それは肌寒い冬の日だった。

灰色の雲をすべらせた空からはちらほらと雪が降りそそいでいる。もうずいぶんと前から降っていたのか、周りは一面白い雪につつまれていた。
そして、この小さな公園にも白い雪がびっしりとしきつめられている。
数少ない遊具が雪で形どられて、まるで紙粘土で作られた人形のようだと思った。

すべての雑音が雪に吸い込まれてしまったのだろうか、酷く静かだ。
この小さな空間の中で、彼女が座るブランコの錆びついた音と僕の声に混じって心臓が脈打つ音だけが聞こえる。まるで世界のどこかに二人だけ取り残されたようだ。

そんな世界の中で、目の前にいる彼女はだらりと顔を伏せてブランコに腰をかけたままだった。

こげ茶色の長い髪に小さな口元。パステルカラーのコートを着て、下には黒いスパッツと短めのキュロットというものをはいている。
温かいマフラーとコートに身を包んだ僕と比べて、とても寒そうな格好だと思う。女子はこんな寒そうな服装を好んでとっているのが不思議でたまらない。

彼女は僕がくる前から、ずっとそこから動いていなかったのだろう、肩やキュロットには雪が薄っすらと積もっていた。近くには雪に埋もれた小さな紙袋が無造作に置かれている。

「ほら、暖かいの」

まだ息があがったまま、手に握られていた二つの缶のうち、一つを彼女に差し出した。ラベルには『あったかホットココア』と可愛らしいイラストと共に描かれている。
僕の手に握られている二つの缶は、数十分前「きて」とだけ書かれた短いメールを見て、行く途中に急いで買ってきたものだ。

「・・・・」

彼女はこちらを見上げず、ホットココアも受け取らない。それどころか彼女は、僕を呼んでおいたうえでまるで僕の存在に気づいていないようだ。
思わず、「はぁー…」とため息をつく。こうなった彼女は少々面倒だ。

「なぁ、おい。来たんだけど」

そういいながら、彼女の頭へ押し付けるように缶を置くと、ホットココアの缶は、コンッと生きの良い音を立てた。
彼女は「いてっ」と苦痛の声をあげた。そして頭に置かれたホットココアの缶が落ちないように慎重に取りながら、ゆっくりと顔をあげる。どうやら僕の存在には気がついていた様子だ。

「…痛いっつーの…」

不機嫌な声でそう言った彼女の顔は、涙で濡れていた。

(…だと、思ったよ)

最初から、あんな簡素なメールが届いた時から、なんとなく予想はついていたが、見事にドンピシャのようだ。

彼女の目元や鼻はあんず飴のように赤く染まり、眉間にはしわを寄せている。前髪はうずくまっていたせいかくしゃりと、色んな方向にひん曲がっていた。

彼女は色々な方向に飛び跳ねた前髪を直しながら『あったかホットココア』と書かれた缶に目を向ける。赤くなった鼻が「ずびっ」と音をたてた。

「・・・あ・・・これ、私の好きな奴・・・」

缶を見た彼女は、驚いた顔で言った。声が少し枯れていた。

「この前カフェオレ買ったげたら怒りましたからね、きみは。」

僕は少しだけ勝ち誇った気分で、自分の分の缶コーヒーの蓋を開けて一口飲んだ。
彼女は少しムッとした顔で「だってカフェオレ苦いもん」と言って、また鼻をならした。

僕は、彼女の好きなものは、大体何でも把握している。たぶん、彼女のことを知っている人間の中では一番に。
まぁ、それは古くからの知り合いでもあり、幼馴染という間柄だからなんだか、昔から彼女は「君は私より1つも年下だ。だから、年上の言うことはよく聞かなければならないのだよ」と、よく僕に使い走りを頼むのだ。たった1年の差でまったく理不尽である。

しかし、小さい頃からそう言われてきた僕には、悲しい事にもうそれが身についてしまっているのだ。
そして、間違えた物や彼女の好みに合わないものを持ってくるとしつこく怒られてしまう。だから彼女の好みは嫌でも覚えてしまった。もちろん、好みの異性も。
まったく、異性の理想が高いようで、こっちは困りものだ。

カポッという音と共に、彼女のホットココアの缶から白い湯気があがった。
彼女は缶を両手で包み込み、一口飲んでホッと息をつく。
すると、手に包まれた缶から目を離さないまま、言い難そうに口を開いた。

「ありがと・・・・えっと、ごめんね」

「・・・どうして、謝るんだよ」

誤る理由を分かっていながら、僕は彼女に解いた。
強い風がふいて、全身を冷たい風が撫でた。
思わず肩をすくめてしまう。
白い息を吐きながら彼女の方を見てみると、薄着の格好は大変寒そうに見えた。

彼女の、手が震えていた。

かすかに、というのだろうか。
垂れ下がった髪の毛の隙間から見える両手が、振動するように震えていた。
ブランコに座る彼女の体が力強く何かを抑えているように見えて、これは寒さのせいで震えてるんじゃないなと、そんな気がした。

「だ、だって・・・だって、」

彼女が震えた小さな声で何度がつぶやいた。
どこからかすすり泣く声がした。


(好きで好きで仕方がない、ね...)

