――――「…くっそ、何だよあのハゲ。」


思わず、薄く開いた唇から声が漏れた。致し方ない事であるのだが、今この場にいるのがわたし一人だったことだけは神に感謝する。まじでありがたやー。

が。しかし。


「いくら何でも女子一人でこれはキツイだろ。あのハゲ、わたしを何だと思ってんだ。」

目の前の長机に積み上げられたノートに目をやり溜息を吐く。ざっと見ても全クラス分のノートあるよねこれは。鬼畜だよねあのハゲ。



事の発端は遡る事ほんの数分前ぐらいなのだが。

数学担当でもあるわたしの担任、室下(通称ハゲ)が何週間か前に集めたノートを未だ返していなかったと急にいい始め、最終的には学級委員であるわたしを使わせたという。

そ もそも男子学級委員が休まなければ、わたしはこんな事にならなかった筈だった。この世の中、本当不合理だ。


「…まあ、仕方ないか。」

今更捻じ伏せることなんて出来やしないからね。出来たら出来たで怖いけどさ。

重々しく溜息を吐いてゆっくりと屈み、ノートを持ち上げようと力を入れる。あ、やばい。これ思った以上に重い。

早くも痺れという感覚が掌に広がる。顔を歪め、もう一度机に置こうと屈んだその刹那、



「…パンツ。」
「はい?」

え、何?誰!?卒業近いからって浮かれたクレイジーボーイ?!ああいくら何でもクレイジーは酷いか。

突き刺さるような視線に恐る恐る首だけ動かし振り返ると、鬱陶しそうに眉をひそめ、腕を組む男子…ってあ っ!

「藤田っ!」

「さっきから見えてるんだけど。困る。」
「ん、何が?」


それ、と指さされた先に目線を這わすと、自分のスカートで止まる。いや、正確に言えばスカートではなく屈むことによって見えるスカートの中身だ。


……Oh、


「ぐぎゃあああああああああああああああ!」
「…(色気ねぇ叫び)。」

屈んでいた腰をすぐさまビンと伸ばし引きつった顔で微笑めば、怪訝そうな顔で見つめ返す藤田。茶の瞳が何とも怪しい。


…というか、この男何を考えているのか全く分からない。
洞察力がずば抜けて優れているわけでも無いのだが、今ある状況を人よりいち早くキャッチできたり、人の考えていることが何と無くではあるが分かったりするのだが、 こいつは一切掴めない。

それに、もうそろそろ卒業だというのに、わたしはこいつの事あまり知らない。
知っている事といえば、名前が藤田でクラスが同じで出席番号が17番で、サボり魔だって事ぐらい。


「…というか藤田、何しに来たの?」
「学校に来た。」
「いや、もうお昼過ぎてるのに学校来るのだるくない?」
「うわ、学級委員でもあるお方がだるいという言葉を抜かしやがって。ハゲに言い付けちゃおうー。」

肩からズリッと滑り落ちるスクールバックを掛けなおし、棒読みでそういい放った藤田は、わたしの隣へと足を進めてきた。


「ああああ違うって!ハゲにだけは言うな!お願いしますから…って、え、何やってんの?」
「ん?」

長机に置いてあるノ ートを持ち上げようとする藤田。いやいやいやいや!ちょっと待て!

「わ、わたし半分持つよ!」
「いい。」
「何故っ!?」

ノート全部を抱え歩き出した藤田の隣をトコトコ歩きつつ、そう叫べば、ニヤッと口を歪ませ、

「お前の粗末な下着なんてもう見たくないしね。」

「っ!」

その一言で顔が真っ赤になったわたしを見てまたもや意地悪い笑みを浮かべた藤田。わたしは奴に蹴りをいれ、教室へとつづく階段を一気に駆け上がった。

「(くっそ、心臓が!ばふばふ五月蝿い!)」


?/


「…てめえの所為で俺まで怒られただろうが。」
「あ、あんたがわたしの下着がどうちゃらこうちゃら言うからです!」

あの後、わたしが先に走っていたにも関わら ず、藤田と同着でついた教室の前では室下があまりの遅さに激怒していたらしく腕組をして待ち構えていた。最初鬼かと思った。
それからわたし達の頭の上に拳骨が炸裂したことはいうまでも無い。
しかもその上、罰だなどとふざけたことを抜かしやがって雑用まで押し付けられる始末。

