雑誌に掲載された、その1部を見た彼女。

「…っ、」

ばさり、と雑誌を床に落とし、両手で口元を覆ったその手に滴る雫。
言葉を失い、もうなにも話す事は出来なかった。周りで心配そうに見つめる人達の声にも反応出来ない。


(な、にこれ――――――――――――――――……)


また込み上げてくる涙をもう零したくはない。
だって、だって、・・・



手放したのは、私なのに。彼との関係が崩れるのが怖くて、怖くて仕方なくて・・・諦めて手放したのは私の方なのに。

「彼と私は釣り合わない」とか言って、結局は自分に自信がなかっただけじゃないか。
「もうアドレス消して」とか言って、彼の声を電話越しで聞くと、会いたくて仕方なくなって、抑えの効かない自分になるのが怖かっただけじゃないか。
そんな理由で彼を手放してしまった私は、本当に大馬鹿だ。彼に、―――――――
数秒の時間がたち、呼吸を整えてから、涙を拭った。


「ちょ、何処いくのっ!?」

駆け出そうとした時に聞こえた先輩の声を無視し、私は無我夢中に彼の元へと向かった。






その雑誌インタビューにあった文字、それは――――――――――――









「…だめ、だめだめだめだめ……、これ以上見たらわたし泣いちゃうと思う、うん」
首を思いきり横に振り、あ゛ーと濁音つきの声をあげる。そんな声は、この場所は本当に響いていて。誰かが聞いていたら少し恥ずかしい。
机に顔を突っ伏して数秒。そのあとだらだらとした姿勢で、ほんの少し横を見る。誰もいなくて、ちょっと安心。

「(・・・誰もいない図書室っていいなー)」
こんな事、図書委員のわたしがいうのはどうなんだろう、って内心思ったけど。静かな図書室が嫌いでないのは確かである。



―――早乙女真優(さおとめまひろ)。特別悪く、特別良い訳でもない、平凡な学校に入った高校2年生。
もっといい高校に行ってほしいとお母さんは言ったが、正直、私の学力で頑張れるような最高な所は、ここしかなかったのだ。
だからいっぱい勉強もした。馬鹿なわたしが受かった時は、喜んでくれる人もいた。
別にわたしはこの学校が嫌いじゃないし、友達もすごく優しくて大好きだ。そんな時間を過ごせるわたしは幸せだな、と思った。成績が悪くても、友達はいて。それでもって、わたしは本を読む事がとても好きだ。
この冒頭から突然始まったのは、わたしが読んでいた小説のラストシーンだった。どんなジャンルの方も読むが、総合的にはこれが一番好き。
でも、やっぱりどうしても何故かこのラストが読めない。いや、読んだ事は1度あったんだけど、何度も読む事が出来ない。
初めてみた時は感動して涙が出た。すごく、泣いた。ぽろぽろと、溢れ出た涙が止まらないほどに、わたしの頬を濡らした。
だからか分からないが、もう1度見たらまた泣いてしまいそうだった。こんな学校の図書室で、わたしが泣いているなんて可笑しいだろう。


「また家に帰って読み返してみようかな…」

手に持っていた本を机に置き、ぱちんと自分の頬を叩いた。あまり図書室に通う人はいないから、図書委員の仕事は何かと楽。図書室を独り占め出来る時もあるし、宿題を静かな場所で出来る。私の、安らぎの場だった。
それに、ちょうどいま誰もいないんだし、わたしにはやらなくてはいけないことがあるではないか…!

早速、バッグから便箋と筆箱を取り出し、机の上に乱雑に並べた。なんとなく紙に書こうと言葉を思い浮かべようとするが、全然思いつかない。
駄目だ。全然書けない。始まって5秒で挫折したわたし。なんて馬鹿なんだろう。むかつく自分。

「あもう書けないようわああああ…!」

思い切り腕を振り上げたと同時に、大きな声で叫ぶ。あまりの出来なさに呆れた自分もいたけど、それよりこの自分の頭の残念さというのにも悲しくなってしまった。馬鹿すぎて、ほんと、もう・・・
うわあああもう泣きたいくらいだけど…泣いてたってこれは進まないのはさすがの私には分かる。もう諦めたわたしは、また机に顔を突っ伏した
ちらり、真横にある本に手を伸ばしたりして。めくってみたりして。でも結局はラストが見れないというオチ。なによこれ、何回目だっつーの。

…ん、やばい――――――眠くなってきた……
そんなふうにうとうとしていると、突然肩を叩かれる。



「あのさ、借りたい本があるんだけど」
「あっ、はい」

その声のする方へ、顔を向ければ、必然的にぱっとその姿が見えた。男の人、だ。すらりとした細い体系で、足がすごく長いから相当顔を上げなくては顔が見えなかった。
シャープな輪郭に、きりっとした眉。何もかも見据えているような瞳は、合わせるのがなんだか照れくさい。染めたような綺麗な茶髪のくせっ毛が、また愛らしいような気もして。


「この本借りたいんだけど。あんた図書委員でしょ?」
「はい、そうです」

その人の容姿をなぜだがずっと見てしまっていて、体が動かない状態だった。すると、おいとまた声を発せられ、急いで受付へと走る。
なんだか冷ややかな視線を浴びているような気もするのだが、無視しておこう。無視だ。これですね、とその人が持っていた本を受け取る。
本とカードのバーコードを打ち込み、ちゃんと借りられているか、ほかに何か借りていないかを確認する。どうやら、借りている本はないようだ。

その画面にある、名前も少し見てみる。


「あさひな――――、なつめ?」
「え、呼んだ?」

っ!やばい…口に出てしまった…!!!!どうしよどうしよ…すごい見られてるのだがああああああ汗もやばい!!!!!!!!!!


