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優しくて、強くて、男らしくて、いつだって私を守ってくれる。

ありがとう、大好きだよ。



SANCTUARY〈聖域〉



「ねぇ、もしかして美々(みみ)ちゃんって紫乃宮と付き合ってるの?」



放課後、カバンの中にいろんなものを詰め?込んでいるとクラスメイトの男の子が声をかけてきた。

確か、野崎…だったような、なかったよう?な。

うちの学校は元男子校で生徒の8割が男子?だ。

興味のない人間の名前を覚えているほどの気力が私にはない。

そして、その人間に割く時間もない。

今日はジンと約束があるのに。

そう思いながらも、鋭い視線で野崎を見つめる。




「あんたは付き合ってると思ってるの?」

「いや、俺はわかんないから訊いてるんだ?けど…」



こう、はっきり意見を言えないやつはきらいだ。

男のくせに。



「あんたには、関係ない」


間を置いて言うと自信なさげな瞳が揺れる?。

私の棘に刺されたくないなら、近寄らなき?ゃいいのに。

覚悟もないくせに、中途半端に近づくやつ?も嫌いだ。

薄茶色の瞳をじっと見てやると野崎は意を?決したように口を開いた。



「で、でも、紫乃宮はやめた方がいいよっ?!美々ちゃんにはもっといいやつがいるよ…っ?」


たとえば、俺みたいな、とか言うのかな、?この人。

ジンのことなんて私の方がよくしってる。



「うるさい、ジンがいい人かどうかは私が決める。バイバイ」


付き合っていられなくなって、狼狽える野崎をシカトして歩きだす。

その間、教室の女子が声をかけてきた。

クラスに女子は10人ほどで必然的に一つ?のグループが形成されている。

よく女の子に呼び出される私でもうまくやれている方だと思う。



教室の後ろの出入口から出ようとすると、明るい髪の色をした男が目に入った。

嫌気が指してきて速歩きだった足をピタリとその男の前で止める。



「何か用事?新倉くん」



新倉瑛也。

今年の春引っ越してきて、隣のクラスの所属。

顔立ちのせいでちょっと話題になったような気がする。

私に最近何かと声をかけてくる。

私の容姿を見てつきまとう男は初めてではないけれどいい加減うっとうしい。



じっと見つめると軽そうな笑みを携えている整った顔。

ジンには到底敵わないし、好みではない。




「相変わらず冷たいね、美々ちゃん。いい加減デートしてよ」


相変わらず、なんて、出会ってたった2週間目の男に言われたくない。

私の何をこの人は知っているのだろう。


「嫌よ。私心に決めた人が居るの、もう来ないで」

「それって彼氏なわけ?」


ぐっと顔を近づけられて会話が平行線を辿る。

無視して通り過ぎたいけど、通路を新倉くんが塞いでいて通れない。

べつに前の出入口から出れば良いんだけど、負けたみたいで嫌だなと思ってしまう。

私の悪い癖だ。


さんざん相手を無視して素っ気なくしているのにそんな私を服従させようと男は大抵躍起になる。

ジンに言わせると強気なのに隙だらけらしい。

そして不意に弱くなるから余計煽るんだと言っていた。



あぁ、もう早くジンに会いたい。

会いたくてたまらない。

別に何日も会っていない訳じゃないけど、ほんの数時間だけど、傍に居ないのは寂しい。

三年になってクラスが離れてしまったから、最近は家に居ても甘え放題だ。




「あんたに関係ないでしょう?」

「彼氏、ってはっきり言えないってことは違うんだろ?」


ぱしり、と新倉が私の手首を掴む。

そのまま腕を引っ張って連れていこうとする。


気持ちが悪い。

ほんのちょっと腕を触れられただけなのに吐き気すら催してくる。



私は本当にこういうトラブルが多い女だ。

ジンに釣り合うように容姿にはとても気を使っているからなのかもしれない。

ジンの好きな私の黒髪のロングにして、肌はできるだけ焼かないようにする。

そういうシンプルな雰囲気を男子は好むのだろう。

