「…久しぶり」

「わたくしからすると、初めまして、なのですけれど」

「…それもそうね」

嗚呼、まったく。

なんて滑稽なのだろうか。


((待って、と呟いたその声は。))
桜桃さくらんぼ色いろの、


「…壊滅的に眠いっていうこれは一体如何すればいいのでしょうねー」

まあ、どうしようもないなんて分かり切ってるんだけどね? だけどやっぱり言ってないとやってらんないっていうね?

しかも今この辺にいるのあたし一人だった。すごい声響いてたんだろうなー。周りに誰もいなくて良かったようん。

本日は桜舞い散る入学式。間違えた舞うだけで良かったね。散っちゃったよおい。

ついでに入学式ではなかった。試験日だった。入学はもう決まってるけど試験日なのだ。

「いやー、全く。あの子には失礼しちゃうわよねー」

ふと、つい今しがた逢った彼女を思い出す。

変わったよな。あの頃とは随分変わった。

「…あの」

とんとん、と肩を叩かれて振り返る。

「ん?」

「急いだ方が良いと思いますよ」

にっこり。人当たりの良さそうな美少年さんがこちらを見て笑っていた。…うん?

「それを言うなら貴方も急いだ方が良いのでは?」

確かに今の時間はこの場所的に言うと多少走らねば遅刻する感じだ。

だがあたしも彼も、全く急ぐ様子はない。ゆったりペースだ。遅刻確定だ。

「僕は、二年ですから」

おお、先輩でしたか。

「それは失礼しました」

「いえ」

爽やかな笑顔を彼は振りまき続ける。

「というか、それなら何故制服を?」

一年以外は今日は休みの筈なのだが。

「僕は生徒会役員でして」

ああ、なるほど。

『あれ』の審査員をするのか。

「それでは、あたしは急ぎますので」

爽やか過ぎる笑みを浮かべる彼の横を通り過ぎ、すたすたと歩いて行く。

「…走っても遅刻しそうですし、僕が飛ばして差し上げますよ」

背後から聞こえた声。

飛ばす、ねえ…。まあ、生徒会役員つまりアリスレベルならそれくらいできて当然ってことか。

「いえ、結構です。別に遅刻しませんし」

これは別に嘘でも何でもないのだ。

「ですが、この距離では…」

「脚力には自信があるんですよ〜」

へらっと笑って、くるりと踵を返す。

…さあ、シーナ選手、今走り出しました!

* * *

「…本当、子供のくせして落ち着いてる」

「言ったのは貴女でしょう? それに、子供が落ち着いていないだなんて誰が決めたのですか」

「それもそうね」

逆にここで慌てられたりでもしたら困るのはあたしの方だ。それも生命の危機だってくらいのレベルで。

「…で、貴女に逢いに来たわけだけれど」

歳にして、五歳。なのにこんな運命を背負わなくてはならないなんて、本当にカワイソウ。…嘘に決まっているけれど。

さて、どこからどこまでが嘘なのかはご想像にお任せするとして。

「わたくしに、何を?」

「魔法ってやつを、あげようと思って」

お姉さん親切でしょ? 何て嘯いてみる。

「魔法、ですか…」

「信用できない?」

少し、考える仕草をした後彼女は、

「いえ、そういうわけではないです。『あれ』だって、その魔法でやったのでしょう?」

ふふ、と少し口角をあげて言った。

「ご名答」

まるで、あの日をなぞっているような不思議な感覚。

実際、なぞっているわけだけれど。

「じゃ、貴女に差し上げるわ」

「その前に」

この先言う事が分かっているが故に。

「貴女の、お名前は?」

「今は、それに答えることはできないわ」

その瞬間、彼女の身体が光った。

「つまり、いつかわかる、と?」

「…えぇ」

あたしの顔をよく覚えておくことね、だなんて、笑って言った。

そして。

「…あれ、」

あたしは、その場所から姿を消した。

* * *

「つーいたー」

まだ人が校門の前にわらわらいるくらいの時間についた。つまり遅刻ではない。

みんな初々しいよー。がやがやと煩い人は見たところいない。緊張でそわそわしてる人がわんさかいる。

恐る恐る門をくぐって行く為、なかなか中に入れない。早く行こーよー。

「通していただけますか」

と、何やら聞いたことのある声が耳に届いた。

きゃあ、と女子の黄色い声。うーん、頭痛い。甲高いよ声が。

「…あ」

見 つ か っ た ね 。

いや別に逃げていたわけではないけどいきなり目の前で全力疾走してしまったわけですし?ちょっとあまりいやかなり会いたくないと思うのは仕方ないんじゃないかなあと思うわけですね。思わないですかそうですか。

ていうかすごいこっち見てくるよー。ガン見だよー。女子にあたしが睨まれちゃってるじゃないのYO。

「いやあ、先ほどもお会いしましたねー」

「……えぇ」

ぎこちなく笑われた。…なんで。

ぼそぼそと、あれは女の子なのかとかいう呟きが聞こえてるよ。聞こえちゃってるからね。あたし聴力いいからね。

きっと貴方が言いたいのはあれですよねあんなに足早いとか最早化け物とか思っているっていうそれですよね知ってます。

あたしはちゃんと人間ですからねー。あれ違った魔女か。むしろ今この場では魔女見習いと言うべき?