「や、違くてその…ここに名前書いてあってその…、」
「早乙女真優、でしょ?」
「…え」
「え、って。自分の名前忘れたわけ?早乙女真優ちゃん」

ゆっくりと口角をあげて微笑んだ顔は、何か知っているような。でもただ無邪気に笑っているような。
うまく感情が読み取れないその顔は、ちょっと苦手だ。


「なんで知って…、」

そこまでいうと、その人はわたしが座っていた席まで移動し、先ほどまで読んでいた本を手にとった。

「そういえばさ、この本って萌波千井香(もなみちいか)の作品だよね?しかも『Regret』か…」

その名前に、わたしは異常に反応する。

「えっ、朝夷さんも知ってるんですか!?」

朝夷さんの所まで駆け寄り、その瞳をじっと見つめた。まさか自分と好きなものが同じ人がいるなんて…こんな事滅多にないから、すごく嬉しかった。
首を縦に動かして、この人好きなんだよね、と本を眺めながらつぶやくように言った。


「ほら、高校生作家ってのでしょ?」
「そうですそうです!そっか…朝夷さんも知ってるんですか…」
「……え、なんで?」
「へっ!?」

あ、わたしまたなんか嫌そうな顔しちゃったのかな…

「この作家さん好きって人あまり身近にいなくて…いや、だからってこの人が人気じゃないとかそういうんじゃないですけどっ!なんていうか…わたし友達少ないので」

へらり、笑ってみせた。
でも、確かにわたしは友達が少ないし、その少ない友達の中にこの作家さんが好き、って人がいなかった。
だから、なんだか朝夷さんがこの作家さん好きって言ってくれて、すごく嬉しかったし。なんか、親近感が湧いた、っていうか。
萌波先生の事好きって人滅多にいないし、あまり出会えないかもしれないこんな方を見逃すわけにはいかない…!この人に話してみようかな。




「あっ、朝夷さん!」
「(声裏返った…)」
「私の…話しを聞いてもらえないでしょうか!」
「………」

目を丸くさせ、「この子何言ってるんだろう」と声を出さなくとも分かる表情で、私の事を見ている。でもそんなの想定内。

「お願いします!」

頭を膝につくくらい深く下げ、精一杯の誠意を込めた。


数秒の静かな空間が続いた。もうさすがに諦めよう。そう思った瞬間に、


「うん、いいよ」
「っ!」

その言葉に思い切り頭を上げ、朝夷さんの顔を見た。笑っている訳でもなく。怒っているようでもなく。嫌そうな顔してるわけでもない。
そんな無表情にも似た表情を浮かべている朝夷さんの顔を、わたしは満面の笑みと輝いた瞳で見つめた。

「え、話しを聞くだけでいいんでしょ?」

笑ってくれた朝夷さんの顔は、とても綺麗だった。




2人とも席につき、私が話し出すのを朝夷さんが待つ。


―――ゆっくりと、口を開く。











「ファンレターを、書きたいんです…っ!」




◇ ◆ ◇




「…ファンレター?」
「えっとだから、萌波千井香さんにファンレターを送ろうって思ってるんですけど、内容が全然思いつかなくて…!」

こんな頼み迷惑だってわかってる。だけど、どうしても誰かに話をしたかった。正直、くだらない頼みすぎて呆れてる朝夷さんの表情が浮かんでくるから、ぎゅっと目を瞑っている。

そうでもしなければ、途中で諦めて折れてしまいそうだったから。


「……話って、そういう事な訳?」
「そっ、そそそそそそうです!」
「(…噛みすぎだろ)」
「それであの、朝夷さんがもし萌波先生にファンレター送るとしたらどんな感じのこと書くか、とか聞いてみたくて…!」

勇気を出して、ちらりと朝夷さんの顔を見た。その時見えたのは、少しだけ口角を上げ、目を細めて。喜んでいるようにも見えた…ような気もしたけど、これは幻覚だろう。


「ええ、俺がファンレターを送ったとしたら、かあ…」

顎に手を添え、うーんと唸る。うまく思いつかないのか、椅子に座って足や腕を組んで、なんだか眉根に寄せて。こんなに悩んでくれるのこの方。
わたしもきっと、周りからみたらこんな険しい顔して悩んでるんだろうなあ。
でもどれだけ悩んでもどうやって書いたらいいか全く分かんなくて。ファンレターを書こうって思ったのは高校1年の春だったから、もう1年くらい悩んでる。
その1年の間に必死に考えたけど、結論も出ず。ペンを持って、便箋に向かって書こうとしたけど挫折。

本当に好きな作家さんだからこそ、下手な手紙は送りたくない。と。


「綺麗に書く必要なんて、ないと思うけどな」
「…え、」

どういう意味なんだろうと思いつつ、次の朝夷さんの言葉に耳をかたむける。




「…なんてね、今の適当に出た言葉だから気にしないで」

ころり、真剣だった表情から突然無邪気な笑顔に戻る。


「ちょっ、途中まで言ったんですから、その続き教えてくださいよ…!」
「だからー違うって言ってるじゃん。間違えたんですよ」
「いやいやいや、あの真剣な表情からそんな風に思えなかったんですけどねえっ!!」

朝夷さんの両肩をつかみ、思い切り前後ろに降る。頭ががくがく揺れている。これで思い出せ!