だから昔からよく見つめられ、声をかけられて、挙げ句ストーカーになる人も少なくなくて、そのたびジンが飛んできた。



「はなしてよ、触らないでっ。彼氏なんて安っぽい言葉でなんか、ジンの存在ははかれない!」


吐き気に耐えながら言うとそれすらも新倉を煽ったのか更に強く引っ張られる。





ーーーと、不意に低めの甘い重低音がした。


「あ?誰だよオマエ、美々に何してんだ」



聞きなれていてもどうしても胸の奥まで響く声。

ジンだ。

喉が焼ききれるくらい熱く痺れてきて、涙が出そうになる。


肩からカバンを気だるげにかけている。

私が見つめているのに気付いたのか、無表情の顔を綻ばせた?。

紫乃宮ジン。

なんというか、幼なじみってやつだ?。

そして私の男。

付き合っている、というか、両思いだ。

長身に黒の長めの髪。

顔は驚くほど整っている。


新倉の背後にジンは立っていて、私を見て怒ったように手首を掴む新倉の手を解いた。



「美々、こいつ誰だ」


ぐっと腰に手を回されて新倉から奪うようにジンのほうへ引き寄せられる。



自分より遥かに高い長身と鋭い切れ長の瞳に怯えたのか新倉はいや、と弱々しく言葉を吐き出している。


校内の大抵の男は私がジンのものだと知っているからそう強く言い寄られることはないけれど、新倉は転校生だから、私がジンと契っているとは知らなかったのだろう。




「…隣のクラスの、新倉瑛也」

「あぁ、最近美々に付きまとってるって噂のヤツか」



ふいっと怯えた新倉から目を反らしてジンは私の手首を持ち上げる。

形の良い薄い、軽薄そうにも見える唇が小さく開かれて、手首を甘噛みされた。

牙のようにも見える犬歯が骨の部分を優しく捕らえる。

消毒のつもりなのか手首から唇を離すともう一度新倉を見るジン。




「オマエ、もう美々に手出すなよ」


そんなに低い声ではないのに迫力があるのはジンが美しい所為なのか。

わからないけど、こういうところが好きだ。

強くて、男らしくて、いつだって私を守ってくれる。





ジンの声にこくこくと頷いた新倉。


ジンは気に入らなそうにしていたけど私の肩からカバンを取り上げて、肩にかけると私の手を力強く握って歩きだす?。




後ろでは新倉が私のクラスメイトにジンと私の関係を聞いて青ざめているようだったけど、もうどうでもよかった。

恐らくジンが恐くてもう声はかけられないだろうなとなんとなく思った。





「ジン、ごめんね。ありがとう」


上目遣いにジンを見て、小さく笑う。

すると、ジンは困った顔をして私の頭を撫でる。



「美々、お前隙ありすぎだろ。危ないなら電話でもなんでもしろよ。それか逃げろ」



いつも言われてること。

わかってるけど、負けたみたいでやっぱり嫌だし、ジンが飛んでくるってどっかで信じてる私がいる。

それにジンが私のために男の子に凄むのを見るのも少し優越感なのだ。

あぁ、本当に私はダメな女だ。

ジンが大好きで、先回りしてズルをする。

ジンは優しいからそれに応えてくれるってわかってる。




 「えへへ、今度から気をつけるもん。大丈夫」

「お前はいつもそればっかりだ」

「危なくなったら、ジンが守ってくれるって私、わかってるし、信じてるよ」


二階の階段の踊り場を手を繋いで通りすぎながら言うと、ジンは優しい笑う。


「そんなの、当たり前だろ」


孤独だった私を抱き上げてくれた人。





ーーー誰にも触れることのできない、ジンへの想い。

彼氏とかそんな言葉を紡いだって、私の中の彼の存在は肯定なんてできない。

崇高で、絶対領域。



ジンがいなければ生きて行くことさえできない。

私は孤独だった。?本当に、他人から見たら生きている意味なんてあるのかわからないくらいに。

17になっても、ジンが居ないとダメな理由は恐らくそこに原因があるのだろう。

呪われたような、私の孤独な運命。



母親は私を産んですぐに他界した。

妊娠中毒症。

お腹の中の私も、危ない状態で生きているのが奇跡だと言われたくらいだ。



でもパパは企業のトップで家にはいつだって使用人しか居なかった。

