「…あっれ、可笑しいな」

「可笑しいのは何時もの事だ。つまり通常運転。問題無し」

あれ、何だかもの凄く貶された気がするのは気の所為かな。気の所為だよね、え?

「で、でもでも!昨日は玲(れい)君の手は借りなかったです!」

「昨日は休日」

「…あ」

ということは…、ああ、やっぱり駄目なのか。

「ちゃんと結べる夢を見たんだけどな…」

「所詮夢だってことだ。ほら、さっさと学校行くぞ」

「だからまだ結べてな…って、あれ」

煩いから結んでおいてやった、とか言って玲君が笑った。

「…イチコロだな」

「は?」

うん、この笑顔ならほとんどの女性が虜になるんじゃないのかね。全員ではないけれど。だって私はもう慣れた。

ついでに私がネクタイを結べずにわたわたして最終的に玲君に結んでもらうなんてそんなのも日常茶飯事なのである。HAHAHAHAHA。

なんか目から汁が出てきた。ふふふ。

「…着いたぞ」

あれ、もうか。

玲君になんか白い目で見られてるんだけど。何故。


「おはよー!」

「おはよ、莉衣(りい)ちゃん」

教室についてみれば、ぱたぱたと可愛らしい足音を立ててやってきた莉衣ちゃん。

「はいっ、これ!」

「…え、うん?ありがとう?」

満面の笑みで手渡されたそれはもしかしなくても、

「ちょこれーと…?」

「…?うん」

何か可笑しい事でもあるのかと言いたげな彼女。…あ。

「今日はバレンタインデーか」

「……忘れてたの?」

「よく覚えてたよね」

さらっと切り替えしてみれば、乙女の何ちゃらかんちゃらだと叫んできた。

「私は乙女じゃなくて女子だから」

「…そういう問題じゃないよ」

仮にもあんたは生徒会メンバーでしょうが、とか言われましても、ねえ?

生徒会だからって何でも知ってると思ったら大間違いなのだよ。

私副会長だから。

一人一人ちゃんと仕事がある他とは違って私補佐だから。

今日の放送もきっと生徒会長である荻原先輩がやるのだろう。

「深愛(みう)ちゃん、はいっ」

「あ、うちからもー!」

続々と私に手渡されて行く可愛らしくラッピングされた袋達。

「皆生徒会役員によく堂々と渡せるね」

「賄賂みたいなもんよ」

「なるほど」

私は別に持ってきている人がいないかチェックしたりする役目を担っているわけではないから別に良いのだけれど。

「それだけじゃないよー、私たちは友達だと思ってるもの!」

「あ、りがとう…」

そういうのって正直困るのだ。

このクラスの人達は悪い人じゃないのとかわかっているけど。

いや、別にそんな悲劇のヒロインみたいなことを言いたいのではなくただ単に。

……反応に困る。

「かーわいー、照れちゃって」

「照れてない」

む、と顔を上げて反抗すれば、さらに笑われてしまった。何故。

「じゃあ、全部ホワイトデーに返すから」

十五個くらいあれば足りるかな…。

「お前は男子か」

「今日持ってきてないし考えてなかったから」

「…はぁ」

「別に男子になってもいいけどね」

「そしたらあたしが婿に貰うね」

「それを言うなら私が莉衣ちゃんを嫁に貰うって言う方が一般的じゃ、」

ない?と言おうとしたのにいきなりぐいっととを引っ張られてしまいそれは叶わなかった。

「俺が貰う」

手を引っ張った主は玲君だったらしい。

クラスの女子と数名の男子がキャーキャーと騒ぎ出す。え、ちょ、待って。

「………私そんな趣味ない」

「「………」」

ぽつりと呟いたそれは案外良く通ったらしく、一斉に教室から音が消えた。…うん?

「だああ、もうちょっと深愛は照れるとかしないのー?」

がっくり、項垂れる莉衣ちゃん。

「薔薇ができることのどこに照れる要素がむごっ」

ふがふが、と抵抗してみたものの、そのでかい手は離れない。

今日はいきなりが多いですね玲君!