…何度かそれを繰り返しましたが、結局朝夷さんは何も教えてくれませんでした。


「…ひどい、薄情者…っ!」
「ひどいのはどっちだよ!!今ので首痛めたんだからな!!」

なんなのこの会話…くだらない…っ。この人は結局薄情な人でした。もう6時だし、そろそろ帰ろうと上着を着てバックを肩にかけた。
どうやら朝夷さんも帰るらしく、わたしと同じような行為をした後に、こちらを見て、


「外暗いので、送っていきます」


そう言って、わたしの手を引いた。

嗚呼、なにやってんだよ。わたし。





◇ ◆ ◇





次の日、当番じゃないのだが、一番落ち着く図書館にいたかったわたしは、人気のすくないその場所に足を運んだ。
ひょこり、本棚から覗くように本を読む机をのぞき見た。そこには誰もいない。…あ、朝夷さん来てない――――――――――――あんな言い方して、もう来ないなんてずるすぎる…
もう…あんな人に話していたわたしが馬鹿だったんだ!!!!萌波先生ファンだからって、絶対信じちゃいけない!!!!!!!!!ていうか、2度と会っても話さない!!

そんなわたしの決意は、案外簡単に崩れた。




「ねえ、今日はファンレター書かないの?」
「ひぃっ」

いきなり真後ろから声がして、振り返る。
わたしが悲鳴のような声をあげたからか、そこにいたその人は、怪訝そうに眉を寄せていた。



「…あっ、朝夷さんが何故ここに……!?」
「えー…」

分かんないわけ?と言った後、眉をひそめたその表情で、机へと歩き出す。その後を小走りで追い、朝夷さんの名前を呼んだ。
振り返った朝夷さんは、もう怪訝そうな顔ではなく。悪戯っぽく笑うその顔で、


「自分が話を聞いてほしいって言ったんでしょ?」

そう言って、くすくす笑う。


―――――――――――――――――――あ、




何かが頭の中で弾け、その単語を思わずこぼしそうになってしまった。

「(朝夷さんのこういう顔、嫌いじゃないなー…なんて)」


不覚にも、思ってしまったじゃないか。






◇ ◆ ◇






くるくると得意げにペンを回し、それを口元へ持っていく。

「いやいやだからね、ここ言葉可笑しいでしょ。「好きだから好きです」とか理由になってないから」
「うっ…確かに……」

自分の便箋にかかれた文章を読み返してみれば、確かに文章が可笑しい事に気付く。
…やっぱり、ファンレターって難しいな―――――――
只今、図書館にて朝夷さんとファンレターを書いています。昨日、なぜか話を聞いてくれるだけではなく、色々教えてくれると約束してくださったのですが、言ってくる言葉がとても厳しい。


「ねえ、なんなのそのたらたらした文章」

「漢字違うから、書き直して」

びしばしと注意を入れられ、何度も書き直す。だけど、心が折れる事はなく、もっと頑張ろう。そう思って、必死に書いた。だけど、

「――――――あのさ、萌波先生の作品ちゃんと読んでる?ていうか、本当に好きなわけ?」


んん?聞き捨てならない言葉が頭上から降り注ぎ、カァッと顔が赤くなる。


「わっ、わたしは…文章が可笑しいとかそういう事じゃなくて、好きって気持ちを萌波さんに伝えたいんです…!だから、好き、だから…っ」

言いたいことがまとまっていないくせして、ただひたすらに感情をぶつけたくなった。結局は開き直ったような言い方になってしまう。
恥ずかしくなって顔を突っ伏すと、


「…ふっ、っ……あはははははははっ!」

半泣き状態のわたしを見て、朝夷さんは吹き出したかと思ったら、思い切りお腹を抱えて爆笑していた。

「…うんっ、そうだと思うよ…」

笑いを必死にこらえよう言ったその言葉だけども、まだちょっと笑ってますよ。



「な、なんなんですか…っ!」

「だから、その通りだと思う」
「ファンレターって、綺麗な文を書けばいい訳でも、内容が長ければいいって訳でもない。そこに好きって感情があって、伝えたいっていう素直な気持ちさえあれば、誰にでも書ける。」

結局、そういう事なんじゃない?と言った朝夷さんの顔は、まだ笑ってて。すう、と心の中のもやもやがどこか薄れて、その言葉を素直に受け入れた。
好きって気持ちを、ただ書けばよかったんだ。素直に、書けばよかったんだ。って、そう気づかされてしまった。自分の馬鹿さに、また恥ずかしくなる。

「ありがとうございます…」
「いやいや…。というか、俺からもひとつお話してもいいですか?」
「ん?…はい」
「あのですね。…あー、うーん…」

頭にクエスチョンマークを浮かべて、少し顔を傾けた。言っちゃってもいいかな、なんて。何かわたしに隠し事でもしているようじゃないか。
んー…と数秒唸った後、何か決心したような真剣な表情で、わたしを見る。



「改めまして、朝夷棗です」
「え…いや、もう知ってますけど……」
「はいはい、ちょっと待って。…そして、またの名を、―――――――――――――萌波千井香、といいます」



















「……は?」

「萌波千井香としては初めまして、ですね。早乙女真優さん」














いやいやいやいやいやいやいや…!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!ちょっと待って!!!!!!!!整理させて!!!!!!!!

