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僕は人を好きになったことがない。

きっと、これからもない。

何故なら、好きという感情がわからないから。ただ、それだけ。



「ミハル。日誌まだ書き終わらないのかよ。」

「あ、ごめんね。カイト君もうすぐだから」

僕はカイト君に笑いかけて、字を書くスピードを速めた

早くしないとカイト君の帰宅時間が遅れてしまう

何をしてもどんくさい僕は、毎日毎日飽き飽きした生活をしていた。

出来ない、やらない、したくない。

取り柄がない自分が凄く嫌だった。

……いつも一人だった

”お前顔はいいんだから、もっと頑張ってみろよ”

そんな僕に、カイト君は声をかけてくれた

いつも一人な僕に、優しく声をかけてくれた。


だから、なるべく僕はカイト君に感謝を伝えたいなあって思う

些細なことでもありがとうって言うことに


「ほら、ミハル?また、間違えてるぞ、自分で言ったんだろ。

”ごめんね”じゃなくて」

「…ありがとう。」

でも、やっぱり、感謝を伝えるよりも、謝るほうが簡単で

いっつも謝ってしまう。

そんな僕に嫌々していた。




「それでよー、そこで三坂がシュート決めてさあ」

「へえ…その試合見れなかったからなあ」

いつも通りの少し遅めの帰宅

陽は結構傾いていて、綺麗な夕空が広がっていた

「…なあ、お前。足音に気付いてねえのかよ」

カイト君は急に立ち止まり、長めの髪をゴムで結んだ

急な話に僕は首を傾げる

足音、そりゃ僕等歩いてるんだから足音の一つや二つ聞こえるのって当たり前なような

「そのくらいは、僕だってわかってるよ。

二つじゃなくて三つ聞こえるっていう意味で僕は言ったんだ」

カイト君は、ばっと後ろを向くと、少し暗い道をにらみつけた

「……おい、そこのお前。何の用だよ?」

「……」

道の先をびしっと指差すカイト君

返事は帰ってこなくて、沈黙だけが空気を埋めた


「・・・無視かよ、ミハル行こう。」

あいつ、なんだろうな。ストーカーか?

なんて言いながら僕の腕を強く引っ張った

多分カイト君は優しいから僕を守ろうとしてくれてるんだろうな

腕が痛いななんて言えなくて、黙って着いていった



「じゃあ、僕こっちだから。

また明日な、」

カイト君は腕を離して、十字路を左折した

僕はまた、歩き出した

…僕以外の足音が聞こえる

後ろから誰かが着いてきているんだろう

まあ、きっと、たまたま帰り道が一緒なんだろうな





次の日、学校に行くと、カイト君がサッカーボールを持っても物凄いスピードで走ってきた

そして、机をばんっと叩いて一息つく

「おい、ミハル。昨日のやつ誰かわかったぞ。」

前の席の机に座ったカイト君は得意気に笑った

あんなに暗かったのにカイト君は見えていたと言うの?

目がいいんだな

「お前が、鳥目なだけだよ。

…あいつ、2年B組のナギサってやつらしいぜ。

ストーカーが趣味な悪趣味な女子らしい、ユウキが言ってた」

こえーよなあ、ストーカーが趣味とか、

カイト君は呆れた顔をして、机から降り、僕の隣の席に鞄を置いた

「ナギサちゃんってそんな子じゃないと思うけどなあ…」

ぼそりと呟いた。

カイト君には聞こえてたみたいで、軽く舌打ちして、

「ミハル。僕がいるからいいけどさ。

この世界を、お前みたいに綺麗に見れるやつは少ないんだぞ。少しは汚してみてみろ。

慣れてみろ、この世界に。もしかしたら僕は明日死ぬかもしれないんだし、

そしたら、守ってくれるやつがいなくなる。」


真剣に、僕の目を見てきた。

僕のことを心配してくれる、カイト君がいなくなったら、僕はどうやって生きていくんだろうな。

少し不思議になったけど、僕がこんなこと思ったことに後悔するのは。あと一ヶ月くらい先の話。




「あのー……ナギサちゃん、っている?」

休み時間、珍しく暇な時間が出来たからナギサちゃんに昨日ついてきた子なのか聴いてみることに

「あー、ごめんね。ナギサ今さっきどっか行っちゃったよ?