缶を握った両手を包むようにうずくまる彼女を見つめながら、いつか彼女が言った言葉を思いだした。それは、あの人の話を浮かれながらしていた際、言った言葉だった。

彼女は、とても幸せそうな顔をしていた。

いつも、今日はあの人がどうだったとか、どんなものが好みなのとか、うんざりするぐらいに聞いてきて、ちょっとでも教えてやると幸せな顔をして笑う。

僕には絶対に向けない顔で彼に微笑む。

(―結局、傷つくのはこいつじゃないか)

いつもいつも、報われないものばかりに手をだして
高めにばかり目をやって、すぐ近くのものには目もくれない奴で。

本当に憐れだ。

(だからこそ、僕は)




急に彼女のすすり泣く声が聞こえなくなり、息をつく声がした。
少しだけ顔を上げた彼女の顔は落ち着いていて、目が潤んでいた。

「・・・だって、君はたくさん手伝ってくれたじゃない」

もう一度息をついたあと、彼女が小さな声でつぶやいた。まだ、大事そうに包み込んだココアを見つめたままだ。

「それなのに、私・・・。本当に、ごめんね」

鼻をすする音がして、彼女の膝に黒いシミができた。

(また、泣いてる)

彼女が僕に謝るたびに、泣くたびに、どうしようもない気分になった。
少しだけ苛立ちも覚えた。

彼女が僕に顔を向けないのは、きっとあの人のことを思ってるからだ。


「どうして僕が、謝られないといけないわけ」

「だって、」

「謝られる覚えなんてないんだけど」

「っ!」

僕が苛立ちながら話していると、彼女が思いっきり顔をこちらを見上げた。勢いで座っていたブランコがガシャンと音をあげる。
彼女の顔は眉間にしわをよせ、赤い頬をぷくりと膨らましてこちらを睨んでいる。

まさに怒っているときの表情そのものだった。

(あー…やばい、怒らせた)

「あのね!!」

今更後悔しても遅いもので、彼女は息を深く吸い込み、女子特有のキンキンとした声で怒鳴りだした。面倒くさいと思いながらも、髪をかきながら耳を傾ける。

「君に私は感謝してるの!!分かる?かんぢゃっ!!」

「あ、噛んだ」

「だ、だまってなさい!!あのねーっ!」

まるで威嚇するリスみたいだな、と思いながら彼女の話を聞く。彼女はまるで聞いてないと思ったのか一度「聞け!!!」と叫んだ。

「なのに!!それをあんたはどうして、どうして!!謝る必要ないっていうのよっ!こっちが聞きたいわっ!」

静かな公園に彼女の怒声が響いた。
彼女は一度「はぁもうっ」と息をついて続ける

「あんたが・・・あんたがさ、いっぱい私のわがままで手伝ってくれたのを知ってるんだからね。・・・だから、こんなにあっさり振られてごめんっていってるのっ!!」

最後を八つ当たり気味に言い放ち、リスの威嚇が終わった。
威嚇が終わった彼女は息をつき、ふと何か思い出したのだろうか。

両手をぎゅっと握り締めて、いきなりポロポロと泣き始めた。

「怒ったり泣いたり大変だな・・・。」

僕が呆れ気味で言うと

「う、うっさい!」

と、嗚咽混じりの声で怒鳴った。
彼女はポロポロとこぼれる涙を手でぬぐい、ココアを威勢よく飲んだ。

彼女の目から涙は止まらず流れていて、怒っているのか悲しくて泣いているのか分からない顔で頬を膨らませている。

「私、清水くんに振られちゃったんだもん」

鼻を「ずずっ」と鳴らし、彼女がふてくされた声で言った。
僕は缶に残ったコーヒーをほとんど飲みこんで、そんな彼女を見下ろした。

「知ってる」

「彼女、いるって知らなかったし」

「僕も知らなかった」

「大体、他校とか知らないし」

「まぁ遠いしね」

ブランコの後ろに生えていた木から、雪の固まりが落ちてドサッと音をたてた。


「―なんで、」

「うん」

白い息が空に上がった。
彼女が流した涙が白い雪の上に落ちて雪を溶かした。

「なんで好きになっちゃったんだろ」

言葉がこぼれ落ちるように吐き出されて、雪の上に溶け込んだ。
潤んだ目に灰色の空が写っていた。空を写した涙が頬に流れ落ちる。

白い雪の中で涙を流す彼女は、いつもの様子からは想像もできないほど小さく、触れると壊れそうなほど、脆くみえた。

(そんなの、分からないよ)