「一体いきなり何を言い出すんですか!?萌波先生のなりすましですか!?やめてくださいそういう冗談!!!!!!」
「冗談じゃねえっつーの。…でもまあ、そう思うのも無理ないか、うん」

ちょっ、1人で勝手に頷いて解決しないでください!!!!!!!!詳細を、オシエテクダサイ!!!!!!!!!!!
焦りとか謎とか緊張とか…もうよく分かんない感情までが体全体をぐるぐる回って、わたしの混乱を大きくさせてくる。どういう…事!?



「あさひななつめ、のなつめをいじった名前です。パソコンのキーボードに、ローマ英字のほかにひらがなもあるよね。なつめ、を英語で書けばN、A、T、U、M、E」

ろ、ローマ字!?パソコン!?
とりあえず、図書室に調べ用であるパソコンへ走り、ペンと紙を持つ。


「Nは、み。Aは、ち…」

順番に読み上げていく朝夷さんの言っていく言葉は、確かに全部あたっていた。




―――Nは、み。

Aは、ち。
Tは、か。
Uは、な。
Mは、も。
Iは、に。




「っ」
「これをいじると…」

ペンですらすらとその文字を書いていく。それを見れば、だんだんと名前が出来上がってくるのが見えて。




その紙に書いてあったのは、ひらがなをいじった“もなみ ちいか”の文字だった。







「…まさか、そんな―――――――っ」
「いや〜、結構強引につけた名前だからね。気付く人この学校にいるかなーって思ったんだけど、案外いなかったみたいだし」
「……」
「もう“あんな記事”も出るんだし、自分の口から言ったら面白いかなって思ったし…」

その時何処か寂しそうにうつむいた後、またいつもの笑顔に戻り、言った。




「俺の為にファンレター書いてくてる姿を見てて、とっても愛らしかったよ。早乙女さん」



そのニヒルに微笑んだ姿がどうも萌波先生と似つくはずがない。







◇ ◆ ◇






「ねえねえ、この学校にあの高校生作家がいるって記事見た!?」
「見た見た!確か、A組の朝夷棗くんだよね?頭もルックスも良いし…本当かっこいいな〜」
「今度サインもらいに行こうよ!」


次の日学校に来たら、『天才高校生作家 朝夷棗』と大きな新聞記事が、靴箱前に貼り出されていた。
もうこれを見て驚きはしなかったが、本当にあの人なのか…と大きな確信を持たされた。そこに表示されていた写真には、賞状を手に取った朝夷さんの姿があった。
わたしが見た事の無い笑顔で溢れかえっている。きっと、相当嬉しかったのだろう…。とても、大きな賞だった気もするし。
そして、それくらい朝夷さんがすごいんだって事も、改めて実感させられた。「すごいな、かっこいいな」って思うのと裏腹に、なんだかもやもやとした気持ちも残る。


わたしはB組で隣のクラスだった朝夷さんは、まだ見ていない。というか、A組は朝夷さんを見ようと学校中の生徒が集まっているのだから。人で溢れかえったその場所は、わたしは少し苦手。
きっと図書館で会えるだろう。と勝手な希望を残し、その日は授業に集中しようと思った。

けれど、



「全く出来なかったー!!!」

とりあえず、昨日の嘘のような(でも嘘じゃない)出来事は置いておいて、ちゃんと勉強に集中しようと思った。
だって、勉強出来ない馬鹿だから、あの人の嘘だって見破る事が出来なかったんだから…とても、悔しい思いをしてしまった。
その為にも頑張って勉強しよう。そう思ったのに…昨日の事が、頭を抜けてくれなかった。
それに、授業中にも関わらず近くの女の子と朝夷さんの事を話したりしてて、いくら忘れようって思ったって無理だったんだ。言い訳くらい、少しはさせてくれ、なんて。でもそれよりも気になる事が1つあった。


こんな時でさえ、朝夷さんに会いたくなるなんて――――――――――――…この感情に、うまく名前を付ける事が出来ない。
好きとかそういうんじゃない気がする。憧れとか、尊敬っていうのかな、うん。そんな感じの感情があって、その気持ちをどうしていいか分からないから、とりあえず黙って胸にしまっておく。
その感情が腐ってしまうんじゃないだろうか、とか考えたりもしたけど、そんな事ないだろう。感情が腐るなんて…そんな馬鹿な事あるはずないじゃないか。
分かっていても何故か考えてしまう。わたしは本当にどうかしてしまったみたいだった。…もういい、こんな気持ちになってしまうのなら、勉強もしない。どうせ集中出来ないし。
朝夷さんの事も考えない。だってまた、変な感情が生まれてしまうのだから。

