愛を込めて、さよならを。
もう、あの頃には戻れないけど。確かに、確かに。僕にとって、大切な時間だった。
「ツー・・・」
機械音が途切れる。聞こえるのは、医者の抑揚のない声。
「ご臨終です。」
今、2年間付き合ってた彼女が死んだ。
ガン、だったらしい。しかも、丁度2年前から。
だけど彼女は、そんな素振りも見せずに。言わずに。
1人で戦っていた。
「バカだろ…」
残された俺には、後悔だけが残された。
もう少し、素直になればよかった。
優しくすればよかった。
好きって、大好きだよって。言えばよかった。抱きしめればよかった。
なにも言わなくなった彼女が横たわるこの部屋は。酷く無機質で。
それが余計に、もうあの笑顔を見れないという事実を感じさせた。
「沙夜…ゴメン。」
彼女…もとい、仲谷沙夜(なかたにさや)との出会いは2年前の春。
たまたま同じ高校で、同じクラス。
清楚系な容姿と裏腹に、明るい快活な性格。当たり前に、人気者の女子。
最初は、喋る機会なんてさらさらなくて、ただのクラスメイトという関係だった。
だけど、それが変わったのは5月の初旬。
まだ梅雨には早いその時期に、季節はずれの大雨が降った。
クラスメイトたちが、続々帰る中、俺と沙夜だけは残っていたんだ。
傘を、忘れてしまったから。
「宮近くんも、傘ないの?」
話しかけて来たのは彼女の方。
そんな、些細な内容だった。
それから1時間ぐらい、たわいもない会話が続いた。
雨は、もう止んでいた。
その次の日、珍しく俺から話しかけてみた。
「風邪、ひかなかった?」
いきなり話しかけて、引かれても困るけど。どうしても、彼女と話がしたかった。
きっと、その時既に、どうしようもなく。沙夜に惹かれていたんだと思う。
沙夜は、驚いたみたいだったけど、すぐいつもみたいに微笑んで。
「大丈夫!!宮近くんこそ、平気?」
なんて、彼女らしい答えを返した。
それからというもの、俺は、本当に自分?なんて思うような積極性で、沙夜にアピールした。
そして、6月下旬。
「仲谷、、俺と付き合って?」
「あ、あたしなんかでいいなら・・・よろしく、お願いしますっ」
念願叶って、付き合うことができたんだ。
喜ぶ俺の姿を、沙夜は複雑な顔をして見ていた。
今思うと、この頃から、沙夜は自分の病気を知ってたのかもしれない。
そして、2年がすぎた。
お互い、下の名前で呼び合うようになって。
俺は、響介(きょうすけ)だから響ちゃん、だけど。
デートなんて、しょっちゅう。
喧嘩もしたし、別れようと思ったこともあった。
だけど、この2年、本当に本当に幸せで。あっという間に過ぎていった。
だからこそ、気づいてやれなかったことに、後悔を抱くんだ。
一筋、涙が頬を伝った。
おもむろに、彼女のいるベッドに向かう。
「沙夜・・・俺、お前のこと、なんにも分かってやれなかったな。本当にゴメン。」
ぎゅっ、と沙夜の冷たくなった手を握る。
すると、枕元に1枚のメモを見つけた。
そこには、見慣れた丸文字。
【響ちゃん、あたし。死んじゃうみたい。だけどね?この2年、響ちゃんのおかげで幸せだったよ。ありがとう。 バイバイ。】
沙夜、だ。
止まったと思った涙が、再び溢れ出す。
メモは、涙に濡れていた。
「俺も、、幸せだったよ。ありがとう、沙夜。・・・愛してた。」
あえて、過去形にした。
きっと俺は、これからも。一生、彼女を忘れない。
だけど、彼女と向かい合うのは、これが最後だから。
すぐ下に、小さく微笑んで目を閉じる沙夜。
それに、優しくキスを落として、病室を後にした。
俺の手には、1枚のメモがしっかりと握られている。
過ぎ去った時はもう、戻らないけれど。
大切≠ノはできるから。
俺は、確かに。
あの子のことを、
「世界で1番、愛してた。」
外に出ると、ひらひら散る桜の花びらが目の前を彩る。
俺の心を、癒してくれているようだった。
愛を込めて、さよならを。 end