誰にでも一年に一度訪れる誕生日。
それは僕には、嫌な日でしかなかったんだ。

九月半ば。だんだんと紅葉も色づいて、肌寒くなってきた。

「お誕生日、おめでとう!」

休み時間、耳を劈くような女子達の甲高い声が、幾重にも重なる。

女子は友達の誕生日とか、そういうイベントが好きで、心から祝ってもいないのに建前だけは立派なもんだ。

「わぁ…ありがとう!嬉しい!」

わざとらしく声をあげたりしてみせて。

ほんとは大して嬉しくもないくせに。
ほらその証拠に。
もらったプレゼントを、ゴミでも捨てるかの如くガサツに一つの袋へ放り込んで行く。

そしてチャイムがなった瞬間、周りを取り巻く女子が散った瞬間に、張り付いたような笑顔をキレイに剥がすんだ。

「これだから女子は怖い」

ぽつり、と誰にも聞こえないように、小さく声を漏らす。

芦川裕也14歳。嫌いなものは他人と誕生日。好きなものは人がチラリとみせる醜い本性。
そんな捻くれた僕にも、大嫌いな誕生日はやってくる。

人は皆、誕生日は素敵なもので、生まれてきたことに感謝する日だとか、おめでたい考えを持っている。

でもそんなことない。
こんな欲望や煩悩ばかりが渦巻く汚い世界に勝手に放り出されて、聞きたくもない道徳論を諭されて、人として生きることを強要される。
そんな人生の始まりの日に、感謝なんてできるはずもなく

今まで誰にも誕生日を祝われたこともなく、つまらない人生を送ってきたわけだ。

そんな僕の人生、人がみたら「さみしい」だとか「悲しい」だとか、同情のような言葉を投げてくるに違いない。

でも
「これが僕の生き方なんだよ」



全く無意義な授業が終わって、今日もつまらなく、空虚な一日が終わる。

「ねえ、芦川くん」

帰ろうとドアに手をかけた僕の背後から、聞きなれない声がとんでくる。

振り返ると目にはいる、深い茶色の髪に人を見透かすようなイヤな目を持った一人の女。
こいつは確か学級委員とかをやってる、本郷南。いつも周りに人が絶えない人気者で。

(そんな人気者が、僕になんの用だよ)

そんな嫌味をこめて

「何?」と返すと、意味もなく笑う彼女。

「はは、話すの始めてだね!芦川くんいつも一人でいるから話しかけづらくて…」

「なんのようなの?」
「ペラペラと聞いてもいない事を話す奴は嫌いだ。早く本題にはいれよ。」

「…あ、ごめん、ね」

ほら。ちょっとつらく当たっただけでそんな泣きそうになる。

本当に人は面倒だ。だから関わりたくないんだよ

もう帰ると思ったのに、また飛んでくる彼女の声。

「あの、さ、芦川くん、もうすぐ
誕生日、だよね」

”誕生日” 一番聞きたくなかったワード。

「なんで知ってるんだよ」

自分でも意識していないうちに低くなる声。

「あ、の。新学期のはじめに書いた自己紹介の紙に書いてあったから…」

「…」

たしかに、そんなもの書いた気がする。でもあの紙は五月には剥がされたはずだ。
なんだ、クラス全員の誕生日を覚えてんのかこの女は。

気持ちわるい。

「あの、だから、誕生日をお祝いしたくて」

お祝い?ふざけるな。

嬉しくもない誕生日を、なんで他人に祝われるんだ。
生まれてきたくなんかなかったのに。

「いらない」

しばらく間を置いてから、一言だけ吐き捨てて教室を後にする。

帰り際に本郷の泣き顔が視界の隅に入ったけれど、そんなの気にしてる暇なんてない。早く自室に帰りたい。
僕は柄にもなく全力で走りだして。

「…っ、はぁ、はぁ、」
自宅についたころには息があがって、今にも倒れそうだった。

久々に人と話して、しかも祝いたい、だなんて言われたのがストレスになったんだろう。

その日はもう、自室に入るとすぐにベッドに倒れこみ、深い眠りについた。


『あんたなんか生まれてこなければ良かったのに』

どこからか嫌な声が響く。

『そしたら私は幸せだった』

いやだ。

『あなたは』

やめろ。

『いらない子』

「っ、やめろ!!」

…夢。

飛び起きると、汗でシャツはべったりと肌に張り付いていて。

「きもち、わるい」

今にも溢れ出しそうな嫌悪感をひたすらに抑えて浴槽に向かい、九月にも関わらず頭から水を浴びる。
冷たさなんて感じなかった。
こうでもしないとおかしくなりそうだった。