いつまで経ってもこちらを見てくるので、仕方なく踵を返して門へと足を進める。

鳴神様と仲が良いだなんて羨ましいとか聞こえたけど今さっき一回会っただけの仲です。このポジション君にあげてもいいくらいの軽い仲です。ていうかむしろもらって。

ああ、というか鳴神っていうのねあの人。今知ったわ。

さあて。もうすぐ試験開始だ。

* * *

「えーっとあたしは…、二十三番目か」

で、相手がアイシア・レイグ? 名前からして男かね。

今から行うのは、クラス分けの為の『試験』だ。

一人一つ風船を腰に付けていて、それを魔法を使って先に割ったほうが勝ちという至極簡単な試験だ。

だが、人に怪我をさせることは禁止。その辺は、生徒会役員つまりaristocratアリスがちゃんと見ていてくださるらしい。

アリスと言うだけあって、生徒会役員は全員『漢名』なのだと。

なぜアリスだと漢名なんだよって言うと、それは漢字には一文字ずつそれぞれに意味があり力があるとされているから、漢名であるということは魔法の強い家系であるという意味になるのだ。

ちなみにそうじゃない人は片仮名。

あたしの名前だってチェーリング・シーナと片仮名バリバリの名前だ。

そして漢名の人というのは本当にごく僅かで、大多数が片仮名だ。

まあそんなわけで生徒会役員なら簡単に人を止めるとかくらい簡単なわけだ。あと治癒だとか。

ついでにこの世界の補足をしておくと、能力は基本的に分けられていて、同じものを複数使える者は確か百年くらい前に死んでから出ていないとか。

そしてその系統は、火、水、風、雷、氷、土、の六つ程度。

程度とあやふやなのは、時が経つに連れてどんどん魔法の使える人が少なくなっていっているから。

それと同時に魔法の種類も減っているが故に、今は六つなのだ。

そんでもって、漢名の人だって少ないのに、魔法を使える人自体少なかったりする。

使えるのはその家系だったり突然変異だったり。まあ兎に角色々だ。

「それでは、試験を始めます」

どうやらもうそんな時間になったらしい。

「一番、二番、三番、四番の方…」

二人ずつやっていてはどうにも時間がかかってしまうので、四人二組でやって行く。

まああたしも出来る限りはやりますよっと。

* * *

「次、二十三番、百五十三番の方」

おお、あたしの番が来ましたねー。

ていうか間がすごい飛んでる気がする。百三十飛んでるよ。まあ二次からはくじで選んでるらしいから仕方ないけれど。

ちなみに、現在は三次試験。三回目だ。

とどのつまり! あたしは二連勝をしたわけですよ。

まあ両方弱かったからっていうのもあるわけだけれど。

で、対戦相手の名前が…風宮 晴? 名前からして男かな。

もう既にその対戦相手は位置についていて、やはり男だった。

慌ててその場所に行けば、なんかものすごく聞こえてくるざわめき。

「アリスの風宮様だわ…!」

あまり大きな声は出してないけれど、ざわざわが集まって空気が動いてる感じがする。

「残念だったなっ。俺が相手となったからには負けてもらうしかねえな」

あ、そうか。この人の名前漢名だったね。

ついでに、アリスの人は強いが故にシード権があり、三回戦からの参加なのだ。

アリスというのは漢名と言うのと同じようなものだ。

つまり、アリス=生徒会役員確定。

てかこの人すごいニコニコしてるんだけど尻尾と耳が見えるんだけどフリフリしてるんだけどぎゅーってしたい…!

「では、用意」

未だもう一つの場所は戦いが終わっていないらしい。あーあの人危ない。

「始め!」

あ、始まっちゃった。

用意というのは魔力を溜めることだ。普通の魔法使いさんはこれにまあまあ時間がかかる。まあつまり。

「どりゃあああっ!」

生身の体でアリスレベルの人の攻撃に当たってしまうわけですね。痛そ。

《キィィンッ》

彼の風で作られた長剣とあたしの剣がぶつかり合って嫌な音を立てる。耳が痛いわねー。

ていうか掛け声大きすぎますよ。どりゃあああって何。

彼の身長はどちらかというと低めなのだが、それでも長剣を使いこなせるのは風で作った軽い剣だからなのだろう。

それだけじゃあないのかもしれないけれど。

「ぇ、」

少し彼の目が見開かれたのが見えた。うーん、普通に受け止めただけなんだけどなんか変だったかね?

