「恋がしたい」

ぶはっ!と、わたしの向かいに座るこいつはコーラを吹き出した。汚いなあまったく、と言って紙ナプキンの束を差し出すと、お前が変なこと言うからだろ!と怒鳴られる。変なこととは失礼な、わたしだって女の子だ。恋のひとつやふたつ、してみたい。ドラマみたいな大恋愛、携帯小説みたいに波乱万丈な恋、爽やかで胸がきゅってなるようなのもいい。とにもかくにも、もうなんだっていいから、わたしは恋がしたい!いいやしてみせる!そう宣言して、いちごのシェイクをじゅうう、と啜る。いや無理だろ、心底呆れたとでも言うような声は無視して、ポテトを口に運んだ。

「だいたい、何で急に恋したいとか言い出したんだよ」
「なんとなく」
「なんとなくで恋したくなるもんなのかよ。つーか恋がしたい、ってことは好きな奴とかはいねえの?」
「うん、いなーい」

あっけらかんとそう言うと、はああ、深いため息。まったく、本当に失礼なやつだ。わたしはこんなにも恋に夢見る乙女だというのに。じとりとした目で睨んだものの、そんなんだと恋できても相手が振り向かねえぞ、と言われたから、やめた。頬をふくらませてかわいらしく、むう、なんてできたらいいのだけれど、生憎わたしはそんなかわいい真似はできない。できても似合わないだろうし。恋がしたいだの何だのと言っていても、自分はしっかり見つめているつもりだ。顔は、かわいくもきれいでもない代わりに、突出して不細工な訳でもない。わりとずぼらで面倒がり。特技も、誇れることも、とれといった魅力も、ない。たしかに、こんなんじゃ恋なんかしても、相手にすきになってもらうのは難しいだろう。だからといって、自分を変えようとは思わない。変えたい、ともあまり思わない。それはなぜなのか。わたしには分からなかったけれど、目の前でコーラを啜るこいつは何かを察したように窺えた。それを頭で察しつつも訊ねることをしなかったのはなぜなのか、それすらも、わからない。


△×


「失恋した」

一拍おいて、はあ!?と、変わらずわたしの向かいに座るこいつは、どうやら非常に驚いたらしい声をあげた。今回は、コーラ、吹かなかったけど。お前いつの間に、と聞いてくるこいつは、デリカシーというものがないのだろうか。失恋したばかりの女友達にかける台詞じゃない。

「あのね、ラブレター渡したの。ていうか、その人と仲良い子に渡してもらったっていうか…まあ、それで、今朝、ふられちゃった」
「ふられちゃった、ってお前、ずいぶんさっぱりしてんな」
「んー、なんか…わかんないけど、あんまりかなしくない、かも」

ふしぎなもので、告白した彼のことを、わたしはたぶん好きだったはずなのに、ぜんぜん、かなしくないのだ。ごめん、彼にそう言われて浮かんだのは涙でも悔しさでもなく、ああ、そんなもんかあ、とか、やっぱり、とか、そんなものたちだった。彼は、恰好良くて、たくさんの女の子からラブレターをもらっている。わたしなんかよりもずっと、ずうっとかわいい女の子たちから。それでも彼は未だ、どの女の子にも靡いたことはない、らしい。そんな彼だったから、ほんのすこしの希望も抱けないくらいに、結果がわかりきっていたから、だから、かなしくないのだと思う。

「それは違うな」
「えー、あんたに何がわかんの」
「分かるっつーの。これでも恋愛に関してはお前より先輩」
「え、うそ、そんなの聞いてない」
「話してねーもん。当たり前」

そう言って目の前のこいつは意地が悪そうに、でもどこか悲しそうに笑って、コーラを啜った。

「お前はさ、恋なんてしてねえんだよ、結局。ほんとにそいつのことが好きで、そいつに恋してたんなら、どうしたって悲しいはずだろ。どうしても、どんなにすこしでも、希望は持っちまうもんだろ。どんなに外側ではあきらめてるって体でも、内側では、期待しちまうもんだろ。ふられたらどうしようもなく悲しいもんだろ。それが恋ってもんだろ、なあ、お前が恋してたのはそいつじゃなくて、恋そのものなんじゃないのか」

お前は恋に恋してただけで、ほんとうの意味で恋をしたことはないんだよ、そう言われて、ああそうか、あの日こいつはわたしからこれを察したのか、と理解した。同時にむくむくとふくらむ疑問。

「ねえ、あんたが恋してるのって」

そこまで口にして、ふいに、くちびるが動かなくなった。わたしを見つめるこいつを見つめ返していると、自分の言おうとしたことが、ひどく、わるいことのように思えた。

「なんでもない」

行き場のないことばを、あの日とおんなじいちごのシェイクで嚥下した。向かいのひどくくるしそうな顔を見て、ああそうか、これが恋なのかと、そう思った。


問い、それはきらきらしていなくて、ひどくささくれだっていて、どうにもできないものです。さて、それはなんでしょうか。答えはとくにありませんが、ぼくはきみのことをずっとずうっとまっています//恋


130228 こなつ

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