どうしてあの時、わたしは相談してしまったんだろう。そんなの、もちろん同じ作家さんが好きだからって理由だけど、その作家さんが朝夷さんだなんて…
ぐるぐるぐるぐる、と頭の中を動き回る変な物体。…どうか、この感情が無い物と化しますように…っ!そんな風に、願いを込めて机に座れば、また現れるその人。


「―――――ねえ、嘘じゃなかったでしょ?」

何故かとても明るい声。というか、別に嘘って思ってた訳じゃないんだけども、ちょっと信じられなかったっていうか…


「…教えてくれなかったのは、ずるい、と思った…」
「普通言わないでしょ。俺実は小説家なんだ〜なんて。そんな風に言う奴いると思う?」
「い、ないと思う…」
「だろうね。次の日の新聞に俺の顔と名前が載る事は知っていたから、この際あんたには言っておこうかなーって。まあ、驚きが半減になってしまうのは残念だけどね〜」

頭の後ろで指を絡めて余裕気にこちらをちらり、と覗き見る。
朝夷さんに振り回されてばかりのわたしは、もう正直疲れていて…反抗する気力すら残ってはいなかった。



「萌波先生の印象ちょっと崩れました」
「あー、それいっちゃう?」

首を少し傾げて、眉尻を下げる。あれ、なんかわたし言っちゃいけないこと言ってしまった感じなの?

「いやでも…朝夷さん自体のイメージは変わらなかったですけど…」
「うわあ早乙女さん最低ー!」

先ほどの表情とはまた一転したように変わって、前のような素直な笑顔になっていた。
まだ出会ったばかりなのに、どうして朝夷さんがわたしの中でこんなに大きな存在になっているんだろう。














それから、朝夷さんを見かけるようになっただけで、話をする事はぱったりと無くなった。図書館にも毎日通い、朝夷さんがいないかどうかも探してみたりしたけど、やっぱりいなくて。
朝夷さんは新聞やテレビにも出てどんどん出て行くのに、わたしはただただそれを見て呆然としているだけだった。あれ、つい最近まで話をしていたのに。一緒に、帰った事もあったのに。
それなのに、朝夷さんが時間を経るたびに遠くなって、手を伸ばしても届かなくなる。
そんな時、ある噂を耳にした。






「…朝夷棗がパクリ作家って…え、なにそれ、ちょっと詳しく聞かせてよ」

昨日までは黄色い声で叫んで噂していた女子達や、「うちのクラスに有名人が出た!」と興奮していた男子達は、ほとんどの人がその噂について話していた。
パクリって…え?私も詳しい事は知らなくて、その噂だけがただただ聞こえてきていたあの朝夷さんがパクリなんてそんな…
こんな所でそんな事考えていたって答えなんて出るはずないのに。わたしってどうしていつもうじうじしてばっかりなのよ。朝夷さんにちゃんと聞かなきゃ分からないのに。


パクリ、というのは。
Regretのラストシーンが、とある作家のラストとそっくりではないかとネットで炎上したらしい。
そこまで似ているわけではないのだが、高校生だから他の作家の影響を受けやすいなどと書かれ、朝夷さんの過去は元ヤンキーや、煙草を吸っているなどくだらないデマも回りだした。

そんなことを書かれ、噂され、きっと朝夷さんは傷ついているだろうと。でも、会ってかける言葉がない。だけど、会いたい。
これで何度目になるだろうと思いながら、図書室へと走った。いるかも分からないけど、いてほしい。いて、話をしっかり聞きたい。

―――図書室のあの場所には、誰かが読み片付けをし忘れた本。適当に置かれたバックと上着。
そして、いくつか椅子をくっつけて、横になって寝ている朝夷さんがいたんだ。





「…か、ぜ……ひきますよ」
「……そしたら看病して」
「……ばか、」

…言いたい事あったはずなのに、うまく言葉にして声を発する事が出来ない。
緊張してがくがく足が震えたり、どうしたらいいか分からなくて朝夷さんの寝ている隣に座ってみたり。


「図書室では、椅子は1人1つです」
「うん、ごめん」

なにわたし、嫌味じゃない。しかも、朝夷さんは謝ったくせにどく気はさらさらないだろう。腕を目元にあて、呼吸をしている。
寝ているわけではないけど、どうやら相当疲れているのか、ぐったりとしている様子。そんな朝夷さんにわたしは声をかけてやれないのか。

と。


「なにしに来たの?」

静かな空気の中で、そう聞こえた朝夷さんの声。
まさか朝夷さんから話しかけてくれるとは思わなかったから、正直すごいびっくりした。


「なにしに、って…」
「同情しに来たの?慰めにきたの?」

「…え、」

でも、それはとてつもなく冷たい言葉だった。


「別に大丈夫、ああいうのよくある事だから。意味もなくパクリだとか言われて、なんだろうねほんと」
「……っ」

うつむき、思い切りスカートの裾を引っ張った。
肩は震えて、涙が出そうになる。

「どうせ表向きは良い人を演じるんだよ。だってさ、ほら、まさか自分の身近に有名人が出たらさ、そりゃ知り合いになりたくはなるでしょ。でもその裏では色々思ってる事あって、生意気だとか上から目線とか。」
「あ、さ…っ」
「違う。よくある話なんだ。だから、早乙女さんは普通でいい。普通に、接してよ」

