ああ、このまま死んでしまうのも悪くないかも知れない。

無性にそう思ったのは、アイツが息を引き取った6日後。


最初は、アイツのために生きないといけない、そんな意志が強かった。

ただ、今は……もう、生きることが、今までと同じように過ごすことが面倒になってる。


アイツが居なくなった教室も、

アイツの居ない登下校の道も、


アイツが居なくなって初めて気がついたの。


アイツが居ない世界って、こんなにも寂しい。

――そんな単純なことに。


アイツの墓の前、赤のマーガレットの入った花束を腕に抱えて膝を曲げる。

「ねえ、敦(アツシ)…。あたし、あんたが居なくて、寂しいよ。何か、もう…生きるの嫌になっちゃった……」

返事はない。そりゃそうだ。目の前にあるのは灰色の石。アイツの眠る墓なんだから。永遠の眠りに落ちたアイツの。

そこに掘ってある“九十九之家”という字を指でゆっくりとなぞる。
ここには、アイツしか眠っていない。

アイツのお父さんもお母さんも、まだこの世にちゃんと居るのに。ピンピンしてるのに。
なんで敦だけ、逝っちゃったの???神様って理不尽だよ。敦の代わりに、私が死ねばよかった。


アイツが死んだのは、あたしのせいだった。

あの日はアイツとの約束に遅れて急いでいたあたしが、青に変わったばかりの信号を、左右をよく確認せずに走り出したところに、トラックが突っ込んできた。
それに気づいたとき、あたしは足がすくんで逃げるにも逃げられなかった。


キキーーーッ
急ブレーキの音を踏む音がした。正面から来るはずだった衝撃より先に左肩から誰かに突き飛ばされて、宙に浮いている途中。
ドゴッ、何かと何かがぶつかった音がして、あたしの意識は吹っ飛んだ。


起きたときには、アイツはこの世に居なかった。
白い布を顔に載せたアイツの姿は、今でも夢に出てくる。


「敦ぃ…ごめんねぇ…。あ、たし……もぉ、無理だ、よぉ……。敦の所に、行きたい…よぅ……」

この場所では弱音は、幾らでも出てきた。
いや、この場所で口を開けば、もれてくるのは弱音ばかりだった。


もう、いっそここで死んでしまおうか…
それで、アイツのところに逝きたい………

ふと、目に付いたものに自然を手が伸びる。割れたビー玉の欠片。
これで、手首をきってしまえば、アイツのところに、逝けるのか――

弱いと笑われても良い。根性無しと馬鹿にされても、構わない。
今を生きることが、そんなことよりも遥かに辛かった。

スッと手首まで欠片を持っていく、
ふぅ……。
痛いはずだけど、頑張らないと……

意を決して欠片を勢いよく振り上げたとき、

パシッ

確かにその音はして、あたしの腕は止まった。

「…なっ!!!」

驚きのあまり文にならない声をあげながら、後方から伸びてきた手の主を見るために首だけ振り返る。

「……な、にしてんだよ。」

そして、声の主の顔を見た瞬間、涙が溢れた。さっきも泣いてたくせに…

「あ…つ、しぃっ!!!!!!」

「よ、久しぶりだな。真美。」

「あ、つしぃぃぃっ!!!!」

そのまま、敦の胸に飛び込んだ。ぎゅっと背中に回した手を強める。
すると、敦も同様にあたしの体を腕で包み込んだ。

「ど、してっ、どぉしてっ、あた、しのことっ、庇っ、たのぉっ、馬鹿ぁっ。」

敦の背中のシャツを握り締めながらただただ泣き続ける。

馬鹿みたいに泣いて、馬鹿みたいに敦を責めた。
あたしを庇ってくれたはずの敦を、責めた。


「……なあ、真美。」

「ん…?」

「あれは、誰が悪いわけでもないんだ。真美が悪いわけでも、トラックの運転手が悪いわけでも…。
それを俺は自分の意思で変えちまったから、神の意思にそむき死ぬことになったんだ。
ただ、それだけなんだよ。分かってくれ………。」

「で、もっ!!!!」

「真美。でも、じゃないだろ???」

「っ〜〜〜」

「…俺がこっちの世界にいられる時間もそう長くない。」

「え???」

ねえ、それって……

「ああ、時間になったら戻るよ。“あっち”にね。」

悲しげに微笑んだ敦は、すぐに真顔に戻ってあたしと目線を合わせた。

「真美。なんで死にたいなんて馬鹿なことを思ったんだ??辛いのも、悲しいのも、寂しいのも、全部聞いてた。
けどな、真美は死んじゃいけねえ。そんなことをしたら、俺の命、勿体ねえだろ???」

死ぬな。

最後にそう言ったアイツは、ゆっくりと消えて言った。


ア・イ・シ・テ・ル


最後の最後に、そう言い残して…。




――――


「おはよ〜!!!」

ガラリと教室のドアを開ける。今日も敦は居ない。敦の席だけ空席だ。
だけど、敦が言ってた。

全部聞いてたって。
死ぬなって。
愛してるって。
俺の命を無駄にするなって。


あたしには、それだけで十分だよ。

「あっ、真美!!!おはよう!!!!って、あれ???何か変わった???」

「え??何も変わってないよ??」

「う〜んっ……「あ、分かった!!!!」

「へ???ちょっ、美紀!!!分かったって何が分かったの!?」

「え〜〜梓まだわかんないのぉ???」

「ムッカーーー!!!!」

「はははっ。美紀。あたしもわかんないから、教えてくれるとうれしいな。」

「ん〜〜〜、真美が言うなら…」

「ハァッ!?何よ、この差は!!!くっそーー、差別だ〜〜!!!!」

「当たり前じゃん。梓は、永遠に真美一筋なんですぅ!!!美紀なんかとはぜ〜んぜんっ位が違うんだから!!!」

「ひっど!!!!」

「ま、まあ、二人とも???ちょっと、そこら辺にしよう、ね???で、何が分かったの??」

「え〜っとね、真美。敦くんが亡くなった後、こっちも見てられないほど弱ってたけど、今日は昔の真美に戻ってる!!!って感じ!!!」


「あっ、それだ!!!!」

「そ〜かな〜???」


その頬は自然と緩んでいた。



アイツはもうこの世にはいないけど、アイツの魂も、声も、存在も。あたしの中では永遠に生きている。
ほら、もうあたしは一人じゃない。あたしは大丈夫だよ。死ぬなんて言わない。約束するよ。


end.
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