うん、あのハゲやっぱり鬼畜だ。女子一人で行かせといて遅いといって怒鳴るっておかしいよね。あれ本当人間なのかな。チャック開けたら宇宙人とか出てきそうだよね。あの頭からして。



「お前の所為で俺まで雑用って本当ないわ。この粗末下着野郎め。」

ひたすら紙を纏めてホッチキスで止めていた藤田が、同じ作業の繰り返しで暇になってきたのか、またもや悪態をつきはじめる。そして持って いたホッチキスをそこらに投げ捨て、床に仰向けに寝そべる。

「もういい加減にしたらどうなのよ!それに床、埃だらけだから汚いよ。」
「んな事どうでもいいんだよ。」
「いいのかよっ!」

うん、と頷き自分のクセ毛の髪をつまみつつ目を細める藤田。何かこう、フリーダムだなコイツ。猫だ猫。

「小川の髪って絵に描いたようなロングストレートだよね。」
「急に何言い始めるんですか?それって褒め言葉?」
「いや悪口。」
「蹴られたい?」
「嘘だって。」

喉を愉快そうにくつくつと鳴らす奴を見て、今日何回目かさえも分からない溜息を吐いた。本当、調子狂う。

「つか、俺小川とこんなに喋ったの初めてだ。」
「ああ、そういえばそうだね。全然違和感無 かったけど。」

本当、全然違和感無かった。不思議だ。でも、藤田の口から出た小川という名前はわたしのものの筈なのに、どこか初めて聞くような、それでもって胸の奥底がくすぐられる様な感覚が身体中を支配する。

未だ体感したことの無い、胸がキュッとなって痛いけど、嫌な痛みじゃない。そんな感覚。
何なんだろう、これ。


寝そべった藤田の隣に座り、黙り込み小首を傾げる。

後ろに流した長い髪がダランと前に垂れ、夕焼けのオレンジで溢れる視界を黒に塗り替えた。

「…くっそ邪魔だ」

鼻息荒くフンッと鳴らし髪を後ろに弾けば、何故か今度は真横に髪が引っ張られた。

「…おい、お前は何をやっている?はい、言ってみて?」
「目の前に垂れてきた ので何となく。」
「嘘つけ、今後ろにはらったのにグイッて引っ張ったでしょ!」

若干、髪の毛がぶちぶちいったんだけど!結構痛かったんですが。
「ごめんなさい」
「出たよ棒読み。有り得ない。で、いつまで髪の毛引っ張ってんのよ」

痛い、と未だ髪を引っ張り続ける手を払い除けようと腕を伸ばす。
が、その手首さえ奴の掌によりガッチリと拘束され、わたしは成す術もなく藤田を見つめた。

「…っ」

徐々に近づく整った顔。伏し目がちとなった瞳と、頬に影を付ける長い睫毛、ふわりと香る柑橘の香りが心拍数を上げた。

「ちょ、」

そして、鼻先と鼻先が触れる感触がしてギュッと目を瞑る。

こ、これって…、

次に起こることを予想して、わたしは 顎を引き口を固く結んだ。

が、

「今、キスされると思った?」
「へ」

耳元で突如囁かれたその言葉に、ボッと熱を持つ顔。多分わたし、茹で蛸並みに赤いだろう。

「ちっちっ、違うわいっ!」
「いや、顔真っ赤。それに初っぱなからキスしねぇよ俺は。」
「だからっ、そんなんじゃない!馬鹿ぁあああ!」

もう消えたい!なんなのコイツ!本当、有り得ないんだけどっ!
わたしの手首を掴んだままでいる手を振り払いつつもこの場から逃げようと腰を上げる。

「でもまあ、」
「は?」

グイッと引っ張られ軽く尻餅をつき、顔をしかめていれば、またもや耳元に気配を感じた。


「高校でもよろしくな」

ニヤッと口端があがり、面白そうに目を細める藤 田。

「えっ、高校って…、」
「俺の頭脳ナメんなよ。小川と同じ高校だっつーの。」
「知らんかった…。」

いや、まじで知らなかった。偏差値は結構高いんだけど…。
藤田って頭良かったのね。てっきり悪いかと。失礼だけどもさ。


「てなわけでよ、高校でもよろしく。」

藤田はそう言うと、わたしの髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜ、笑った。

「っ」
その無邪気な笑顔に胸の奥がじくじくと痛んだ。何だこれは。





―――今日一番、胸が高鳴ったその瞬間。きっと彼女は知らずうち。彼に、恋におちた。

02/不合理と瞬間 fin.

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