がたん、と苛立った様子で椅子を蹴飛ばす。

「っ」
「早乙女さん、俺のイメージってなんだった?」
「……え」
「あの時早乙女さん言ったよね。『萌波先生の印象ちょっと崩れました』、って」
「…あ、…あの、」
「嗚呼、そうかって思った。やっぱり最初はみんなそれぞれイメージを抱いていて、自分なりの萌波千井香を想像する」

わたしは何も言えなくて。ただずっと黙っているだけだった。言葉がうまく出てこなかった。これが本当の彼なのだと。

「だけど、もしイメージと違うような人物だったとしたら、きっと早乙女さんは拒絶するでしょ?」

ちがうよ。ちがう。みんな違う人間なんだから、イメージと違って当然なんだよ。それを、わたしは拒絶したりなんてしないよ。
そう、口にしたかった。


「迷惑かけてごめんね。もう図書室にも来ないから、早乙女さんも俺に話しかけないでほしい」

わたしの返事も聞かずに、一方的にそう言ったあと、小さくすすり泣く音をかき消すように椅子を直し、から出て行った。
わたしと朝夷さんって全く違うの?住む世界だって、感覚だって違うから、絶対いつか必ずすれ違うって思ってた。
だけど、わかってたのに、どうしてわたしは朝夷さんに関わってたんだろう。会いたいとか衝動的に思ったり、変な気持ちになったり。どうしてこんなにも、気になってしまうんだろう。





“ だから、この本借りたいんだけど。あんた図書委員でしょ? ”
   ―――この図書室で初めてあった時、とてもぶっきらぼうにそう言って本を借りようとやってきた。


“ 外暗いので、送っていきます ”
   ―――あの時手を引いてくれた朝夷さんの暖かさとぬくもりが、今でも残ってる。


“ だから、その通りだと思う。ファンレターって、綺麗な文を書けばいい訳でも、内容が長ければいいって訳でもない。そこに好きって感情があって、伝えたいっていう素直な気持ちさえあれば、誰にでも書ける ”
   ―――……………



ねえ、朝夷さん、本当だね。それが正解だよね。わたし、何も変わっていなかったね。
そう教えてくれた朝夷さんの言葉、わたし分かってて書けていなかったのかもしれない。




















「萌波ー、ファンレター今日もいっぱい届いてるぞ〜」
「…あ、はい」

どかっ、と大きなダンボールに入った手紙の山が、楽屋の中に置かれ、その音に一瞬驚いた。

「もしかして、まだ実感無いとか?お前はもう高校生作家なんだから堂々としてていいのに…いや、まああのデマが出たのが原因でもあるか」

煙草を片手に、頭をかく。
煙草の匂いが漂う楽屋から、早く出たいと思ったのは言うまでもないだろう。


「あ、の…外で吸ってもらってもいいですかね?」
「え、あ、悪ィ悪ィ。冷たいなーマネージャーなのにさ、俺」

えへへ、と無邪気に気持ち悪く笑うこの人は絶対何も分かっていない。

「(…この人マネージャーとか無いだろほんと)」

はあ、と深い溜息をついて、手に持っていた雑誌を机に置く。
そしてそのマネージャーとやらの元へ歩み、足元にあるファンレターの入ったダンボール箱を見た。

「これ、全部返したいので便箋とか切符とかくれませんかね」
「ぜ、全部!?いやいや、無茶だろ、どれくらいかかると思ってんだよ…」
「いや、今書きます。なんかに集中してたい気分なんで。仕事の時間になったらやめるので」

まだ驚いているマネージャーを上目でちらりと見ながらも、少しだけ口角をあげている様子を見て、いいだろうと箱を持つ。


「今、便箋と切符とってくる!数分かんないから…とりあえずいっぱい!」
「…はい」

元気にまたな!と手を降って、楽屋を出て行った。マネージャーがいなくなった静かな楽屋は、何処かあの場所に似ていて、少し懐かしくなった。
彼女に会わなくなって数ヶ月がたった。俺も仕事やらなんやらで学校に行く時間はほとんど無く、ほとんど毎日見るものといえばマネージャーの顔くらいだろうか。
別に行きたいとも思っていない。もう会わないと決めたし、なによりも。


「(思い切り、傷つけてしまった――――――)」

酷く苦しそうな顔をしていた。あの表情がどうしても忘れられなくて、会ったらまた傷つけてしまいそうで怖くなる。本当は、知られたくなかったんだ、あんな自分。
だからもし、彼女と同じように自分にいろんな気持ちを込めてファンレターを送ってくれた人がいれば、それに答えたい。そう思った。

ファンレターの一番上にあった手紙を、ゆっくりと手に取った。どこの県からだろう、と宛名を見たけど、どうやら書いていないようだ。これじゃあ、返事は返せない。
封筒は白い無地に隅に小さな桜がいくつか咲いている。女の人だろう、こんな綺麗な字。…どこかで、見た事がある宛先には丁寧な文字で俺の名前が書かれている。