思わず彼女の小さくなった体に触れようと手が伸びて、すぐに止めた。


彼女は清水先輩をまだ愛している。


彼女は惚れっぽいが、好きになってしまえば本当に彼のことを心から好きになるような人だ。
一途でまっすぐで、迷いもなしに彼を好きになる。

だが、彼女の想いは届いたことがない。
それは彼女が数十年間恋をしてきた中で、一度もない。

これは一種の才能じゃないかなんて、僕は思っている。
正直にいうと、この才能が彼女にあって良かったなんて思っていないわけでもない。最低な奴だなと罵られても、まぁ仕方がない。
自覚はしている。

僕は彼女を応援するフリをしていて、本当は彼女の恋なんてこれっぽっちも応援なんてしてないのだから。
だけれど僕は、彼女が失恋するように仕組んでるわけでもない。僕の気持ちは彼女に告げるつもりもない。
ただ、彼女の話を聞いて答えて、できるだけ彼女の傍にいれる時間を増やしているだけだ。もし、彼女の想いが通じる相手ができてしまっても、かまわないように。

ああでも、もしかして彼女の失恋はすべて僕のせいなのかもしれないな。
そんな事を最近思う。



僕は紺色のマフラーを首から振りほどいて、寒そうな彼女の首に巻きつけた。
マフラーは幅が広くて彼女の顔をも覆ってしまうほどだ。

彼女はきょとんとした顔でこちらを見上げる。
マフラーに包み込まれた彼女の顔をまじまじと見てみると、はれあがり赤く染まった頬はまるでリスが木の実を頬いっぱいにつめこんだように見えて、思わず「ははっ」と吹きだしてしまった。

「ぶっさいくな顔だな」

「なっ!」

彼女はわなわなと震え上がった。顔がさらにリスのように膨れ上がるなる。
見下ろしているせいだろうか、ブランコに座る彼女はいつもより子供っぽくみえる。
怒鳴ろうとする彼女の口元をマフラーで覆ってぎゅっと包み込んだ。
「むーっうーっむうう!」と、離せとでも言っているようなもがき声が聞こえて、心の中で(ざまぁみろ)と言ってみる。
いつも、僕には怒ってばかりいる彼女に少しばかり仕返しだ。

マフラーを握ったままの僕の腕を、彼女がバシバシと何度も振りほどこうと叩いている。
小動物みたいだな、とまた笑ってしまった。

「大体、君は理想が高すぎるんだよ。」

「むん!?」

笑いながら言った僕の顔を睨んで、「なんですって?」と言いたげな顔の彼女は僕の腕を叩くのをやめてこちらを見る。

「理想の彼氏は王子様みたいな男の子?そんな少女マンガみたいな奴、いるわけないじゃないか」

「ぬお!!もが!もごごっ!!」

「ごめん、何言ってるかさっぱりなんだけど」

「〜っじゃあ離せいっ!!」

やっとマフラーから脱出した彼女は僕に向かって小さな拳を振り上げた。
彼女の短い腕は僕の頬をぶん殴ることもなく鼻先をかすめる。
「チッ」と悔しそうに舌打ちをした彼女に向かって「こんな暴力的なお姫様いるもんか」と言いそうになったがもう一度拳が飛んできそうなので止めておく。