「公衆の面前で薔薇とか言うんじゃない」

「玲君でしょう先に言ったのは」

むご、と所々に入れながらもなんとか言い切る。頑張った私。

それにこれ読んでる人多分いきなり薔薇とか言われても意味わかってないと思うんだ。何で花が出てくるのみたいなね!

「……はあ」

もの凄い溜息吐かれたんだけどどうして。

「おいお前ら席着けー」

来ましたはい担任来ましたよー。

がたがた、と机の音が響く。

手がやっと離れた。あああもう心臓バクバク言ってた気がする。

顔は赤くなってないよね多分うん。

「じゃーHR始めっぞー」

つらつらと今日の連絡事項について話す教師通称かっちゃん。本名は勝山 啓(かつやま けい)だ。

「おー、今日は全員いるな」

最近はインフルとかで休む人がぽつぽつ出てきていたが、どうやらその波も収まってきたらしい。

しかしマスクをしている人が多いのは花粉か念の為か。

それにしても。

「チョコ、ねえ…」

トリュフでいいかなあ。ていうか生徒会役員が持ってくるってどうなんだろ。ばれなきゃいっか。

* * *

時って過ぎるの早いですよね、だなんて、いるかもわからない誰かに話しかけるように言ってみた。

まあ私が言いたいのはつまりもう明日にはホワイトデーですねーって事です。

今回は忘れなかったですよ。材料の準備は万端です。

ついでにもらった人のリストも作成しました。

まあつまり後は作ればいいねーって事です。

だけど、うん。

男子のはどうしようかなあっていう。

バレンタインデーに渡すっていうならいっそ全員分作ろうとかなるわけだけどホワイトデーですからね。

まさかバレンタインに男子に貰うとかないですし。はい。

…取り敢えず、いつもお世話になってる玲君には作っておこう。

幼馴染だし別に変じゃないよね…?

ま、周りと同じ包装にしておけば!問題ないと!

私には本命を渡すだなんて勇気は欠片もないのですチキンハート…。

「おっし、作ろう!」

ぐっと拳を握って立ち上がる。

「うぎゃっ」

咄嗟に立ち上がりすぎて立ちくらみ。わりと辛いです。

「えー、と。あったあった」

遥か昔にトリュフを作っていた記憶は間違いではなかったらしい。

引き出しの奥の方にレシピを発見した。

早速作り始めましょうか!!

* * *

「……おはよう」

「…ハァ」

やらかした。寝坊しました。思いっきりやらかしました。

昨日遅くまでやってたのがやっぱりダメだったらしい。

昨日っていうか最早今日だったような気さえする。やばい。

「早くこっち来い」

ドアを開けてうなだれていたら、ちょいちょい、と玲君が手招きしてきた。

「あい……」

今の時刻はなんてことでしょう昼休み。

一体全体どんだけ寝てたの私は。

玲君がピシッとネクタイを結び直してくれて、漸く席に座る。

「おっはよー」

あちらこちらから聞こえてくる声。おそようとか混ざってるけどめげないよ私。

「…!」

カバンを机の横にかけようとしたところで気づいた。チョコ渡すんだった。

良かった寝ぼけていたとはいえ忘れてなかった。ちゃんと持ってきた。

これで忘れてたら今すぐ家に戻るくらいには後悔する。

「はい、」

とりあえず隣にいる人に渡す。

「お?!ありがとう?!」

なんでそこに疑問符をつけるのか。私の料理が食べられないってのかおい。

ぺし、と前の人にも袋で頭を叩いて渡す。一回で気づいてくれてありがとうごめんね。

とまあそんな感じで適当に誰に渡したか忘れない程度にはばしばしと渡していく。

「…ひゃい」

「………」

………うん?

「……はい」

「いや、何事もなかったかのように言い直しても駄目だからな、」

「許してよ」

見事に噛んだ。何で噛んだの。ここで噛むの私。

玲君の席が一番後ろの真ん中らへんだったこともあり、一番最後に渡した。

最後ってなんか緊張するよね。あれしない?

どっちにしても玲君に渡すとかわりと緊張するんだけどね。

「ていうか、なんでこれだけ箱なの」

……。

…………?