何か伝言あるなら、言っておこうか」

”ナギサちゃん”という名前を出した瞬間、教室の空気が一瞬かたまった

…気がしたけど、きっと気のせいだと信じてる

(まさか、ナギサちゃんがストーカーって本当なのかな)

とか、思っちゃったけど、そんなことないって。

そう言い聞かせることにした。




「わりーな、ミハル。一人で帰れるか…?」

「うん、大丈夫。ユウキ君も頑張ってきてね!」

「おう、」

僕はユウキ君と、カイト君に手を振った後日誌を描き始めた。

今日のサッカー部は週末の大きな試合のためのミーティングがあるらしい

から、僕は一人で帰ることにした。

正直、一人で帰るのは怖くて、得意分野ではない


「よし、描き終わった。先生今日は机の上に置いておけばいいって言ってたっけ…かえろうっと」

夕闇が、教室を包む

この時間に教室に一人っていうのは好きじゃない。

帰ること以上に苦手かもしれない。

夏なのに、ひんやりしたこの空気。おばけがいるんじゃないか、と思うと自然と歩くスピードがはやくなった


―ぺた・・・ぺたぺた。

僕以外の足音が聞こえる。

振り向くのが怖くて、もっともっと歩くスピードを速めた。

そして、学校から出た


グラウンドからは、女の子の黄色い歓声、男の子の指示の声

安心する人の声がした

―たったったっ…

ふと、足を動かすのを止める

―たっ・・・たっ…

後ろから聞こえてきた足音も止まる

誰かついてきてる…?

いや、学校の中だ、今から帰る人だっているだろう、気のせい気のせい。


僕は再び歩き始めた。




いつもの十字路を真っ直ぐ進もうと思った時だった。

足音が聞こえなくなったと思ってふと後ろを見てみた。

「ひっ…!」

電信柱の後ろのほうに白くゆらゆらする人影が見える

おばけ・・・!?

僕は目を凝らしてみた

「ナギサ・・・ちゃん・・・?」

ぼそりと呟くと、電信柱から少し見えていた影は見えなくなっていた

あれきっとナギサちゃんだ。

・・・やっぱり、ついてきてたのかな

いや、帰り道が一緒なだけだよね、気付かない振りしておこう。





「ミハルー昨日は大丈夫だったか?」

運動するとき、本気になるときに結ぶ髪を解きながら僕の前にきた

「うん。大丈夫だったよ?カイト君の気のせいだって。」

「…気のせいなんかじゃねえ、よ。絶対お前狙われてる」

「そうかな、」

「そうだよ、」

「…そういうことにしておくね」

このまま話していても、きっとカイト君は自分の考えを曲げようとしないだろう

そういうことにしておく、そう言ったら満足した顔で隣に座ってくれた。

カイト君が隣でいるだけで、僕は安心する。だから、心配なんてしなくても大丈夫なんだよ。




「あのー、今日もごめんね。ナギサちゃんは…」


「私ですけど。何か。」

ナギサちゃんは廊下側の一番前の席だった。

僕が呼んだ瞬間すぐに気付いてくれて、耳はいいんだろうなあと思う

…難しそうな本読んでる

「あの、早く用件いってもらっても?」

「あ、そうだ。ねえ、ナギサちゃん

君、僕のこと追いかけてくるよね?」

「えぇ、それが趣味ですからね。何か問題でも」

「ねえ、僕と一緒に帰ってみない?」

「すみません、人と関わるの、得意じゃないんです。

あ、ミハルサンいつもお世話になってます」

僕は言葉を失った

この子、本当に趣味で僕の後についてきてたんだ。

ナギサちゃんは難しそうな分厚そうな本を持って、真横を通り過ぎた。

僕に小さな箱を押し付けて。





僕は、毎日毎日、ナギサちゃんと目が合うと小さな箱を押し付けられるようになった。

中身は色々、可愛らしい香水の日もあれば、おいしそうなクッキーの日もある。

そして、毎日毎日僕の後ろを着いてきていた。

カイト君がいても、いなくてもいつものことになっていた。

気付けば、三ヶ月も経っていた。


「なあ、ミハル?そろそろ止めて貰えよ。」

僕は今日も貰った小さな箱を壊さないように手で持ちカイト君の隣を歩いていた。

その時、急にカイト君は小さくつぶやいた 。

「うーん…そうしてもらいたいんだけど。なんというか慣れちゃったというか…

ナギサちゃんが後ろにいないとしっくりこないんだよね…」

僕が笑うと、カイト君は呆れながら笑った

”お前、変なヤツだよなあ。それでも僕の友達なことには変わりないけどさ”