「いるもん・・・清水くんがそうだもん・・・。」

ぷいっと顔をそむけ、口を尖がらせた彼女がつぶやいた。

「清水先輩はそんな人じゃないよ。悪い人でもないけど。」

「なんでそう言えるの」

「僕も男だから。」

また冷たい風が吹いた。
彼女が何とも言えないような顔をしてマフラーに顔をうずくめる。
マフラーの先っぽが風に吹かれてゆらゆらとゆれている。

「知らない、そんなの。どうしろっていうの」

そういった彼女はぽつりぽつりつぶやいた。

「私がんばったよ。好きで好きですごく憧れてたから、」

「でもね、いつも届かないの。どうしても、特別にはなれないの」

「ずっと追いかけてたのに、なんでだろう。」

息を吸い込んだ音がした。
ゆっくりと白い息が彼女の口からもれた。

「実りようのない恋なんて、しなきゃよかった」

そう言ったまま彼女は黙った。
ため息をつくと息が白くそまり空に上がる。
彼女はすねたようにマフラーに顔をうずくめたままだ。
(もやもやする)
今回も彼女は諦めてしまうんだろうか。前回のように「どうやっても無理なの」と諦めてしまうのだろうか。
いつも、僕は心の底でそうなることを祈っていたような気がするのに、いつもどこかではもやもやとした霧が頭の中をはいずりまわっていた。
(―ああもう、どうしようもない気分だな)
冷たくなった手を握り締めた。



「そんなに好きならあきらめんなよ。」

僕は、彼女の声が消えるぐらい大きな声で彼女に向かって言った。
彼女はいきなりの声に驚いたのかきょとんとしている。

「好きなんだろ、ずっと追いかけてきたんだろ、憧れてたんだろ、そんなに大切に思ってきてたんだろ。僕は嫌になるほど聞いてきたんだから、知ってるんだよ。」

「・・・言ってることが矛盾してるわよ、あんた。それにもう、遅い―」

言いかけだった言葉をさえぎって少し大きな声で怒鳴った。

「振られたから諦めんのか?君持ち前の根性やなんたらで少しはがんばってみれば?いつも偉そうな口聞くくせにえらく弱気だな。やってみないと分からないだろ?僕なんてな、昔から好きな奴に君よりもっと悲惨な振られ方されたことがあるんだ。それでもまだ諦めれてねぇよ。」

彼女は「そんなことあったの?」と驚いた顔で言ったが、その問いに答えず話を進める。

「それにさ、君の理想の王子様っていう奴だって、世界中探せば一人ぐらいいるかもしれない。なんていうのかな、運命とかそういうのでさ。もし、その一人が清水先輩だったらどうする?諦めたらもう二度と理想の王子様には出会えないんじゃないか?」

言ってるうちに、何でこんなことを言っているのか分からない疑問と王子様だか運命だか恥かしいことを言っている羞恥心で「あーっもう、なんていうか」と頭をかく。ぐしゃぐしゃと髪がくずれた。
勢い任せで言ってしまったためか、自分でもよく分からないことを言っていると思う。
自分の気持ちを上手く表現ができず、彼女から叱られた覚えが何度もあるが、そのとうりだったとくやしくなる。

「もう、僕もいい加減君の恋の悩みを聞くのには飽きたんだよ。さっさとどっかの誰かさんと勝手に結ばれてほしいんだ。・・・僕の手間も減るし。」

そして幸せになってほしいんだよ。

そう言うにはこっぱずかしくて口に出せなかった。しかし、またどうしようもないもやもやが襲ってきて彼女から目をそらす。

「・・・まぁ、もし、誰も貰い手がなくなったら僕がもらってあげるからさ。」

少し言いすぎたかなと思い、そう言うと彼女が小さく笑う声が聞こえた。
「僕が貰ってあげる」なんて相当下手な言葉を口走ってしまったため、また恥かしくなる。

「なんだよ」

「いやぁ、あんたにしては男らしいことを言ったなと思って」

静かな空間の中で、澄んだ笑い声が響いた。彼女が

「うるさいなぁ。第一、最終手段にしてくれよ。僕は失恋の才能を持つ嫁なんてまっぴらごめんだ。」

「才能!?バカいいなさい!私だって弟みたいな夫なんてまっぴらごめんよ!私を貰ってくれる人なんてきっといっぱいいるんだからね、余計なお世話よ。」

彼女が胸を張って答えた。僕が「どーだか」と言うと「このっ」とブランコの勢いを利用して彼女は思いっきり僕のすねあたりを蹴りあげた。
鈍痛がすねの辺りにじわじわと襲う。「すねを蹴るなんて大人気ない」とすね辺りを押さえながら言うと彼女は「ざまぁみなさい」とまた可笑しそうに笑った。
すねの痛みが引いて彼女が一通り笑い終え長い息をついた後、

「ありがとね」

と彼女がどこかを見てつぶやいた。
ここにいるのは僕だけだったからそれは僕に言ったことだと分かる。

彼女がやっと本調子になってきたのは嬉しいことだが、お礼を言われても嬉しくも悲しくもなく、なんともいえない気分だ。
僕は彼女のことが昔から好きで、彼女は必ず他の誰かを好きになる。
でも、僕は彼女のことを諦めていなくて、だからずっと未練がましく彼女の傍に居る。応援するフリをして。
それでも、彼女にとって僕はただの弟みたいな幼馴染で、その壁からは絶対に乗り越えられない。
(いや、乗り越えるのが怖いのかもしれないな)
ふと、そう思った。
僕は最低で卑怯で、怖がりな男だから。
まったく、彼女の好みとは反対で情けないもんだなとため息をついた。

