「なんか、芽衣って男子みたい」
いきなり何言い出すんだよ。はあ?と怪訝な顔をしながら、そんなこと言い出したやつの方を睨みつける。華麗にペンを長い指で回して足を組んでる。やめろやめろ。なに優雅なことしてるのよ。
しかも、女の子のわたしにとって最悪な言葉を吐き捨てたこの男がどうしても許せず、今すぐにでも顔面にシャープペンの芯をさしてやりたいところだ。でも、さすがにそれはやりすぎた行為だから、冷静に気持ちを抑える。
「なんなの」
本当は「はあ?」とか、「てめえ」とか言ってあげたかったが、今男子みたいと言われたばかり。そしてまた男子のような言葉使いをすれば、馬鹿にされるに決まっている。絶対に。
「芽衣ってめっちゃ女の子らしい名前なのにねえ…」
「正真正銘女だよ」
「違う性別を言ってるんじゃなくて、性格が男」
「やめろ」
ほらほら、そういうところー、男の言うことじゃん。なんて。口元にそっと手を添えて、小馬鹿にしたようにクスクスと笑う。笑いながら椅子を揺らして、幼稚園児のように遊ぶ彼を見たら、勉強する気が無くなってきた。
時刻16時30分現在。わたしと彼しかいない少し古びた教室。2人きりだなんて、なんだかロマンティックなんだろうけどわたしと彼は恋人ではない。少女漫画で描かれるようなものは一切この場では起こらない。
「わたしのどこが男っぽいの」
“わたし”は、浅木芽衣(あさぎめい)のことである。
そして、“彼”が、上城慶(かみしろけい)のことである。
「言葉遣い」
「こんなにも可愛い口調してるじゃん」
そう言えばスルーされた。なんだよおい、感じ悪。でもまあ、今頭の中で考えてる言葉を実際口にしたら、相当わたし悪いやつだなあ…考えてる時点で悪いか。
今思い出したけど、昔親にも似たようなことを言われた気がする。
両親は私を女の子らしい可愛い子に育てたかったみたいだけど、昔のわたしは昆虫とか男の子と遊んだりするのがすごく好きだったし。
クラスで嫌いな男子がわたしの友達の悪口を言ってれば、口喧嘩しにいってたしなあ…死ねとかきもいとか普通に言っちゃってたし。
その男の子泣かせて先生にお母さんが呼ばれてみたいの繰り返しで。ほんと男勝りって感じだ。
もっとふりふりのスカートとかはいて、可愛い微笑みを作れるような女の子になっていれば…。女子力の要素の欠片が微塵もなく、自分は昔から活発すぎたのだと後悔する。
「……」
駄目だ。今、自分が男子で合ったらきっと似合ってそうとか口にしそうになった。認めるな。わたし。
慶に恋してるだなんて
そうとうな乙女じゃん 女じゃん。ね。
好きとか恋とかに全く無縁だったはずなのに、いつの間にそういう感情が生まれていた。
恋って突然すぎでとにかく戸惑う。
「慶、好きだよ」
「うんありがとう」
「慶、好きだよ」
「はいはい」
冗談だと思われてるの、これって。
真剣なのに駄目なの。
「慶の返事は?」
わたしの話を聞いてるのか聞いてないのかよく分からないけど、ペラペラと教科書をめくっていく。
でもきっと、慶はわたしがふざけて言ってるって思ってるんだろうなあ。
「慶、返事」
「んー男と付き合うとかないだろ」
「それ真剣だったら泣くから」
うそうそ、ってへらへら笑いながらまた教科書ずっと見てるし。
なんでわたし男ってなってんの。そりゃあ、確かに口悪いし昔から男の子とよく遊んでだし問題児だし頭悪いし。
可愛い顔文字とか可愛い笑顔の作り方とかも分かんないし、女子力なんて微塵もないけどだけど。
こっちは幼い頃からずっと慶と一緒で、傍にいられて幸せだって、自分らしくないことだって思ってんだよ。
慶が好きだってこんなに直球で伝えてんのに、気づけよこのくそくそくそくそ男。
それでもやっぱり、
「芽衣、今日ラーメン食べて帰ろう?」
もしかしたらまだ明日に希望はあるかも?
もしかしたらまだ明日は何かかわっているかも?
そんな風に慶を思いながら食べるラーメンだって、きっと不味くない。
小さく頷いたら無邪気に笑うその笑顔が好きなんだから、我慢してあげるよ、仕方ないなあ。
「芽衣のそういう可愛いところ好きだよ」
わたしだって 好きだ馬鹿
リップ色の恋
「慶、わたし片思い上等だから」
「うん」
「明日から女子力あげようかな」
「じゃあ、今日はラーメンやめる?」
「………やめない」