…それに、あの子が後ろにいると、僕心臓がつぶれちゃいそうなくらいドキドキするんだ。

まさか、好きとかいう感情じゃないよね?

カイト君に言おうと思った言葉をなぜか飲み込んでしまった。






「じゃあ、試合頑張ってね。ユウキ君カイト君。」

今日は僕の学校のサッカー部と、隣の学校の練習試合だった

見に来ないか、ときかれたけどサッカーのルールはわからないので、断った

それに、ナギサちゃんを一緒に帰らないか誘いたかったし


「あぁ、お前も気をつけて帰れよ?

よし、ユウキ行くぞ!」

ぱんぱんっとほっぺたを叩くと、カイト君たちは走って、グラウンドに向かった


よし、僕も頑張るぞ、と呟いて校門から出た。

一緒に帰ってくれますように。




「ナギサ、ちゃん。」

いつもの十字路で振り向いた

後ろにはいつもと同じの真顔なナギサちゃんが


「一緒に帰れないの?」

「言っているでしょう?私は趣味で貴方を追いかけているだけです。

一緒に帰る気などありませんよ。」

ナギサちゃんは鼻で笑うと僕をじっと見てきた

・・・ナギサちゃんは僕のことが嫌いなの…?

「さあ。私、恋愛感情というものを持っていませんので好きも嫌いもありませんよ。

ミハルサンは、私のことが好きなんですか?」

ナギサちゃんの視線が痛かった

こいつ、何考えてんのっていう目で僕を見てくる。

「…うん、ずっとうん…ずっと、後ろで歩いてくる君が
なんだか好きになっちゃったみたい

変だよね、わかってる。

僕も好きって気持ち知らないんだ

でも、君を見てると何かドキドキするんだ。」

きっと、これが好きってことだよね?

「私、独占欲強いんで、人を愛しちゃいけないんですよ。」

「でも、好きになるのはいいことだって、僕は聞いたことがあるよ?」

僕が笑うと、ナギサちゃんは鼻で笑い返してきた


「愛など、いらないものです。

邪魔じゃないですか、よく漫画で愛がなくちゃいけないだの、恋する乙女は強いだの、なんだの

聞きますけど、私はこの言葉のほうがしっくりきますね

人間は生まれるのも死ぬのもひとり。愛と友情によってほんのつかの間『自分はひとりではない』という幻想を抱くだけだ

という、オーソン・ウェルズ、映画監督や脚本家をしている人の言葉があります。

”愛”という感情の話ですけど、”恋”でも変わらないんじゃないんですか」

誰かの格言をいい、そして分厚い本を開いた

貴方と私は根本的に何かが違う。

ナギサちゃんはそう吐き捨てた

「でも、ナギサちゃんは僕にプレゼントしてくれた」

「いらないから、押し付けただけですよ。

貴方みたいな純粋君は優しい言葉をかけておけば勘違いする。

だから、適当に言って貴方に押し付けたんですよ。

勘違いしないでくださいね。

私は貴方をすきになるなんてありえませんから。」

人間観察ほど、楽しいものはありませんよ。

ナギサちゃんはそれだけ言って僕の前に出た

もう僕には興味がないのだろう。

きっとそうだ。

こんなこと言うやつはつまらない、そういうことを言いたいんだろう



「…落ち込んでるミハルサンにアドバイス。

“希望は最悪の災いだ。苦しみを長引かせるのだから”(ドイツの哲学者ドリッヒ・ニーチェ)

この言葉、私大好きなんです。貴方も覚えてみればいかがですか。

…今までありがとうございました」

彼女は初めて見せる笑顔を見せてくれた。





人を好きになったことがない。

これからも一生ない。

なぜなら、好きと言う感情がわからないから。ただ、それだけ。


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