「……あれ?」

「え、気づいてなかったのまさか」

あれ、あれ、え、あれ?

私最初に周りと同じにしようって思って、同じにしたと思ってて、同じにしてなかった?は?ちょっとわけわかんないね?

「…気づいてなかったデスネ」

ウワアアアなんかすごい変な感じじゃん!!本当にわざとじゃないんです!!多分ちょっと手が反抗期起こしちゃったっていうか手が反抗期ってなんだよイタい奴じゃん!!

…うん、どうしよう。

「……ハァ、お前はなあ……」

ガタリ、席を立った玲君はカバンを持って何かを取り出し、取り出した…?

「…はい」

ピンクの小箱のラッピングとかこれはとってもおとめんってやつですかね…?!

「え、あ、私?ありがとう?」

私?じゃないでしょ目の前に出されてるんだから私だろ!

自分で今日突っ込みすぎだ…なんなんだ……。

「…お前と同じだと思ってたんだけど…」

「うん?」

ONAZI?

ちょっと待ってこのテンションどうにかしよ私。

「俺、深愛のこと好きなんだけど」

おなんじーな?違うねごめんなさい。

「………」

ていうかなんか今玲君なんか言った?」

ちょっと待って。待つんだ私。

ついでに周りの視線が痛い。これは…ピンチだ。

「…えーっと……」

とりあえず何か喋ろうと口を開いたはいいんだけど、本気でなんか重要なことっぽかったよね。

ちょっと思い出してみようか。

俺…俺?

俺、ミウノコトスキナンダケド?

…………ん?

「え、と、あの、……え?」

握りしめた手が汗ばむ。ついでに紙袋がぐしゃりと音を立てる。

「わんもあぷりーず……?」

「………」

はぁぁぁぁ、と周りのみんながため息をつく。ちょ、いや、ちょっとぼーっとしてたのは悪かったけどそんなに見つめなくても…体に穴が空きますよ?

「…っだから、深愛のことが!好き!ちゃんと聞いとけよお前!!」

「………ごめんなさい」

…ん?

なんか一瞬にして空気が固ま、った。

「え、あ、いや、その、ちゃんと聞いてなかったのは悪かったと思うけどそんな静まりかえられたらびびるんだけどあの、」

「深愛ちゃん!!なんか違うから!それ絶対勘違いだからね?!」

「…え?」

莉衣ちゃんが全力で大声で叫んだ。なになになに。

「深愛ちゃんが言ったのは聞いてなかったから『ごめんなさい』って言ったのでよかったんだよね?」

「…そうだけど?」

はぁぁぁぁ、またしても周りから溜息溜め息ため息。幸せ逃げちゃうよ、全く。

「玲様の告白を断ったごめんなさいじゃないんだよね?!」

玲君って何でみんなに様つけられてるんだかいつも不思議。いや確かに美形だけど。

「…え、あ、うん?」

そうだそういえばこく、こ、こくは、あ……。

「え、何今頃理解したの?!なんなのこの子!!」

天然も度を超えるとこんなことになるのね!とかなんとか叫ばれても、いや、ちょっと現実逃避してただけなんですはい。

ぶわあああ、と顔が赤らむのがわかった。顔が熱い。

「で、返事は?!」

莉衣ちゃんなんか今日めっちゃ迫ってくるね…じゃなくて。

「は、ハイ…え、っと、よろしくお願いします……?」

最早原型をとどめていない紙袋を更に押しつぶして、玲君の視線から逃げる。

「……ったく」

「…?!」

小さな玲君の呟きが聞こえた、と思ったら瞬間、は、え、ん?

顔が一気に近づいてきてその、所謂、え、うん!気のせいかなやっぱり!あはははは!

ところで周りの人そんなに騒がないで欲しいかなっていうか!さらに顔赤くなった気しかしなくてもう!!

「…ふ、」

「笑うな!」

く、と口元に手を添えてても玲君笑ってんの丸見えですけど?!

いやだってあのまさか公衆の面前で、き、き、きききき、き、あの、あれするとは思いませんでしたし!!

なんかもう、これから嫌な予感しかしないや……。

曖昧な片鱗 fin.
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