ話だったんだよ。
そしたら今までの楽しかった時間が全部白々しくおもえてきて」
「…」
富永は膝で組んだ腕にあごをのせながら、小さく縮こまって俺の話をきいていた。
「なんていうかデートしてる間に少しでも考え直さなかったのかなって。だって何も悩んでいる様子とかじゃなかったし。だから所詮あ、その程度だったんだなーって。やっぱ顔とか学歴とかしか見てなかったんかなっていうか」
部屋から持ち出してきた、元彼女へ贈る予定だったクリスマスプレゼント――を心もとなく眺めながら、「これさあげるよ」と目の前にいる彼女にポツンと呟く。
「…いりませんよ」
富永のほうを見上げれば、彼女は小さくかなしそうに笑っていた。
その困ったような笑い方に、グワリと寂しさと現実味が押し寄せてきた。
「先輩が、元彼女さんのために買ったプレゼントなんて、彼女でもない私が貰ったって嬉しくないですよ」
「…そう、だよな。わるい」
なんか、すごい泣きたくなってきた。女の前で泣くなんてこと絶対したくないけど。
そういえば、お酒飲むといつもこれなんだよな。ていうか、いつもフラれる度に富永は俺に付き合ってくれていたっけ。どんなに嫌そうな顔をしたって、ちゃっかり富永は寄り添ってくれているんだもんな。
目頭に溢れだしそうな何かをこらえながら、下を俯いた。
こんな姿、富永は見ていてどう思うだろう。かわいそうだろうか女々しいだろうか、なさけないだろうか。どう思われたっておかしくないだろうな。
「…先輩は、魅力がなくないですよ。ただ、先輩はちょっとレベルが高すぎて皆内面しか見れてないだけですよ。元彼女さんの言う先輩への内面の評価は大体あってますからね。
皆、アイドルとしてでしか見れてないってだけです。先輩のくっそナルシストな性格とか外面に気づいて、この人はないなっていう別れ方じゃなくて、完璧すぎるから別れよっかなーみたいな別れ方なんですよいつも。ドゥーユーアンダースタンド?」
「…イ、イエスアイドゥー。一言ちょっと余計だったけど」
最初はちょっと感動していたのに、さすが富永。でも、富永の説得のしかたには説得力があって納得せざるおえない。
「あのですね」
富永は窓の外のほうを見据えながら、話し始めた。つられて俺も窓の外のほうを見てみれば、ふたりぼっちの星が小さくぽつりと浮かんでいた。都会の真っ暗な何も見えない夜空に映るそれは、ただの点のようにしか見えないけれど、それでも貴重だった。なんといっても、ふたつというのはロマンチックらしい。
「私、子供の頃一度もサンタさんがきたことなかったんですよ」
「え、そうなの?」
「はい。恥ずかしい話なんですけど、私中学生に上がるまでずっとサンタさんのこと信じてたんですよ。いい子の家にはサンタさんがプレゼントを持ってやってくるって。友達がサンタさんからプレゼントを貰ったーっていって見せびらかしてくるのとかずっといいなあって思ってたんです。私も見せびらかせたらなあって。マフラーでも手袋でもとにかく何でもいいから、私のために持ってきてやってきてくれないかなあって。私のためにほんの少しでも時間を費やしてくれてるって思うとうれしくないですか?でも今思うと、私の家は裕福とは言いがたかったですし、サンタさんがこないっていうのも仕方がないなあって」
窓枠に寄りかかりながら話す富永の横顔はなんとなく、ひどく大人っぽかった。一年の頃の幼かった表情とはまるで違っていて、富永との友人暦ももう1年以上経つんだなあ、と思った。
富永は俺のほうに向き直りながら「いっつも仕方ないんですよね」とうすっぺらく笑ってみせた。
「私っていつも遠い存在のことばっか考えちゃうんですよ。一番近いはずなのに一番遠いいっていうか。結局、私に気も何も持ってくれないのがオチなんですけど」
「富永?」
富永の目はじんわりと潤んでいて、ちょっとだけ泣きそうな顔していた。
…いやいや、ちょっとまて。
なんで富永が泣きそうな顔してんの?
「ちょ、そんなにサンタさんがきてくれなかったのがかなしかったのかよ」
「…ちがいますよ!なんでこういうときにクッソ鈍感なんですか! ナルシストで天然とかさすがにそれはちょっと引くのでやめてもらえますかー!?」
真っ赤な顔をして恥ずかしそうに怒る富永。
…前言撤回、富永に付き合える男がいないなんて思ったのは、うそだ。
「だっ、だって誰でもクリスマスに二人っきりだとか、本題が何にしろそりゃあ期待しちゃうじゃないですか…」
「…ですよ、ね」
「先輩の内面しか見てない人なんかよりも、私もほうがずっとって思うじゃないですか」
「富永、それってさー俺が思ってるのであってるの?
ここまで言われて何も気づかない男はさすがに天然にもほどがあるとおもうんだけど」
「…お、おもい女だと思いましたよね。先輩の中の私って、いつも強気でちょっと毒舌が入っていて、あっさりとしてますもんね」
なんだろう。今すごく富永を抱きしめてやりたい。
今目の前にいる彼女は今まで出会ってきた女の子の中で百万倍はかわいい。それから、今までの富永の優しさを本物だと思って受け止めていた自分を殴りたい。
「いい加減察しろよこの野郎って何百回思えば気が済むんですか」
「…だよな」
気づいたら、富永の背中に手をまわしていた。初めて触れた。彼女の身体は華奢で小さくて細くて、なんていうか性格と似つかずだった。今まで気づいてやれなくて本当ごめん、でもわかりずれえよ。
だって富永、嘘隠すの上手すぎだろ。俺が彼女ができてキスしたって無駄な報告したとき、お前どんな顔してたと思うよ。女優になれるんじゃないかって思うくらい「リア充禿げろですよね、まあおめでとうございます」って面白ろおかしそうに、俺よりも楽しそうに笑ってたじゃんか。
俺もバカだけど、富永もちょっとバカだ。
「こういうこと、待ってても言葉にしなきゃ伝わんないだろ」
「…ひっく、そ、それは、何かこうていせざるお゛えまぜんけ゛ど」
「好きだよ富永。俺と、つきあってください」
はい、と小さく涙声で囁く彼女がなんだかとても愛しくなって、抱きしめる力を強くした。くるしいんですけど、と恥ずかしそうに抵抗してくる富永を無視しながら、この心地良さに目を閉じた。
目を閉じる一瞬前にさっきのふたりぼっちの星が視界の端に浮かんだ。
それはまるで俺と富永を祝福してくれてるみたいだった。幸せな、聖なる夜だ。
星の流れに呼吸を寄せて
( 富永さあ、来年のクリスマスで何が欲しいの? )
( うーん、とりあえず○○のブランドのバッグとか、△△の有名パティスリーのホールケーキとか、あーあと××のなかなか手に入れずらいライブチケットとか、あと )
( 彼氏の財布の中身の負担考えてからもの言おうね? )
20131216 名々
thanks メルヘン