忙しくて、冷たくて傍には居てくれなかった。

何より、私に亡くなった母親の面影を求めて、私を私としてみてくれなかった。

最愛のママが消えて、パパは狂ってしまっ?たんだと思う。

パパにとって私は最愛の莉々(りり)を喰らって生まれてきた憎い生き物なのだろう?。

ママを殺して、生まれてきた私。



『お前が死ねば良かった。何故莉々なんだ?』

『莉々の代わりになれないお前など要らな?い』


突き刺さる言葉は遠い過去だと言うのに今でもトラウマだ。

ピアノの弾き方も、しゃべり方も、何もかも私?じゃダメで。

既に別居しているけど、パパは私を赦さない。



会長だったお祖父様がいたけれど、亡くなってしまったし、死者にすがる気にはなれなかった。

ただお祖父様が私の名義で多額の遺産を残してくれたから、今はマンションを借りて別居している。


孤独で悲惨な育ちかたをしていると思われるかも知れないけれど、私にはジンがいた?。

お祖父様がパパに愛されない私を見かねて古くから親交のある紫乃宮家のジンを連れてきてくれたのが始まり。

それだけで生きていたと言ってもいいくらいに私には誰も居なかった。



ジンだけが生きている意味。

それは17になった今でも変わらなくて、?ジンは優しい。

わがままで気分屋で、すぐ機嫌が変わるく?せに寂しい寂しい言う私を見捨てない。


ただ抱き締めて一緒にいてくれる。

私からジンを取り上げないでほしい。

そんなことをしたら本当に死んでしまう。

誰も代わりは効かない。

ジンが私のすべて。





「美々、美々、どうした?大丈夫か?」



みみなんてウサギみたいな名前、本当はあ?んまり好きじゃないけどジンが呼ぶのは許せる気がする。

ハッとして顔を上げるとジンの心配そうな顔があって、昇降口に着いていた。

うん、と曖昧に返事をするとジンが頭を撫でてきた。



「大丈夫だ。昔のことは考えるな。ずっと傍に居る」

ジンが優しい声で言う。

他の男の子と違って、私の孤独を目の当たりにしても全部受け止めてくれる。


かっこよくて、優しくて大好きだ。



ありがとうと、笑いながら告げてジンの手をぎゅっと握った。









「ジン、大好きだよ」


ジンの家に着いて、DVDデッキにディスクを差し込むジンの背に向かって言う。



ジンが差し込んだディスクがパリを舞台にした映画だったので思い付いた安易な発想だ。

こんなワガママだって聞いてくれるんだろうなって、ジンの愛情の深さに胸が切なくなる。




大きな液晶テレビはシアタールームのようだ。

シャンデリアが煌々と輝く殺風景な部屋も随分見慣れたものだ。

幼少期のほとんどをここで過ごしていたから当たり前と言えば当たり前だ。

ジンの家は使用人が居ないので状態が保たれたままの廃墟のお城のようだった。



私は他にマンションを借りているけど、一人の家は恐いほど寂しくてジンの家にほとんど居座っている。

週に5日は私がここに泊まって、あとの2日はジンが私のマンションに泊まるというサイクル。

四六時中一緒に居るけれど、ジンも私もそれが小さい頃から当たり前なので逆に離れることはおかしかった。




「急にどうした?」


ディスクを入れたジンが振り向く。

私しか見ることのできない甘い漆黒の目が大好きだ。

こころなしかその瞳は少し嬉々としている。


「ううん、なんとなく、言いたくなっただけ」



ジンがソファーに座った私を抱き上げて、膝の上に乗せられる。

巻き付けられる腕。

聖域だなと、思う。

誰も入り込めない聖域。


私は自分を不幸だなんて思わない。

ジンに出会えたから。

神様を私は信じていないけど、もし居るなら感謝ぐらいはしてあげる。



これが、私の恋。


クラスの男の子も、カッコいいって、噂の転校生も、優しくしてくれる先生も、ジンには敵わない。



ーーーエンドロールに涙する私の頬をジンが優しく拭った。

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