試しに、開けてみる。そこには紙が2枚入っていて、とりあえず読みすすめていった。



『  萌波千井香さま


萌波先生の作品を初めてみたとき、好きだって衝動的に思いました。
それは文章の表現だったり、主人公の台詞だったり。場面や物語、どれも綺麗で、感動しました。
ファンレターを書こうと思ったのは高校1年の春でした。それでも、なんて書こうかとか、どうしたら綺麗に書けるだろうかとか、そういう事ばかり考えていて、結局出す事ができずにいました。
そんなとき、ある人に出会ったんです。
その人はわたしに、

“ ファンレターって、綺麗な文を書けばいい訳でも、内容が長ければいいって訳でもない。そこに好きって感情があって、伝えたいっていう素直な気持ちさえあれば、誰にでも書ける ” 

そう言ってくれたんです。
わたしはきっと、自分の人間性と、萌波先生の人間性を気にしていたんだと思います。
わたしは頭も悪いし、特に国語だって苦手で。とても頭がよくて優しい萌波先生にがっかりされてしまうんだろうと思ってて。
すごく怖くて、勇気が出なかった。

でもきっと、それって萌波先生も同じだったんじゃないかなって、そう思ったんです。




ねえ、朝夷さん                         』





「……」

もう、誰かとっくに分かっている。
どうして彼女が――――疑問と、突然自分の名前を呼ばれてどきりとした。この緊張感も。
もう1枚の紙をめくり、

「っ、」




『  好きです、朝夷さん。

ずっと、好きだったんです。朝夷さんの作品も、朝夷さんの言葉も、朝夷さん自身も。
毎日、本当は朝夷さんに会いたくて図書室行ってたんだよ。

わたしは、拒絶なんてしません。本当の朝夷さんは落ち込んでいて辛そうな瞳をするような人で。だから、わたしだって辛かった。
朝夷さんが大好きなんだとただひたすらに伝えたくて、この手紙を書きました。不器用で感情を伝えるのが下手な。そんな朝夷さんが大好きです。


早乙女真優          』







結局、怖がって怯えていたのも自分。彼女から逃げてしまってたのも自分。
そして、あの最後の1文を見た瞬間、







◇ ◆ ◇







「あの噂ってデマって本当?」
「らしいよ。棗くんを憎んだ誰かの仕業だったらしいって、昨日新聞に載ってた」
「そういえば、インタビュー雑誌に棗くんの恋愛エピソードが載ってるって知ってる?」

―――数ヶ月たち、ようやくあのデマ情報が嘘だと誰もが信じた。時間は少しかかってしまったが、朝夷さんの仕事に特に支障はなく、順調に小説の方も売れていた。





だけど、朝夷さんはまだ、この学校に帰ってきていない。















「…涙なんて、出なかったな―――――」

始めは涙がぼろぼろと出てしまうだろうと思っていたのに、今全て読んでみたら、なんだかすっと心の中に入りすぎてしまって涙は出なかった。
あのファンレターを送ってから、テレビや新聞の中でしか会っていない朝夷さん。会いたくて仕方ない気持ちと、ファンレターを読んでくれただろうかとドキドキ緊張している気持ち。
でも、そんな気持ちもそろそろ無くなってしまいそうだ。どうせ、こんな期間がたっているのに帰ってこないという事は、わたしにもう会いたくないという事だろう。




「あ、あのっ」
「へ、」

今日当番のわたし。受付に突っ伏していている所に、リボンの色の違う下級生に声をかけられた。

「ここって、雑誌とか置いてありますか?」
「え…あ、雑誌なら受付で言っていただければ、借りる事は出来ませんが、図書室で読む事はできますよ。あ、ファッション雑誌はありませんけど」
「ほんとですか!えっとじゃあ、今月発売されているcanonって雑誌なんですけど…」
「canon…ああ、ありますあります。ちょっと待っててください」

そんなにこの雑誌が読みたかったのだろうか。
とても笑顔でわくわくしている様子だった。雑誌に何が書いてあるっていうんだろう…


「…この雑誌になんか載ってるんですか?」
「っへ!?あ…萌波千井香先生のインタビューが載ってるらしくて、それで読みたいなって思ってたんですけど、今月お小遣いピンチで」

可愛い無邪気な笑顔で微笑むその子が、とても初々しいというかなんていうか。


「この前ファンレターも送ったんですけど、思ったより早くお返事が返ってきてっ」
「……え、そうだった、んですか…萌波先生って、お返事返してたんですね…」
「ええ、私の友達も返ってきたって喜んでて」

雑誌を渡して、ありがとうございますと深々しく頭を下げたその子。





わたしはまだ、返ってきていない…
そっと下に視線を落とし、どうせわたしも何万人もいる萌波先生のファンの1人なんだろうという、自分の小ささを知った。
たとえわたしのファンレターを見つけたとしても、何処か捨てているに違いない。