周りの人達も、ざわり、とざわめく。ちょっとちょっとー、なんか怖いじゃないの。

トサ、と少し彼と距離を開ける。その瞬間はっとしたように剣を構え直した。本当に何。

と、もう一度向こうから仕掛けてきた。同じ事はするもんじゃないわよー。

まあでもここで勝つわけにもいかない。アリスに勝てる一般人なんている筈もないから。

《パンッ》

腰の風船の割れる音が響く。

「…百五十三番、風宮様の勝ちです!」

瞬間、わああーっと場に声が溢れる。煩いよ全く。

「ありがとうございました」

戦った後の決まり文句を言って、その場から背を向け歩き出す。

「ちょ、ちょっと!」

すると、何故だか呼び止められた。うん?

「何でしょう」

「…えーっと、いや、その、な、なんでもない!」

呼び止めて悪かったな! と言う彼は思いっきり言いたいことがあるのが丸わかり過ぎる口調で言うと、たたたっと走り去って行った。不思議だねえ。

まあでもこれであたしは終了か。三回戦で負けた場合は確か…Aクラスだったかなあ。

そこまで低くもなく高くもなく丁度良いかな。

* * *

「君が、シーナちゃん?」

これは一体どういう状況なのでしょうか。

見たところものすごく可愛い女の子に呼び止められている図です。が、

「な、何故あたしの名前を…?」

制服はこの学園のものだし、戦っているのとかを見てたのかな、みたいな風に捉えられるけれどでも何であたしを。

「ちょっと気になることがあって! 一緒に来て欲しいんだけど、良いかなぁ?」

うああああああ可愛い! ものすごい可愛いです!

ちょっと上目遣いな感じがまたね! 計算してるのかもしれないけど可愛い! さっきの男の子レベルに可愛い…!

「えぇ、勿論です!」

……ハッ。

思わず可愛さにやられて頷いちまったよシーナさん。やっちゃったね。

「ありがとっ!じゃあこっちに来てね〜」

肯定の意を示した瞬間ぱああっと大輪の花が咲く的な笑顔で見られてはやっぱ無理とか言えるはずもなく。

ぎゅっと手を握られ、仕方なくついて行く他ないのであった。ちゃんちゃん。

* * *

行った先で聞かれた事は、あのさっきあたしが戦った風宮という少年の風剣は普通は通り抜けて切る事が出来る筈で、受け止められるだなんてあり得ないという類だった。

それを言われた場所は特別寮即ちアリスの人がいる場所で、彼女もどうやらアリスだったらしい。そしてあの鳴神先輩とやらもいた。

たまたまなんじゃないのって言いながら負けじとにっこり笑って見せれば、渋々引き下がってくれた。言う気がないと伝わったらしい。

ただ、出る間際に聞こえた「たまたま、なんて、アリスにはある筈がないんですよ」とかいう呟きは聞こえなかったことにしておこうと思う。

まあそんなこんなで無駄に豪奢な特別寮から出て、校門をくぐる。

本当は全寮制なのだが、今日は試験だけで、後日荷物と共にまたやって来る事になっている。

…と。

「やっと見つけましたよ」

「…見つかっちゃったね」

目の前に少女が立ち塞がった。

その少女は試験の始まる少し前に会っていたのだが、その時よりも随分と成長していた。

「桜木 椎那…いえ、この場ではチェーリング・シーナと呼ぶべき?」

その少女が、『自分自身』の名を、あたしに向かって言った。

試験開始少し前。あたしは、彼女、それも、もう少し幼い彼女に魔法を授けた。

「まさかこんなに時間がかかるなんて思ってもみなかった」

その今目の前にいる彼女は、少しあたしに似ていた。

「顔識別なんてものがあると知った時はこれでできるって思ってたけど、まさかって、疑いもしなかったわ」

あの時あたしは、少し時間を遡り、『あたし』に、会った。

時間を遡るなんて違法行為だし、第一時の魔法を使える人なんてあたしくらいだろう。だから世間一般の認識の中にも時の魔法なんてものは存在しない。

何で自分で自分に魔法を授けたのかとかそういうのは少々いろいろありまして。

彼女は、あの時からあたしのことを探していて、時の魔法でこの時間にきた模様。というか実際そう。

「ああ、そうだ。一つ、あたしから教えてあげる」

きょとん、と首を傾げる彼女に、

「今あたしは、とある試験を終えて帰ってくる途中、よ。さて、ここまで言えばわかる?」

仮にわからなかったとしてもこれ以上のヒントなんてあげれないんだけれど。

「…つまり、そこに行けってわけね」

その質問には答えることはせず、ただ、曖昧に笑ってみせた。


漢名の者が魔法を使えないだなんてあったらそれはもう大惨事だ。

そこから起こる様々な混乱を防ぐために、『いろいろ』あって、あたしは時間を遡った。

ちなみに名前を片仮名にしているのは、その他のいろいろとこじれた問題があるからだ。

今のあたしは見た目的には十五歳。彼女はおそらく十歳程度だろうか。

魔法を使い、更に漢名で魔力の強い者は、成長が遅いのだ。


「さーてと。あの子に負けないように、あたしも頑張りますか!」

何やらアリスの人達に目を付けられた感満載ではあるけれど、楽しまなきゃ損ってものなのだ。


桜桃色の、 end

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