わたしの幼なじみは大層女子に人気がある。
□×
「ねえ、これ、あんたに、って」
「は?お前また女子にパシられてんの」
「違うってば。直接渡す勇気がないから、お願い、って頼まれたの」
パシリとどこが違うんだよ、と吐き捨てたのは我が幼なじみ。眉を顰め、不快だというのを微塵も隠そうとせず、むしろそれを全面に押し出している。
こんな褒められたもんじゃない態度も、端整な顔立ちの所為か様になっているのだから、本当に憎たらしい。への字に歪められた口も、不機嫌そうな焦げ茶色の目も、計算され尽くされたみたいに形の良い顔を飾り立てている。
女の子たちがこいつを遠巻きに眺めては、きゃあきゃあと黄色い声で歓談しているのも頷ける。
それから、たくさんの女の子たちから、ラブレターを貰っていることだって。
ぐい、と、さっきクラスメイトの女子から託されたものを奴に押し付けた。薄桃色の四角いそれは、所謂ラブレターという代物である。
わたしがこいつと幼なじみで、気兼ねしない仲だというのは、なぜか周知の事実で、こうやってよく、ラブレターなるものを半ば押し付けられるように託されるのだ。
あんなイケメンが幼なじみだなんて!とよく羨ましがられるけれど、勘弁してほしい。
怖い先輩に呼び出されたり、好奇の目でじろじろ見られたり、ラブレターの配達人にされたり、いいことなんてひとつもない。
「なあ、この差出人って誰」
「クラスメイトでしょ、名前くらい覚えときなさいよ」
「わーったって。だから誰、こいつ。どんなやつだっけか」
「二つ結びの子だよ、茶髪の。背低くてすっごく可愛い子」
「知らね、パス」
薄桃色の封筒が骨張った指からすり抜けて、冷たいリノリウムの床におちた。
途端、薄桃色の封筒は端っこから色褪せていく。この封は開かれず、あの子の告白の言葉は誰の目にも触れることなく、塵箱へ捨てられるのであろう。
あの子の想いを伝えるための手紙だったものは、もう意味を成さないただの紙切れでしかなかくなった。
「帰るぞ」
「…うん」
床の封筒をそのままに、くるりと背を向けてわたしたちは帰路へついた。
あいつの半歩後ろで、骨も拾ってあげられなくてごめんだとか、かわいそうだなあとか、それから、あいつがあの子に興味なくてよかっただとか、そんなことを移り気に考えていた。
□×
同情心に嘘はないけれど優越感にも嘘はない。あの子がかわいそうだと思うのは本心だし、あの子よりもあいつの近くにいられることは嬉しくて仕方ない。
あいつがあの子を知らなかったことだって何より嬉しかったし、安堵せずにはいられなかった。あいつはお前のことなどビスケット一欠片ぶんも知らなかったのだとあの子に教えてやりたい。
それから、あの子の前で、あいつと仲良さげにしてみせるのもいい。そうしたらあの子はどんな顔をするのだろう、あの可愛い顔はどんなふうになるのだろう。
そんなことをぼうっと想像して、たまに我に返ってみては、わたしはなんていやなやつなんだろう、と顔を歪める。そんな、癖。
あいつやあの子と違って不細工なわたしがそんな顔をすると、鏡のなかにわたしはひどくみにくく映る。
情けなくて、どこかやつれていて、ぜんぜんかわいくない。
鏡に映る自分から目を逸らすように、年季の入った学習机を見やった。飾り気のない白い便箋と、それを埋めるわたしのやや右上がりな癖字。
今回も渡せないであろうそれを、捨てることすらできないのがどうしようもなく悔しくて、更に顔を歪めた。ほんと、ばかみたい。
どうせ渡せやしないのに、あいつがラブレターを貰うたびに、こうやって、張り合うみたいに手紙なんか書いて。
幼なじみのあいつへ宛てて書いた手紙は、これでもう何通目、いや、何十通目になるのだろう。どれも似たり寄ったりな内容で、文法もめちゃくちゃだし、誤字なんかも酷くって、読めたもんじゃない。
本当、情けな過ぎて、読めたもんじゃないよ。
すきだよ、なんて。この手がひとまわりもふたまわりもちいさかった頃から、きっと、皺や染みができてそれから動かなくなるまで、ずっとずっとすきだよ、だいすき。嘘じゃないよ、冗談でもないよ、笑いを取るためでもないよ。ただ、ほんとうに、すきなんだよ、 どうしようもなく、責任とってよ、ほら。ねえ、ねえ、すきだよ。すき。
「ばかみたい」
みっともない震え声でそう呟くと、あのラブレターみたいに意味もなく、ぱたりと目からこぼれおちた。
それをなみだだと認識すると、まるで自分は世界でいちばん不幸せな女の子なのです、とでも言うみたいに泣いた。しばらくして泣き止むと、便箋を丁寧に二つ折りにして封筒へ入れる。
それを鍵のかかる引き出しに仕舞いこんで、そうしたらまたちょっとだけ泣いた。
それから鏡に向かって「ひどい顔だなあ」と苦笑してみせると、洗面所に向かう。顔を洗ったら、明日の準備をして、すぐに眠ろう。
そうして明日、あいつにおはようを言って、あの子には同情するみたいな顔を向けて、いつも通り過ごせばいい。鍵をかけた引き出しの中身なんて、すっかり忘れたふりをして。
またあいつがラブレターを貰ったら、そのときはやっぱり手紙を書くだろう。
はじめから渡す気なんて微塵もないあの手紙たちは、あいつに拒まれる前から、ただの意味のない紙切れでしかなかった。
便箋の端で切った右手の薬指も、ささくれみたいなこの心臓の痛みも、憎たらしくてたまらないあいつのことだって、みんなみんなわすれてしまいたいの、と、わたしは今日も嘘を綴るのです//手紙
130118 こなつ