「…なによあいつ……むかつくむかつくむかつく!テレビとか新聞とか雑誌に出てるからって浮かれてんじゃないわよ!もう、読んでふざけた感想送ってやるんだから!」

確かもう1冊あったはず、とcanonという雑誌を必死に探す。新刊だし…あ、あった。良かった、どうやら借りられいないようだった。

見出しに大きく「萌波千井香先生に恋愛インタビュー!」と書かれている。そのページまでめくって、順に見ていった。




Q1  初恋はいつですか?
A1  高校1年の、春とかだったかな…高校の入学式だった気がします


Q2  その人に告白はしましたか?
A2  いえ、ただ思っているだけでした。それだけで、満足だった気がします


Q3  あれ、もしかして案外萌波先生って臆病?
A3  はは(笑)そうかもですね



…なんだこのインタビュー記者は。
それは置いといて、もう1度じっくりと見始める。




Q10  忘れられない恋愛はした事ありますか?
A10  初恋がそうかもしれません。結局告白する前に、相手を傷つけて終わってしまいました。それが、今ではとても後悔しています。


Q11  相当好きだったんですね…。その人のどんな所が好きだったんですか?
A11  ……字が綺麗な所とか、ですかね


Q12  …字、ですか?
Q12  はい。彼女の字は、綺麗でまっすぐで…嘘が無いようだった。彼女みたいな字を書きたくて、憧れていた自分もいた気がします。
あとは、一生懸命な所。彼女は、僕にファンレターを送ろうと必死に書いていたんですよ。



「……え、」


Q13  まだその方の事は好きですか?
A13  それは内緒です


Q14  その方のファンレターはどんな内容でしたか?
Q14  僕に素直な気持ちを真っ直ぐぶつけてきてくれた内容でした。それを読んだ途端、自分の中にあった黒い気持ちが晴れたような気分になりました。




もしも、わたしが朝夷棗と出会っていなかったら。きっと、こんな苦しい思いも、辛い思いもしなくてよかったはずなのに。
だけど、わたしはこの高鳴るような鼓動も、暖かい手の感触も、脳に流れる優しい言葉も、全部知らずにいた。だから、彼と出会えたことが死ぬほど嬉しいと、今なら言える。






Q20  最後に、その方に一言お願いします
A20  僕たちが出会ったあの場所で、また会いたいです。待っていてほしいです。







「っ、朝夷さん…っ!」

わたしのファンレター読んでくれたって思ってもいいんですか?このインタビューの人は、わたしでいいんですか?
ねえ、答えてよ、朝夷さん―――――――――



「朝夷さん…っ」
「俺は高校1年の春、本を借りに来たら必死にファンレターを書こうとしていた女の子を見つけた」
「……」

おかしいよ、だって、こんな所に朝夷さんがいるはずがないじゃない。それなのにどうして、わたしの後ろから朝夷さんの声が聞こえるのよ―――――――――――――
もしかしたら違うかもしれない。後ろを向いて確かめたら、消えてしまうかもしれない。そんなことを思い、そのまま黙って後ろを向かずにいる。



「その子は俺に送ろうとしてくれていたらしく、毎日図書室に通って椅子に座り机に向かっていた。気になって、俺も毎日通っていた」
「……」
「たまに俺の小説を手に取り読めば、綺麗に笑ったり、涙を流したりしていて。表情のころころ変わるその子に、知らぬ間に好きになってた」
「……、」
「勇気を出して話しかけようとして、借りたい本があるだなんて言って。それから少し話をしただけで話聞いてほしいとか言われて、すごい子だなあって思った」
「……あ、」

「その子が好きで、ずっと話していたかったから。薄情なやつにだってなったりする」
「あさ、」
「俺も好きだよ、真優」
「っ!」


受付から走って飛び出し、彼に思い切り抱きついた。ねえ、もう怖くないよ。だってさ、萌波千井香であり、朝夷棗は、ここにいるから。


「あさ、ひなさん…っ」
「手紙見たよ。上から目線すぎだ、この馬鹿」
「っ、だって…朝夷さんが素直に書けっていったから、頑張って書いたんじゃないですか…っ!」

久々に耳元で聞く朝夷さんの声。
全身に伝わってくる、この体温。



「わたしだって、インタビュー見た、っ」
「うん、見てたね。真優がファンレターの最後に“あの場所で待ってる”って言ったから直接言いにきたかったんだけど。仕事入ってて行けなかった」
「だからインタビュー記事にあんなの書いたんですか…」
「あんなのって失礼な…ちゃんと気持ち伝わったでしょ?ほら、あの小説のラストみたいじゃない?」




―――――――――――――『Regret』のラストみたい






さっきわたしが読んでいた本。
萌波先生のデビュー作の本。
わたしと朝夷さんが出会うきっかけとなった本。




Regretのラストは、有名人になってしまった元恋人のインタビュー記事に書かれた答えに思いを決意する主人公。そして、改めて告白し、2人は恋人へと戻る。
そのインタビューに書かれていたのは、2人の思い出の場所だったのだ。









「萌波千井香ファンの真優なら気づいてくれると思った」
「若干忘れてました」

おい、と笑ってつっこんでくる朝夷さんは、それと同時に抱きしめる強さを強くした。






「真優、」
「…はい」
「あれ、ファンレターじゃなくて、“ラブレター”っていうんだよ」


そう言って微笑んだ彼に、もう1度好きとつぶやいた。


Regret


「自分の書いた小説のラストが現実になるなんて」
「……」
「すごいこれって、運命だよね」
「……運命とか簡単に口にできちゃうんですかすごいです」
「俺は早乙女さんと出会えた事運命だと思うけど、早乙女さんは違う?」
「っ…ちがわ、ない」

end.
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