「別に、僕はなにもしてないよ。」

「うん、なんにもしてないわね。」

今の発言のどこに面白みがあるのかまったく分からないが、また彼女は可笑しそうに笑う。
そして、深く息をはいてブランコを揺らした。彼女の体が小さく交互にゆれた。
空から降りそそいでいた雪はいつの間にか止んでいて、空が少しだけ明るくなった気がする。

「寒いし、帰ろっか。」

彼女は雪に埋まっていた白い小さな紙袋を雪を払い落としながら手に取った。
そして、ブランコからよっと立ち上がる。手には紙袋と空になったココアの缶が握られていた。

「そうだね」

賛成すると、立ち上がった彼女はマフラーを一度見て「マフラー暖かいよ」と言った。

小さな公園から二人で並んで出た。

彼女の背丈は僕より少し低くて、彼女はまた悔しそうに「くっ後輩に負けるとは」と嘆いていた。
この公園から出て僕は「用事があるから」と理由をつけて別の道に分かれた。
本当は特に用事もなんてなくて、ただ一人になりたかっただけだ。彼女はそれを知っているようで特に何も問い詰めてはこなかった。

「それじゃあ」

手を上げて去っていこうとすると、思いついたように彼女の呼び止める声がした。

「これ、あげる」

まだ公園の前にいた彼女は少しはなれた僕に何かを投げた。
空の色に混じりそうな白い何かは綺麗に弧を描いて僕の元に飛んでくる。
「おっと、」
いきなりのことに、それを落としそうになりながらも上手くキャッチすることができた。
カサッと音を立てて手に入ったそれは、彼女が手にしていた白い小さな紙袋だった。
紙袋の中身を見て、彼女に目を向けると

「もったいないし、もらって。いらないなら、捨てて。」

と、申し訳なさそうに笑って手を振った。
僕は手を小さく振って、彼女に背を向ける。

白い袋の中身は小さなハート型のチョコレートだった。
手にとって見てみると彩りが鮮やかな赤い紙でハート型にラッピングされ、リボンが巻かれている。
(またこれか)
去年も、他人にあげるはずだったチョコレートを貰った気がする。
僕は上手いように処理係として使われているようだ。自分がこれほどまでにも彼女に何とも思われていなくて呆れて笑えてしまう。
なんのトキメキも無いバレンタインチョコレートを袋の中へしまって、歩き出す。

地面にしきつめられた雪が足を踏みしめるたびにサクッと音を立てる。
雪はもう止んでいるというのに、まだ寒さが身にしみた。彼女からマフラーを返してもらっていれば良かったと少しだけ後悔した。

(・・・弟か)

ふと、彼女が公園を出る前にいった言葉を思い出した。
足元を見ると、白い雪が潰れて靴をかたどっている。
きっと僕の後ろには雪が踏みしめられてできた、小さな道ができているんじゃないかと思う。
「ふう」と何度目かのため息を吐いた。
辺りは彼女がいなくなったせいか、いっそうに静けさがましてまるで聴覚が消えたようだ。
(・・・コンビにでも寄って暇をつぶすか)
そう思っていると

「知らんフリして、ごめんね」

後ろから突然、彼女の小さな声がした。
驚いて後ろを振り向く。

しかし、彼女がいた場所には白い足跡だけが残っていた。


(・・・ああ、そうか)

足を止めて彼女がいたはずの場所を見つめる。
あの声が幻聴だとしても、それはあまりにも感情がこもった悲しそうな声で、彼女特有の耳に残る声だった。


そうか、

彼女は、ずっと分かっていたんだ。

僕も彼女も同罪だったんだ。


「・・・ははっ」

ずっと気づかなかった自分に可笑しくなって笑い声をあげてしまう。
見上げると空は相変わらず変化もない灰色の空で、また雪が降り出してきそうだ。

きっと、これからも僕と彼女の関係は変わらない。
僕が彼女を好きでいる限り、ずっと。

白い息を吐きながら、僕はつぶやいた。

「―…一番、実らない恋をしているのは僕だよ」

冷たい風がまたふいて、木々が寒そうに枝を寄せた。


春はまだこない。


(それでも、君が好きなんだ)



冬は終わらない。









終わり。

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