あの夢の声は
確かに、聞いた事のある声で
僕を造ったあの人達の声だからだ。
今まで何度も聞いた事のあるセリフ。
そう、僕は

『いらない子なんだよ』

その日は学校なんか行けるはずもなくて。
一人ご飯も口にせずに自室にこもった。
目をとじてみても、音楽を聞いてみても

頭に流れるのは、醜い笑顔を浮かべ、嗤いながら僕を蔑むあの人達で。
あの人達はもう随分前に、僕を捨ててココから去ったのに
未だに僕を呪縛から解いてはくれないんだ

今日は僕の誕生日で。
あの人達が僕を産んで
そして捨てた日。

もういっそ、眠りにつこう

ぎゅ、と目を閉じたその時に

ぷるるるる………

自宅の電話が僕の意識を呼び戻す。

「くそ、誰だよ…」

とても電話に出られるような状況じゃなかったし、無視しようとした。
でもあまりにもしつこいから

出る事にして。

「ちっ…」
「もしもし」

「あ、もしもし!私、裕也くんと同じクラスの本郷南と申します!裕也くんは「俺だけど、なんだよ」」

本郷のセリフを皆まで言わせずに返答する。

「あ!芦川くん、今日休んでたみたいだけど、大丈夫かなって」

「…アンタさ、僕が昨日したこと分かってんの?アンタ泣いてたよね、なんで心配なんかできるわけ」
「…それは、あの、芦川くんつらそうだったし、」

なんで、わかるんだ
誰も今まで、僕のそんな表情見る奴なんていなかった

「…は?」
「…芦川くん、授業でも誕生日の話題を聞くと、いつも泣きそうになってる」
「僕が泣きそう?」
「つらいことがあるなら、話した方が楽になると思うよ。私、芦川くんを助けてあげたいの」


…なに言ってんだよこいつ
なにも、知らないくせに。
ふつふつと、嫌な感情が湧き上がってきて、

「…ふざけんな、お前に、なにができるんだよ」

「芦川く、」

「普通の家で普通に幸せに暮らしてきて、他人の誕生日を祝うようなおめでたい人間になにができる?なにがわかる?僕の、なにがわかるんだよ!」

思わず声を荒げてしまって

自分でも驚いた

しばらくの沈黙が嫌に思考をかきまわす。

「…私が、幸せ?芦川くんは甘えてるだけじゃない」

やっと本郷が言葉を吐いた。

「私ね、小さいころにお母さんが男の人と不倫して出て行って、それを苦にお父さんが自殺したの。」

「でも、私は産んでくれた両親に感謝してるし、今まで育ててくれたおばあちゃんも去年死んじゃったけど、幸せ。」

「私は両親に、命という最高のプレゼントをもらったから、だから、人の誕生日は祝いたい」

…こいつはなにをいっているんだ。

そんな過去があって、どうして幸せだと言える?

命が最高のプレゼント?

意味がわからない

そうか
こいつは

僕にはない

輝きをもっているんだ

「だからね芦川くん。芦川くんに何があったのかはわからないけど、私は、命という最高のプレゼントをもらったから、芦川くんには、幸せをプレゼントしてあげたい」


「生まれて来てくれてありがとう。お誕生日、おめでとう」

本郷の言葉が僕の心にずしん、とのしかかって。
じんわりと目頭が熱くなって

頬を雫が伝った。

…そうだ、僕が欲しかったのは
ずっと僕が求めていたのは。

「ずっと、僕の存在を、認めてほしかったんだ…。僕が生まれてきたことを、認めてほしかった」

その場に崩れ落ちて

子供のように泣く僕の声を、本郷は電話の向こうで静かに聞いてくれた。

僕がやっと泣き止むと本郷は呟いた

「私は芦川くんに、幸せをプレゼントしてあげられたかな」

僕はその質問にはあえて答えずにそっと言葉を紡ぐ。

「…ありがとう、お父さんお母さん、僕を産んでくれてありがとう。最高のプレゼントを、」

今日は僕が幸せに生きることが、許された、最高の、誕生日。


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